JICA緒方研究所

ニュース&コラム

【JICA-RIフォーカス 第18号】 宮崎卓研究員に聞く

2011年12月5日

ケニア農村部における天候リスク対応策の実証研究──研究員が語るインデックス型保険と貧困削減の可能性


JICA研究所は、2011年度の新規研究事業の一つとして「ケニア農村部における天候リスク対応策の実証研究」をスタートさせました。今回の実証研究では、インデックス型保険として注目される「天候保険」と、その貧困削減効果などが焦点となっています。研究代表者の──宮崎卓研究員/エキスパート(経済政策)に、インデックス型保険の特徴と貧困削減に果たす可能性、今回の実証研究アプローチに関する考えなどを聞きました。


「認識の限界」と「動機の限界」

宮崎研究員は「制度分析」という領域に対して、一貫的に関心を持たれています。その背景についてお聞かせください。

これまでの開発事業において、必ずしも当初の計画通りに実施され、効果を発現することができなかった事例がいくつか見られました。その原因は何かを考えていくと、開発事業に携わる人々の間で、得られるメリットというものに対する“認識のズレ”があるのではないか、つまりわれわれドナー側が考えている目的と、受益者の方々が考えているメリットの間にズレが生じているのではないか、と思ったわけです。

経済学では他の学問分野とも連携しつつ経済行動の「限定合理性」を探求してきています。合理性の限界については研究者間の共通理解は必ずしも得られていませんが、2つのタイプに分けて扱われることがあります。一つは「認知の限界」で、開発援助の文脈で例えるならば、「皆さんの生活を改善しますよ」とドナーがさまざまな事業を行っても、対象となる受益住民の方々は何がどう良くなるのか、そのあたりの仕組み・論理がうまく理解できない場合もあるかも知れません。こうした場合、ワークショップやトレーニングなどを実施することで理解を促すことができます。もう一つは「動機の限界」です。これは供与された設備やサービスなどの効用は分かっていても、あえて買おうとか使おうという気にならないものがある。途上国の受益者が本当に望んでいることは何なのか、それを把握するためにはどうすればよいか、という点を掘り下げた形で研究できないかということが、私の大きな研究テーマとして横たわっており、制度分析というアプローチは、このようなテーマに対し有効な切り口を提供してくれる、と理解しています。

インデックス型保険の可能性

その視点からも注目されるのが、2011年度の新規研究活動としてスタートした「ケニア農村部における天候リスク対応策の実証研究」です。

現地におけるテストサーベイで最終調整を行い、ちょうど本格調査を行っている段階です。今回の実証研究の大きな特徴は、「天候保険」というインデックス型の保険がケニアの貧困層に受け入れられる可能性、そして貧困削減に果たす効果などを実証的に探っていこうという点にあり、新しい試みの一つに位置づけられます。

農業リスクは、一般的に天候要因にその多くを負っており、その対策としてこれまで広く行われてきたのが灌漑事業です。ただ、ケニアの場合、農耕適地がそもそも少ない上、そのうち灌漑開発可能面積となると、農耕適地のわずか5%程度に過ぎないという状況です。そのため天候リスクを受け易く、頻繁に収量の減少に見舞われています。収量の減少というダメージは気候に関する事後的な損失ですが、実は事前の損失というものもあります。例えば、高収量の品種があったとしても、農民はそちらを選ばず、ローリターンであってもローリスクのものが良いと、どんどん保守的、かつ防衛的な選択をしていくことになり易い。実際にはもっと収益の高い選択肢があったにもかかわらず、農民自らがその道を閉ざしてしまうわけです。これは“事前の損失”と呼ばれることもあります。こうした事前と事後の損失を軽減していくためには、灌漑の整備、作物の多様化などに加え、保険というものも必要なのではないかとの“仮説”を立てました。これが今回の研究の“発火点”です。

関連する情報を収集していく中で見えてきたことは、同じ保険でも、インデックス型の保険という、実施コストを大幅に下げることのできるやり方に大いなる可能性があるのではないか、ということです。例えば、ある農民が洪水でダメージを受けたとすると、通常の保険の場合は保険会社の人間が現場に行って被害状況を確認、査定し、保険料を支払うことになりますが、貧困層は地方農村部の僻地に分散して住んでいるような場合もあり、情報収集のため移動すること自体、非常にコストがかかります。加えて、被害者はダメージを大きく申告する可能性もあり、高いコストをかけて現場に行った上、正確な情報が得られにくい、ということにもなりかねない。保険を提供する側から見れば、こうした実施コストの高さがあると、なかなか参入する気にはならないでしょう。結局、保険システムと農村の貧困層はそもそも馴染まず、彼らはリスク軽減策にアクセスする術を持たないということになってしまうわけです。

その点、インデックス型保険の場合は、まず査定を要しません。今回のケニアの場合は、10km~15km四方を一つのブロックとし気象観測所を設置、観測を行っていきます。保険会社は観測データをオンラインで常に把握することが可能で、降雨量が予め定められた基準を上回る(もしくは下回る)ことが観測された時点で、“この地域は保険金の支払い対象になる”ということが判断できるわけです。この判断のプロセスにおいては、主観的な情報の入り込む余地はなく、気象データという客観的な情報だけが基準になります。これによって移動に伴うコーディネーション・コスト、不正確な情報に頼ることに伴うモチベーション・コストが大幅に節約できます。保険を提供する側にとっても“これならやってもいいかな”という判断がしやすいのではないでしょうか。

