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バンサモロ包括和平合意締結10周年記念シンポジウム実施報告インタビュー

#16 平和と公正をすべての人に
SDGs

2024.10.15

バンサモロ包括和平合意が2014年に締結され10年を迎えた今年、先月8月7日にJICAはフィリピン政府、モロ・イスラム解放戦線(MILF)及びバンサモロ暫定自治政府(BTA)の要人を招聘し、シンポジウムを開催しました(詳細:関連リンク)。来年5月にはバンサモロ自治政府発足のための選挙、6月の自治政府設立を控える中、シンポジウムにどのような意義・成果があったのか、ミンダナオ国際監視団(IMT)シニア・アドバイザーやバンサモロ自治政府首相アドバイザーを歴任されてきたJICA職員の落合直之さんにインタビューしました。


落合直之さん(JICA職員)

Q.  「バンサモロ包括和平合意」について教えてください。

― フィリピンでは長年フィリピン政府とモロ・イスラム解放戦線(Moro Islamic Liberation Front: MILF)が対立していましたが、1997年に和平交渉を開始するに至り、様々な困難を経て17年後の2014年に「バンサモロ包括和平合意(Comprehensive Agreement on Bangsamoro)」が締結されました。この和平合意の結果、2017年にバンサモロ基本法(Bangsamoro Organic Law)が制定され、バンサモロ自治政府の設立を初めとして、バンサモロ領域内の住民に対する様々な権利や福祉などの保障が確立されました。そして、2019年にバンサモロ暫定自治政府(Bangsamoro Transitional Authority)が発足したのです。2024年は和平合意締結10周年となるとともに、2025年5月のバンサモロ自治政府発足のための初めての選挙、そして6月の自治政府設立を控えた節目の年となります。


Q.  JICA が今回のシンポジウムを開催するに至った経緯を教えてください。

― JICAは和平合意締結の2014年から現在に至るまで、バンサモロ基本法のドラフト作成、バンサモロ暫定自治政府の制度整備や組織及び人材の能力向上、バンサモロ領域内の道路等インフラ整備や社会福祉の向上及び地場産業の育成、MILF兵士の除隊後の生計向上や職業訓練など、多方面にわたる支援事業を実施して和平プロセスの促進に寄与しています。

ちなみに、世界銀行の研究調査(2003年)によると、紛争が発生した後に当事者間で和平合意や停戦合意など何らかの合意が締結されたものの、その後5年間で合意が破綻する確率は43.6%だそうです。これはおよそ2事案のうち1事案で紛争が再発することを意味しており、和平を維持することの難しさを示しています。そのような中でミンダナオは、和平合意締結後10年が経過しました。バンサモロ和平プロセスは確実に前進していることを意味しており、非常に画期的であると言えます。そこで、フィリピン政府及びMILF、BTA関係者を東京に招いて、和平合意締結10周年を祝い、これまでの10年間を振り返るとともに、和平プロセスの現状や課題、そして課題解決のための未来志向の方向性について両者間の共通認識を得るとともに、JICAとしての協力の可能性を探索すること、JICAのミンダナオ和平支援のこれまでの実績及び成果と今後の取り組み方針について対外的に発信することを目的として、シンポジウムを開催しました。


Q.  シンポジウムでは、フィリピン政府側からガルベスOPAPRU 大臣、BTA 側からはイブラヒム首相が参加されました。この10 年間の和平プロセスについて、お二人はどのように見ているのでしょうか。

― ガルベスOPAPRU大臣は、これまでの和平プロセスにおけるフィリピン政府の真摯な対応に触れ、和平合意が10年継続していることは他の例と比べても特筆すべきことだとして、バンサモロの和平プロセスが世界中の紛争解決プロセスのモデルにもなり得ることを強調しました。
イブラヒムBTA首相は、特にBTAが設置された2019年以降の成果として、地域内の貧困率が2018 年の55.9%から2023年は34.8%に改善したことを強調し、主要産業である農水産業のポテンシャルを主張しました。また、来年実施される予定の初めてのバンサモロ選挙は、領域内の全ての為政者、指導者及び一般住民間に蔓延るわだかまりを解消し、結束を強めるとして、有権者の教育や公正な選挙実施に向けた準備を進めていることを強調しました。
一方で、両者とも和平プロセスにおいては政治トラック(自治政府設立に向けた各種法制度の整備や組織・人材育成)は順調に進みつつも、正常化トラック(除隊兵士とその家族及びコミュニティに対する社会経済支援)の完遂が課題だと指摘しました。


