【鈴木智良研究員インタビュー】交通と都市を一体に捉えて新しい未来をつくる

2022.04.15

開発途上国では、急激に都市化が進んでいます。都市計画で重要な公共交通インフラの整備には膨大なコストがかかるため、資金調達が大きな課題です。その解決策を模索しているJICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)の鈴木智良研究員に、コロンビアのメデジン市での調査を踏まえたスピルオーバー効果に関する研究について聞きました。

持続的なインフラ・ファイナンスを目指す

—開発途上国の交通に関する研究を始めたきっかけは?

小さい頃から乗り物が好きで、大学では交通計画を学んでいました。将来、高速道路や新幹線、港湾といった大きなインフラを造る仕事をするなら舞台は開発途上国になるだろうと、大学4年の時にアフリカのタンザニアに行ってみました。実は、それが初めての海外旅行。これから発展していく国で出会った人々は明るく、想定外の事態にも柔軟で、いい意味で大雑把。それが自分の肌に合うなと感じたのです。大学卒業後にJICAに入構し、セネガルやチュニジアへの赴任も経験。2019年から一年間イギリスに留学し、交通整備だけでなく、周辺に住居エリアや商業地を整備するなど、公共交通を軸とした一連の都市開発である公共開発指向型都市開発(Transit-Oriented Development: TOD)を学んだことで、JICAでの約10年間の実務経験でぶつかってきた問題意識と学術研究は実は深くつながっていると認識しました。そんなとき、JICA緒方研究所の研究員のポストの内部公募があったので応募し、2020年に現在のポストに着任しました。

—現在携わっている研究について教えてください。

都市交通インフラのスピルオーバー効果に関する研究に携わっています。これは交通プロジェクトを担当しているJICA社会基盤部のメンバーと共同で、JICA内の新規事業アイデア公募制度に応募して始めたもの。JICAは多くの開発途上国で都市交通計画のマスタープラン作成を支援しています。しかし、都市の人口が増えて交通需要が増えるからと大量高速輸送システム(Mass Rapid Transit: MRT)、次世代型路面電車システム(Light Rail Transit: LRT)、バス高速輸送システム(Bus Rapid Transit: BRT)などの公共交通の整備を提言しても、インフラ整備には大きな初期投資費用がかかるので実現が簡単ではなく、実際に計画が動き出してからも、運営や維持管理費用の資金繰りにつまずいて途中で頓挫してしまうこともあります。そうした交通インフラのファイナンスを持続させるためにどんな方法があるか研究しています。

交通インフラが整備されると、それまで開発されていなかった沿線地域では宅地開発が始まり、人が住み始めると今度は商業施設やオフィスが増えます。すると、その周辺の地価や不動産価値が上がり、市町村といった地方自治体の固定資産税の税収増が見込まれます。しかし、一般的に、その税収は市町村の一般会計に入るので、通常は交通インフラ事業者へは還元されません。そこで、その税収増を交通に還元させる仕組みを都市交通計画のマスタープランの段階から組み込み、関係者の合意形成や必要な制度改正を進めていくことで、交通インフラ整備・運営・維持管理のための持続的なファイナンスが可能になると期待されます。これを私たちは都市交通の「スピルオーバー効果」を活用したインフラ・ファイナンスと呼んでいます。どのように交通事業者に還元するかは、市町村との間で「交通による税収増の何%は交通に回す」という協定を結ぶ方法もありますし、最初から税収増を見越して債券を発行することも考えられます。いずれにしても税収の使途を変える話なので、国や地方自治体の議会を通すなど、必要な意思決定や手続きを経なければなりません。その地域の実情に合った方法をとるべきですし、交通インフラを造る前から、時間をかけて計画的に議論を進めていく必要があります。

スピルオーバー効果の普及を目指して

—研究の一環として、どのような調査を実施したのですか?

まず、そもそも交通インフラができて本当にその周辺の地価が上がったのか?というのを定量的に調べなければいけません。そこで、私たちはコロンビアのメデジン、タイのバンコク、マレーシアのクアラルンプールの3都市で、過去のインフラ整備が周辺の土地や不動産の価格にどの程度影響を与えたのか調査・分析しました。分析がうまく進んだところとそうでなかったところがあり、そのネックになったのはデータの正確性や開示の可否でした。日本のように客観的な不動産鑑定の制度体系が確立しておらず適正な数値が得られなかったり、政治的な理由で地域ごとのデータを開示してもらえなかったり・・・。また、地理的に細かい範囲でデータがとられていないため、分析に苦戦したこともありました。

