JICA緒方研究所

ニュース&コラム

【JICA-RIフォーカス 第15号】 黒田一雄客員研究員に聞く

2011年7月5日

高等教育分野でも強まる「アジアのアジア化」──黒田一雄 客員研究員が語るアジアの地域統合と大学間連携

黒田一雄客員研究員(早稲田大学教授)と結城貴子研究員のチームは、2008年10月から東アジアにおける高等教育分野の国際交流・連携状況、その効果、さらに経済面を含めた地域統合に及ぼす影響などを分析しています。先般、カナダで開催された「比較国際教育学会」の年次会合では、最新の研究結果を発表、参加した多くの研究者らの関心を呼びました。本研究プロジェクトは終盤にさしかかっており、両研究員は複数のワーキングペーパー発表を目指し、現在、執筆作業に追われています。今回の研究から見えてきたもの、また高等教育をはじめ途上国の教育分野に果たすべきODAのあり方と期待などを黒田一雄客員研究員に聞きました。


アジア300大学の調査から分かってきたこと

東アジア地域における相互依存関係は、社会経済面にとどまらず、留学生交流など高等教育分野においても確認されています。ただ、国際的な教育交流の深化がもたらす社会経済効果などについては実証研究がまだまだ少ないのが実情です。

アジア地域統合、あるいは東アジアの共同体構想といった議論はかなり以前からあったわけですが、2005年の東アジア・サミット以降、より“多層的な”形で議論が活発化してきていると思います。そのバックグラウンドとしては、経済統合というデファクトで進展している、一体感のある相互依存性の高い経済発展という形を、いかにスムースに、かつ健全に発展させていくかという問題意識があり、そのための枠組みを志向しているという文脈において東アジア統合などが言われ始めたと捉えています。

経済分野における地域形成は、「東アジアの東アジア化」、あるいは「アジアのアジア化」ということをキーワードに、米国依存型、域外経済依存型の状況をすでに脱しており、いまやアジア域内でかなり充足的、かつ相互依存関係が深まっていく中で進展しています。例えば、日本にとっての最大のトレードパートナーは中国となっており、そういった現象が東アジア全体で起きている。こうした経済動向については、これまでのトレンド、あるいは直接投資の実績推移などを通して実証的な研究が可能であったわけです。

他方、私たちが取り組んでいる研究プロジェクトは、こうした地域統合の動きが進む中、では人材育成や高等教育はどのようなフレームワークで発展していくべきかという点に焦点を絞ったものであり、これまで実証研究が非常に乏しく、またそれが困難な分野でもあったと思っています。当初は既存データの収集に努め、その範囲で可能な限りの分析を試みました。例えば、ユネスコの統計から留学生移動の動きを探ったり、大学間協定や大学間の協力による国際共同学位プログラムがどのくらいあるのかなど、経済で実証されているような「東アジアの東アジア化」といった現象がどう進んでいるのかを探ってみました。ただ、それだけではやはり分からないことがいろいろある。そこで、アジアの指導的な300大学を対象に調査をかけ、高等教育の国際化をどう捉え、どう進めようとしているのかを探っていったわけです。

300大学の調査のポイント、またその結果からどのようなことが分かりましたか。

調査のポイントは、(1)国際的な展開を図ろうとする目的、(2)プログラムの内容(留学生交流、研究協力、国際共同学位プログラムなど)、(3)どの地域、国とつながろうとしているのか、の3点で、それぞれのポイントにつき、過去はどうであったか、現在はどうか、そして将来はどう取り組もうとしているのかを聞いていきました。そこでいろいろなことが分かってきた。

まず一つは、東南アジアの各大学は同じ東南アジア地域の大学との連携・交流を重視しており、すでに活発に連携を深めているということです。サブリージョンとしての東南アジアが非常に顕在化してきており、域内それぞれの指導的な大学はいずれもその点を認識しているのです。興味深いことに、同じことが北東アジアの日中韓においても見られる。「日中韓サミット」が「ASEAN+3」というところから独立し、この3カ国間の中でかなりうまく回っており、例えば省庁レベルの枠組みなどもしっかりと形成されてきています。現実的に日中韓は経済的側面において強固につながっており、教育分野でも語学留学生を含め、来日する留学生の最大数は中国、次いで韓国、また中国で学ぶ留学生の最大数は韓国、次いで日本、さらに韓国に渡る留学生の最大数は中国、次いで日本という具合に、それぞれ最大の留学生が3カ国間で交流している状況にあるのです。ひと昔前の感覚だと“日本からそんなに中国に留学しているの”という印象を持ちますが、実はアメリカに次いで2番目に日本人留学生の多い国は中国なのです。北東アジアの枠組みの中で「キャンパスアジア*」という計画が動いており、具体的に公募も始まろうとしていますが、それぞれの指導的な大学間の認識面においても重要なパートナーになっています。

