JICA緒方研究所

ニュース&コラム

【JICA-RIフォーカス 第32号】成田大樹研究員に聞く

2015年12月28日

森林の経済的価値や気候変動適応対策の可視化に取り組む

2015年11月30日から12月11日まで、気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)がフランスで開催され、「パリ協定」が採択されました。環境と経済発展をどう両立させていくか、世界のすべての国々につきつけられた困難で重要な課題であり、特に途上国の経済発展にかかわっている国際協力機関にとっては避けられない問題です。

成田大樹研究員は、気候変動、エネルギー、持続可能な開発、環境経済学、リスクと不確実性について研究しています。現在、「エチオピアにおける森林の経済的価値の評価に関する研究」や「不確実性下における気候変動適応対策の経済的評価に関する研究」などに取り組んでいる成田研究員に、研究の目的や背景、期待できる成果、政策に与える影響などについて聞きました。

■プロフィール
文部科学省科学技術庁事務官、ドイツのキール世界経済研究所研究員を経て、現職。



GDPではとらえられないエコシステムの価値を測る

-Beyond GDP論と森林の関係とは?

エコシステム(生態系)の便益は市場では直接取引されないものが多く、通常の経済データに基づいて作成される国内総生産(GDP)では十分とらえきれません。世界規模で、国連をはじめ、いろいろな機関が、人びとの豊かさや「生活の質」を測るためGDPに代わる指標が必要だという「Beyond GDP(GDPを超えて)」と呼ばれる議論を行っています。生態系サービスのさまざまな便益もGDPでは測定されません。

例えば、森林は薪や木炭を提供してくれます。さらに直射日光に弱いコーヒーの木に日陰を作り、土壌流出を抑え土砂災害を防止してくれます。豊かな自然が観光客の誘致につながることもあります。また、森林減少も定量化したいと思っています。森林が減少すると経済にも影響を及ぼすはずですが、現在のGDPではこうした損失はとらえていません。

 


エチオピアの森林管理・保全の事例を研究

-「エチオピアにおける森林の経済的価値の評価に関する研究」の目的と現状は?

Participatory Forest Management Project in Belete-Gera, Ethiopia
ベレテ・ゲラ参加型森林管理計画プロジェクト
(エチオピア)(写真: 渋谷敦志/JICA)

エチオピアはここ数十年、深刻な森林伐採の問題に直面してきました。JICAはエチオピアの森林経営について長い間協力してきました。「ベレテ・ゲラ参加型森林管理計画プロジェクト」(フェーズ1:2003~2006年、フェーズ2:2006~2012年)、「付加価値型森林コーヒー生産・販売促進プロジェクト」(2014~2019年)などを通して、森林の管理・保全と住民の生計向上の両立を図ってきました。こうした背景のもと、エチオピアを研究の対象として選びました。

私たちの研究では、エチオピアの森林に焦点を当て、GDPでは測定されない森林の価値を調査しています。

エチオピアの研究では、森林の文化的価値についても調査しています。エチオピアには外国人観光客をひきつける素晴らしい国立公園があり、森林の中に教会があるところもあります。エチオピアの人たちにとって教会は森に囲まれているものであり、周囲の木を守るのはとても大事なことだというのが、今回の調査で分かりました。

定量的な情報だけでなく、こうした文化的価値については定性的な情報の収集も重視して調査を進めています。森林の価値をここまで広げて捉えた研究例は他にないと思います。

入手できる情報は限られていますが、さまざまな情報源からできるだけ多くのデータを収集するように努めました。研究は2016年3月には終了する予定で、現在、論文の執筆を進めています。

 


気候変動への適応対策の評価手法の確立をめざす

-「不確実性下における気候変動適応対策の経済的評価に関する研究」の目的と現状は?