農民に対する保険金の支払いシステムはどうなるのでしょうか。膨大な人手がかかることも考えられますが。

ケニアの場合は、幸いにも携帯電話を使った送金システムが幅広く定着しており、携帯電話の普及率も国民の8割程度になるとの情報があります。従って、携帯による送金システムを活用し、支払い通知から実際の現金化までを行うシステムが導入されています。個々の農民に対する勧誘に関しては、農民が肥料や種などを購入する時を捉え、例えば種を販売する店舗が保険販売も行う、というやり方が試行的に進められています。掛け金は現在のところ購入金額の5%。旱魃など天候リスクが高まり、トリガーとなる条件を満たせば被害状況によるものの、種と肥料の翌年作付けの8割程度までは補償するという内容になっています。

インデックス型保険の導入については、すでにいくつかの取り組み事例があると聞いています。保険会社などの採算性はどういう状況なのでしょうか。

最近の調査等で把握する限り、いずれも試験的な段階にあり、短期的には気候リスクを緩和するというCSR的な取り組みが中心になっていると思います。逆に言うと、こうした試行的な段階を“突破”できていないのが現状ではないでしょうか。ただ、今後、こうした取り組みにより、保険が貧困層に普及し農民のリスク認識が変わってくると、加入率が高まり、ビジネスチャンスの拡大につながっていくと考えられます。

意識と行動の変化を追跡調査

今年度から始まった実証研究の目的、内容についてお聞かせください。

冒頭に触れたように、人間の行動は“認知の限界”と“動機の限界”に影響を受けているのではないか、という仮説を前提としていますが、前者に関しては、農民が保険のメリットというものを認識・理解しなければ加入率は高まりません。そこでワークショップを開き、“保険を買ったらこういう時に、こういう形でお金が受け取れますよ”ということを分かり易く説明していくことが効果的ではないかと考えています。逆に“天候に恵まれれば保険に支払ったお金は掛け捨てになります”ということも理解していただかないといけない。

一方動機の限界に関しては、メリットをもたらす仕組み、また他の国や地域ではうまくいっている、といった情報を頭では理解できたものの、自分が住んでいるこの農村で、本当にそんなことができるかという疑問が農民にはあると考えられます。ところが、自分と同じ村の農民が保険の支払いを受けてかなりダメージを緩和することができたということが分かれば、こうした疑問・警戒感は大いに緩和されるのではないでしょうか。そこで、今回の研究では、「自分自身は保険を買わなかったが、近所で、保険を買い、支払いを受けた人を身近に見た人たち」が、次の作付期に向けて保険を買ったか、買おうと思ったか、という、意識と行動の変化を追跡していくことで、この問題に対するヒントが得られるのではないかと考えています。保険のメリットを実感した人々は、次の作付け行動として、より高収量用の品種を購入、その結果、収穫を飛躍的に伸ばしていくことも期待される。そこが見えてくると、インデックス型保険が農業の生産性向上に寄与し、ひいては貧困の削減につながっていくということを実証できるのではないかと考えています。

今年度はワークショップの開催と作付け行動までをフォローしますが、今後データをパネル化することで、保険の効果というものをさらに包括的に見ていけるのではないかと思っています。研究成果については研究所のワーキングペーパーにとりまとめ、公開・発信していく予定です。

「天候保険」は、まったく新しいODAを切り開く可能性を秘めているのではないでしょうか。

新しいタイプの「商品」をわかってもらうために効果的なワークショップなどを開催していく、という面での可能性もあるかと思われます。
また、気候要因は場合によって非常に広範囲にダメージを与える可能性も否定できず、保険を提供する側の体力も問われます。再保険をかけていく必要性も検討されるべきでしょう。外的要因により所要資金規模が大きく変動する性質を持つため、ODAを活用できるかについては制度面で検討を要すると思いますが、再保険の部分に公的資金を動員することの意義は大きいのではないかと思います。ODAを活用できる可能性を常に視野に入れながら検討を進めていきたいと考えています。どのような形で連携するにせよ、民間保険セクターと協働できれば、これは一種のPPPであり、保険を貧困地区におけるニーズをとらえるビジネスと捉えればBOPになる。その意味でまったく新しい可能性を秘めていると思います。

援助現場を持つ優位性を生かして

研究活動と援助実務の連携については、どうお考えになっていますか。

自分は実務畑出身ですが、こうした立場からすると、JICA研究所の優位性は、何よりも「現場」を持っているということだと思います。研究を行う上で難しい点の一つは、信頼性のある広範なデータを効果的に収集することです。この点、当研究所は援助事業を展開していく中で、まさに“生きた”データを取れるという状況にあり、圧倒的に有利であるといえると思います。過去実務を専ら担当していたころには、日常の業務の中でさまざまな疑問が積み重なっていくものです。忙しい中、その一つひとつを掘り下げていく時間がない上、どう掘り下げていったらいいのか、その“鍵”さえなかなか見つからない、という局面にたびたび遭遇しました。そこをブリッジするのが、まさにJICA研究所の大きな機能であり、役割であると考えています。

開発実務の担当者にとっては、業務の中で浮かんだ疑問に対し、いざという時に研究所をはじめとする研究分野における広範なデータベースを開き、回答のための”鍵“を身に着けておくことの意味は非常に大きい。その観点からは、人事ローテーションで実務と研究の両方の場を経験できることは、非常に良いことだと思っています。私としては、研究活動で培った知識、知見、成果を援助事業の実施効率などの面に積極的に還元していければと考えています。

ページの先頭へ