一方、北東アジアと東南アジアは、それぞれを重要なパートナーとして見ており、しかもお互い相当高いレベルにおいて認識し合っている。この点も今回のサーベイから明確に浮かび上がっています。おそらく東アジア共同体のような協力のフレームワークを考える時、ASEAN+3という考え方は整合性のある次のステップとして、非常に機能的な枠組みであるということが分かりました。

次に北東アジアだけに焦点を絞ってみると、米国とのつながりがかなり強い。もちろん、東南アジアにとってもその傾向はある。では、北アメリカが東アジア共同体に入るかとなると、少なくともその前段として東アジアで形成されようとしている枠組みに対して、北アメリカの高等教育がきちんとリンクするような政策的枠組みが必要になります。また、オーストラリアやニュージーランドも高等教育の枠組みとしては非常に大事なサブリージョンに位置づけられ、どうそれを入れ込んでいくかということも大きなテーマになってくるでしょう。いずれにしてもファンクショナルなリージョンとは一体どういうものなのか、そこを実証的に提示できたのが今回の研究がもたらした、もっとも興味深い成果だったと思います。

*【キャンパスアジア】
東アジア共同体の構築を見据え、その中核となる拠点を形成するため、日中韓政府が策定するガイドラインに沿って、3カ国の大学間における単位相互認定、成績管理、学位授与などを共通の枠組みで進めようという取り組み。これにより3カ国間の学生や教員の留学、移動を活発にし、人材交流・育成を図ることが目的となっている。09年10月に開催された日中韓サミットで日本が提案し、2010年4月、3カ国間で合意に達した。

アジア急速に広がる国際共同学位プログラム

ポリシーブリーフでは、域内高等教育の調和化や「質」保証制度の構築なども指摘されていますが。

アジアの高等教育の国際化は、「市場性」というものを強く意識して捉えられることが多いわけですが、指導的な大学が調査対象となったこともあり、「質保証」あるいは「質向上」、「研究向上」に役立てていけるという反応が強かった。プログラムの部分についても、伝統的な留学生交流や大学間協定、研究協力などの重要性を認識しつつも、将来的な需要の伸びとしては国際共同学位プログラムやICTによる教育コンテンツのデリバリーなど、イノベイティブな分野への関心が非常に強い。特に国際的な共同学位プログラムは、ものすごい勢いでアジアで広がっている状況です。

これまでは輸入学問的なアプローチ、例えば米国やヨーロッパ、オセアニアなどの指導的な大学が現地校と連携して、いわば“場所貸し”のような形でプログラムを進めていたわけですが、それがいまアジアではパートナーシップ・ベースにもとづき、高等教育の連携を共同学位プログラムの中でやっていこうとしている。今回の研究では1,000プログラムを選定しアンケート調査を実施、250くらいの回答を得ており、現在その分析を進めているところです。分析に当たっては、これからの国際共同学位プログラムのあり方を展望するとともに、「質」の問題などそこに絡むリスクや課題、また真のパートナーシップの構築に進んでいこうとしているのか、などの諸点を明確にし、理論的にも実証していきたいと考えています。

知的なフレームワーク作りにODAを

高等教育分野に対する日本のODAについては、どう評価されていますか。

ツインニング・プログラムの典型的な形として実施されたマレーシアに対する「HELP」借款、あるいはインドネシア大学と神戸大学のダブルディグリー・プログラム支援など、日本のODAは意欲的に新しい手法を取り入れ、人材育成に協力していると言えます。中でも代表的な事例となっているのは「アセアン工学系高等教育ネットワーク(AUN/SEED Net)」、いわゆるシードネットに対する協力です。これは、地域的な“公共財”としての高等教育ネットワークの形成を目指し、日本が先駆的に推進してきたもので、きわめて高い評価を得ているプログラムになっています。