JICAは気候変動適応対策に関する多くのプロジェクトを実施しています。しかし、適応対策の効果を量的に測定する方法は確立されておらず、この研究ではその評価手法を開発したいと思っています。まず不確実性を考慮した気候変動適応対策に関する評価手法について考察し、考察によって得られた評価手法をケニアのムエア灌漑開発事業(有償資金協力事業)をケーススタディーとして検証します。さらにケーススタディーを通じて得られた情報を、複数の経済モデリング手法と組み合わせることにより、気候変動政策に関する一般的・学術的な知見も引き出したいと思っています。

気候変動適応対策を評価することは簡単ではありません。効果を評価する場合、気候変動対策がとられなかった場合の将来の気候変動の被害に照らして効果を評価する必要があるのですが、そもそもそれが不確実なのです。一方で、わからないから行動を起こさないというわけにもいきません。たとえば気候変動適応対策としても有効な防災インフラなどは数十年に及ぶ寿命を持つものですから、気候変動の影響が顕在化する前から気候変動の影響を考慮しつつ設計する必要があります。

ムエア灌漑開発事業は開始前に調査を実施し、費用便益を含めた分析を行っています。しかし、そのなかでは、気候変動による影響を分析していません。私たちの研究では、気候変動を分析に含め、シミュレーションを行います。

不確実性を考慮に入れるためには、理論的な基礎が必要となります。気候変動は、確率分布に従う確率事象(結果自体はわからないがメカニズムは分かっているもの)ではありません。そのため、例えば保険商品の設計に使うような確率的分析手法を、単純に気候変動適応対策に適用することはできません。そこで、私たちは、米国のランド研究所が最初に提唱し、世界銀行が利用している「RDM(頑健な意思決定、Robust Decision Making)」の分析手法を使って研究を進めることにしました。

気候変動政策の議論は長らく緩和(温室効果ガスの削減)に関するものが主でした。もちろん緩和対策は必要です。しかし、仮に今直ちにすべての温室効果ガス排出を止めたとしても、気候変動の影響はすでに現れてきています。緩和対策を実施したとしても、適応対策についても考え始めなければならないのです。研究はスタートしたばかりで、今後、2年間、続く予定です。

 


気候変動対策を議論するために客観的な情報を

-「自然資本」や「社会と環境」などについて研究を続ける動機は?

経済学のフローとストックで言えば、自然資本はストックです。人類にとっての便益を生み出す財産なのです。工場や建物やインフラといった経済資本と似ています。

私が関心があるのは、環境と人類の活動との均衡です。二酸化炭素排出に結び付く森林の利用でも、我々人類にとって必要なものもあります。活動を禁止するのではなく、均衡を求めていくことが必要です。

環境問題を解決しようとするアプローチとしては、訴訟や闘争という形もあります。しかし気候変動や森の管理のような大きな国際的問題ではうまく機能しないでしょう。どう均衡を保っていくか、コンセンサスを作る過程、議論が大事だと思っています。そして議論を経てコンセンサスを得るためには、その根拠となる客観的な情報が必要です。そうしたものを提供していきたいと考えています。そしてそれが、これらの研究に取り組む大きな動機の一つです。

 


研究者・援助機関・政策立案者を結びつける

-「質の高い成長」や政策へ与える影響は?

この研究は、「質の高い成長」の4つの柱の一つ、持続性(sustainability)と深く関係しています。持続性を測るためには指標が必要ですが、現在のところGDPは環境に関するものを評価するにはいい指標ではありません。私たちがいま取り組んでいる評価手法が役に立つと思います。

気候変動対策は先進国だけの問題ではなく、途上国の問題でもあります。途上国自身が自分たちの問題として、緩和対策、そしておそらく適応対策へと行動を起こす必要がありますが、それには先進国の支援が必要です。先進国は途上国が気候変動対策に取り組むため、2020年までに毎年1兆ドル調達することを目標とした緑の気候基金を設立しました。

COP21パリ会合の後、環境と気候変動対策の分野は、さらに重要になっていくでしょう。環境や気候変動対策に取り組む研究者と、実際にその対策を実施する政策決定者やJICAのような援助機関とを結びつける役割ができればと思っています。その意味でJICA研究所での仕事は大変意義深いものだと感じています。

 


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