JICA緒方研究所

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ワーキングペーパー

No.88 Chains of Knowledge Creation and Emerging Donors

本稿の目的は、援助受け入れ過程での「知識創造」に注目しつつ、いわゆる「新興ドナー」の新しい貢献の可能性を示唆することである。三つの仮説からなるモデルによって、援助受け入れ国の知識(形式知と暗黙知)創造過程を考察する。新たな知識は、第一に土着の知識と外来の(ドナーの)知識の間の相互作用によって、第二に、形式知と暗黙知の間の相互作用を通じて形成される。第三に、援助受け入れ国の新興ドナーとしての援助活動において、被援助経験が生んだ知識が重要な役割を持つ。国際援助社会では、技術協力をドナーからの「ベスト・プラクティスの移転」、つまり一方向への移転とする認識が有力であるが、本稿では、ドナーと援助受け入れ側との間の相互作用をモデルの中心に据える。上記の仮説の体系が、新興ドナーの活動の現実に関して、どれだけplausibleな(「理にかなった」「もっともらしい」)説明を与えうるかをチェックするために、三つの事例分析を行った。
中国の事例:1990年代前半に、呉儀対外経済貿易部長が、テクノクラートの論議を集約して、多様な対外経済政策手段を一体化する「大経貿戦略」を打ち出した。その後、日本の援助の研究を進めた中国の援助専門家が、通産省の「三位一体協力アプローチ」(援助、直接投資、輸出振興の有機的連携)に同様の政策思想を発見し、「大経貿戦略」と組み合わせて、「互恵・ウィンウィンの追求」を柱とする中国型の対外援助モデルにつなげた。アフリカを中心とした広い地域における中国の対外援助活動は、こうして形成された独自の「知」を基盤としている。
タイの事例:日本の援助によって1980年代に建設が進められた「東部臨海開発計画」は、タイ経済に重要な位置を占めているが、二か所の深海港と工業団地から構成される巨大インフラ事業が、着実に特段のスキャンダルなく完成した背景には、タイ固有の暗黙知と日本からの形式知の活用があった。前者は、テクノクラートの間の激しい意見対立を利用した「タイ式チェック・アンド・バランス」であり、後者は、臨海工業地帯の建設に関する最先端の科学技術である。タイ政府は、「東部臨海開発計画」の暗黙知を‘形式知化’してミャンマー政府に提示し、同国南部の「ダウェー経済特別区」に対する支援を開始している。
「TVAモデル」の展開:終戦直後の日本の政策責任者の間に、TVA(テネシー渓谷開発公社)の経験に対する強い関心が生まれ、日本の河川総合開発への応用が企画された。この試みは不成功に終わったが、その一環として世界銀行融資の下に実施された「愛知用水事業」の経験は、日本の援助において重要な役割を果たした。代表例がインドネシアの「ブランタス河流域総合開発」である。援助に従事した日本人技術者たちは愛知用水に直接関与したわけではなかったが、愛知用水は彼らにとって「(マックス・ウェーバーの)理念型」だった。彼等との長期の共同作業の中から、インドネシア人技術者のリーダーは「One River, One Plan, One Management」の概念を生み出した。これは、水資源管理に関するIWRM(アジア域内の国際機関)の基本理念となっている。愛知用水、「One River, One Plan, One Management」、IWRMが、いずれもTVAと同じ「統合」の概念を共有することを指摘したい。
上記の事例は、東アジアの国々が援助受け入れの過程で、ドナーとの相互作用を通じて新たな知識を創造し、想像された知識に基づいてみずからの援助活動を行った事例でもある。今後は、事例分析のを対象地域を拡大して「知識創造の連鎖」モデルの検証を進めたい。

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