JICA緒方研究所

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ワーキングペーパー

No.63 Between Economic and Political Crises:Thailand's Contested Free Trade Agreements

輸出セクターに対する悪影響が不可避であったにもかかわらず、タイは 2000年代終わりのグローバル金融危機を他の多くの新興市場国よりも上手く乗り切ったが、それを可能にしたのは、10年前の壊滅的な金融危機の後の構造調整や回復のダイナミクスであった。また、タイの政治危機が、金融セクターのリスク志向に水をさしたことで、かえってグローバル金融危機の影響を小さくしたのだった。このように2000年代におけるタイの成長の物語の中心にあったのは金融危機ではない。むしろ、タクシン・チンナワット元首相の広範な政策の革新と調整によって惹き起こされた政治の分極化と混乱であった。
この論文の主なテーマは、まさにタクシンの政策の革新と調整である。彼の政府は、グローバル化が突きつける様々な挑戦の中で、タイ経済の構造改革と経済のアップグレードという目的のための政策を形成し、実行していったが、そのペースは大胆で前例のないものであった。本論文は、タクシンの政策綱領を支えていたものは何か、政策のダイナミックスや含意は何だったのかを検討する。なぜ、タクシン政権期にあのような調整やアップグレードの政策が考案、形成、実施され、その前や後の時期ではそれほどではなかったのか。経済アップグレードのルーツやダイナミックスはどのようなものであったのか。
それらの政策革新や調整の多くに見られる主要な要素は、タクシンの二国間自由貿易協定(FTA)への選好であった。そこで、政策研究の事例としてタクシンのFTA戦略を取り上げたい。タクシンのFTA戦略は、タイのグローバル貿易における制約やタクシンの政策の積極性を示すものであるが、皮肉にも、このFTAが、結局はタクシンを追放した政治連合にその正当性を与えることになってしまった。
この論文全体の目的は、どのようにして1997-98年危機がタクシンの政治的台頭や特に FTAに関する政策革新にとっての前兆となったのか、そしていかに後の 2008-09年のグローバル経済危機がタクシンの没落を巡るタイの政治危機にとっては直接関係のない付随的な出来事であったことを示すことである。

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