そんな中で分析がうまく進んだのはメデジン市でした。その背景には、 比較的細かい地価のデータがそろっていたこと、メデジン市の中心部から周縁部の高台をつなぐケーブルカーや都市鉄道、LRTなどを一括して運営するメデジンメトロ社(交通運営会社)が運賃以外の収入源を求めていて私たちの研究に高い期待を寄せていたこと、メデジンメトロ社と市当局が提携関係にあったことなどがあります。また、現地の大学の准教授で、交通・都市研究では著名なエリック・ベルゲルさんの協力も大きかったです。彼は元行政機関の職員で、かつてJICAの研修員として日本で土地区画整理を学んだ経験があり、日本に恩返ししたいと協力してくれています。また、入手したいデータがあっても、開発途上国では行政の窓口に請求しただけですぐに出てくるものではありません。そこで、JICAコロンビア支所のナショナルスタッフ、フリアン・ムニョスさんが関係各所に粘り強く働きかけて良い関係性を築き、1年がかりでデータを入手してくれるなど、大きく貢献してくれました。分析の結果、交通整備による沿線の地価上昇が確認されるとともに、その上昇の程度は鉄道やケーブルカーなどの交通機関により異なることが分かりました。また、交通はネットワークなので、都市内の複数の交通機関が接続し、全体の交通ネットワークが拡大するタイミングでも当該沿線の地価上昇が確認されました。“やってみないとわからない”と始まった3都市での調査でしたが、メデジン市での成功は、各人の強みがうまくからまって、連携できたからこそだったと思います。

コロンビアのメデジン市の次世代型路面電車システム(Light Rail Transit: LRT)

—この調査結果はどのように活用するのですか?

2022年1月には、米国のワシントンD.C.で開催された「トランスポート・リサーチボード」という世界最大規模の交通関連のカンファレンスで、エリックさん、フリアンさん、私の3人で研究成果を発表してきました。開発途上国の交通に関する研究例はあまり多くないですし、全ての開発途上国に関係するトピックなので、「スピルオーバー効果を活用したインフラ・ファイナンスの議論をマスタープランにどのように入れ込むのか?」といった質問をもらったりと、大きな反応がありました。

「トランスポート・リサーチボード」に参加した鈴木研究員(左端)

今回の調査で学んだのは、地価や不動産価格は奥が深いということ。先進国の感覚だと交通インフラができて周辺の地価が上がり、固定資産税収が増えるのは当然だと思ってしまいますが、開発途上国では地価を適正に鑑定する基準が整っていなかったり、そもそも地価をベースとした制度体系ではなかったりします。例えばタンザニアだと(今も制度改編の最中であると聞いていますが)、なんと固定資産税が建物の種類や大きさによって決まっています。やや単純化して例をあげると、日本で言えば東京だろうと北海道だろうと、同じ3階建てのビルなら同じ税額なのです。日本的な常識や見方だけでは不十分で、一度、日本の常識を離れて、地価や固定資産税制度の多様性を十分認識する必要がありますし、国によっては、一足飛びにスピルオーバー効果の議論に入るのではなく、まずは適正な資産価値の計測から協力に着手する必要があるかもしれません。うまくいかなかった経験から得るものも多い。まずはやってみて、そのノウハウを積み重ね、研究を進めていきたいです。

また、この調査を踏まえて、スピルオーバー効果計測からマスタープラン作成までの標準的なインフラ・ファイナンス検討ワークフローを作成し、フィールドレポートとして発刊しました。さらに、スピルオーバー効果を解説した動画も制作しました。今後、開発途上国で意志決定を担う大臣や事務次官などに見てもらい、マスタープランの初期段階からインフラ・ファインナンスの導入を検討してもらえるように、積極的に売り込んでいきたいです。

データ活用で新しい「交通と都市」の未来を追い求める

—今後の抱負を教えてください。

新たに取り組むのは「インフラの経済・社会的インパクトに関する実証研究」です。これまでは交通インフラの効果を計る際、経済効果は何億円といったマクロの観点から評価されることが一般的でしたが、これからは交通の世界でも、包摂性、環境の持続可能性、安全性といったミクロの観点での評価が求められます。例えば、「都市に住むさまざまな人々に、格差なく、バランスよく、交通インフラの恩恵が分配されているか」という観点などです。バングラデシュの首都ダッカで、JICAが協力して建設中のMRTの沿線約4,000世帯を対象に、家計の経済状況や通勤時間の変化などについて、包摂性やジェンダーなどの観点も入れた調査を行う予定です。また、最近では、これまで使えなかった新しいデータを入手できるようになってきました。ベトナムのホーチミンで建設中の都市鉄道周辺地域の不動産価格データを収集したり、2019年に開業したインドネシアのジャカルタの地下鉄沿線のアパートやオフィス賃料のデータを得たりしながら、都市交通が不動産価格にどうインパクトを与えたのか定量的に調査する予定です。

20世紀は自動車の時代でしたが、今世紀は公共交通の時代。そして、開発途上国は都市の時代も迎えます。特にアフリカは世界の中で最も人口増加率が高い地域で、都市にますます人口が流入します。環境・交通安全・エネルギー効率の面でも、都市基盤づくりの肝は公共交通です。今、アフリカの都市交通は、乗り合いバスのような、大量輸送型ではないインフォーマルな交通システムが主で、交通渋滞やアクセスの悪さが大きな課題です。アフリカの各都市では、BRTを中心に続々と公共交通が整備されていくフェーズに入りますが、交通システムだけ導入すれば課題が全て解決できるわけではありません。都市が無秩序に拡大しすぎないよう、できるだけ交通沿線に都市機能を集約させてコンパクトに設計するなど、常に交通と都市の関係性を一体的に考える必要があります。「交通と都市」は私のライフワーク。実務とアカデミックな研究を融合させながら、これからもこのテーマを探求し続けていきたいです。

関連動画

Spillover Effects on Urban Transformation

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