従来、高等教育分野に対するODAはインフラ型が主体で、大学や教育機材を整備することに主眼が置かれがちだった。ただ、それでは持続性が確保されないという問題があり、そこで求められるようになってきたのが「地域公共財」という考え方です。まさにシードネットは、地域公共財としての高等教育の枠組みを作ったという点で画期的であり、そのフレームワークを形成するところにODAを出したことに斬新さと、大きな“希望”があると思っています。

一方、すでに承知のとおり、日本のODAは規模的な拡大については、ここしばらく難しい状況にあります。ただ“真水のお金が流せない”からと諦めるのではなく、小さな資金であっても地域公共財としてのフレームワーク作りに注ぐことによって、非常に大きなインパクトを導き出すことができる。特にアジアにおいては、ODAの占める割合がどんどん縮小しており、逆に民間の資金フローが拡大しています。こうした中、ODAの本当の役割はどこにあるのかを考えた時、もっとも重要なことは知的なフレームワークを作る部分に戦略的に資金を投入していくことであり、日本が引き続き、リーダーシップを発揮していく上でも非常に重要なアプローチだと考えています。また、アジアの中でフレームワークを作っていこうとする時、日本の高等教育が持つこれまでのエクセレンスはアジアにとっての大きな公共財になっており、これをベースにしてこそ地域的なフレームワーク作りが可能になっていると考えています。

人材育成や教育分野において、これから拡充が期待されるODAスキームはどのようなものですか。

借款協力の拡充を強く求めたいと思っています。高等教育については有効に活用されてきた面がありますが、基礎教育分野についてはほとんど借款が活用されていない。この点、世銀やADBなどは初等・中等教育への取り組みを強化しており、特に世銀はこの分野の「収益性の高さ」に着目し、ローン供与に対しプライオリティを付けているほどです。JICAとJBICの統合効果に触れるのは、いまや少し古いかと思いますが、初等・中等教育分野で旧JICAはきわめて豊富な技術協力の実績を持っており、旧JBICは高等教育分野で実績を積み上げてきた。その統合によって、私がもっとも期待したのは、実は初等・中等教育に対する借款活用の活性化ということでした。インドネシアなどいくつか案件は出てきていますが、もう少しドラスティックに展開できないか、というのが私の強い思いです。キャパシティは十分にあるわけですから。

借款タイプとしては「教育セクターローン」など、セクター支援が効果的と思われ、マクロ経済が良好な国であれば、教育セクターの伸びが経済成長率の伸びにつながることはすでに実証されています。その意味でしっかりと返済できる形になる。また、教育セクターは経常予算と開発予算によって支えられていますが、経常予算の占める割合が非常に高く、他のセクターに比べいびつな形になっています。わずかな開発予算で新しいことをやろうとしても、そこには限界がある。やはり財政支援型のスキームが効果を発現しやすいセクターだと捉えています。

ワーキングペーパー発表に向け準備中

先般、カナダで開催された「比較国際教育学会年次会合」において、東アジアの高等教育に関する最新の研究結果を発表されたとのことです。会合の模様と今後の研究活動の予定などを教えてください。

カナダのモントリオールで開催された比較国際教育学会(CIES)は、途上国の教育問題も扱う最大規模の国際学会で、例年、世界各地から1,200人を超える研究者が参加します。私とともに研究活動に当たっている結城貴子研究員と一緒に、高等教育に関する2つの分科会でプレゼンテーションを行いました。1つめのセッションでは今回の研究活動で実施したアジアの主要300大学の調査・分析結果を発表し、それぞれの大学が国際交流プログラムでパートナーとなる地域に対して、どのような意識を持っているかという点を重点的に報告しました。また、2つめのセッションでは300大学が実施する国際共同学位プログラムの分析結果を発表し、プログラムの期待される成果やそこに伴うリスクなどを報告しました。他の地域で同じような学位プログラムを調査している研究者らからコメントや質問が活発に提起され、私たちの研究に対する関心の高さが窺えました。

私たちの研究プロジェクトもいよいよ終盤にさしかかっており、今回の会議で寄せられたコメントなども参考にしながら、現在執筆中の論文にさらに修正と推敲を加え、次のワーキングペーパー発表に向け準備を進めているところです。

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