Q. ミンダナオ和平プロセスにおいて、JICA はどのような働きをしてきたのでしょうか。

― パネル・ディスカッションでJICAの宮崎副理事長は、「開発が平和を促進する」という信念の下、2008年に内戦が再発し治安が悪化する状況で、他ドナーが現場から撤退する中でも引かずに、むしろ支援を強化したJICA の姿を紹介しました。また、JICA の強固で柔軟な姿勢による協力が、関係者間の信頼醸成やコミュニティの融和、そして域内の安定に貢献したことに言及し、今後も引き続き開発支援を推進すること、バンサモロ自治政府及び人材の能力向上、農水産業の促進、インフラの整備、中小零細企業及び起業家の育成等に関し、包摂的な協力を目指すことを強調しました。登壇者からは、困難な局面にあった際にもバンサモロに寄り添い続けた日本政府とJICA に対する感謝が度々述べられました。


Q. 今回のシンポジウムがミンダナオ和平プロセスにもたらした成果を教えてください。

― そもそも、今回のシンポジウムに参加した双方のメンバーは、そのまま正式和平協議が実施されても不思議ではないレベルの顔ぶれでした。これはフィリピン政府とMILF/BTAが、このシンポジウムを非常に重要視していた証です。当日は、フィリピン政府及びMILF/BTA双方の指導者達が自らの口で、和平合意締結から今日に至るまでの10年間の軌跡を語り、互いの考えを共有しました。この10年間の実績が立体感を持って会場及びオンラインで参加した皆さんに伝わったと思います。また、「正常化トラック」の進捗の遅れなどを含め、今後の和平プロセスにおいて残された様々な課題について双方共に認識し、JICA及び会場とオンライン参加者に共有されたことは、今後の和平プロセスの進展に良い影響をもたらすと思います。

このシンポジウムでバンサモロ和平プロセスを今後も継続的かつ積極的に実施、展開していく強い意志を、フィリピン政府及びMILF/BTAが各々示したことで、双方の信頼と協調そして共創(Co-Creation)を強固にし、拡張していく機会を提供し、新しいステージに当事者達を導くことになったと、双方関係者から伺いました。当事者双方がこの様な普段とは異なる環境において、互いに様々な課題に向き合い話す機会を得ることにより、新鮮な気分で前向きな対話ができたとも話していました。そして、本邦滞在中の様々な機会や場が、正式和平協議の再開に向けたアジェンダ設定の確認と日程調整に繋がるなど、具体的にも和平プロセスを後押しすることにも貢献しました。実際に、シンポジウム実施後の8月22日には、コタバト市内にてヤノ・フィリピン政府和平履行委員長とイクバルMILF同委員長が非公式会合を実施し、正常化トラックにおける3つの重要な課題について、意見交換を行ないました。シンポジウムの出席のために日本に渡航したことがきっかけとなり、この様なミーティングが実施され、正式協議開催のための準備を整わせることになったことは大きな成果です。


Q. シンポジウムの開催は、日本政府やJICA にはどのような影響があったでしょうか。

― このシンポジウムは、バンサモロ和平に関する当事者であるフィリピン政府とMILF/BTA及び第三者であるJICAによる取り組みが、現代世界において各地で繰り広げられている紛争の終結のための有効なモデルとして適合しうることを示しました。シンポジウムの開催にあたって諸外国ドナーから、このタイミングでこのような内容の取組みは画期的であると賞賛されました。ここまでフィリピン政府及びMILF/BTAの要人を日本に招聘出来たことは奇跡であるとまで言われたほどです。それほど、このシンポジウムは貴重な機会だったということです。

このシンポジウムは、日本政府とJICAにとっては、今後の求められる協力の在り方について、フィリピン政府及びMILF/BTAの考えを取得し理解した上で、検討していく良い機会となりました。また会場及びオンラインで参加した方々に対しては、バンサモロが歩む和平の道のりがいかに困難で壊れやすいものであるか、しかし苦難の先には明るい未来が待っていること、そこに至るには当事者と取り巻く国際社会の間の対話、信頼、協働そして共創が重要であることが共有されたのではないかと思います。日本政府及びJICAがバンサモロ和平プロセスに対する支援を今後も引き続き積極的に実施していくという強い意志を、シンポジウムの場だけではなく、双方が日本に滞在中の一連の行事を通じて表明したことは、フィリピン政府及びMILF/BTAに対して、私たちへの信頼に基づく安心感を提供する良い機会となったと言えるでしょう。


Q. 最後に一言お願いします。

― 今回、日本でシンポジウムが実現されたことは、日本政府及びJICAの長きにわたるミンダナオ紛争の解決に向けた地道な貢献により、双方から絶大なる信頼と安心を得ていたからに他なりません。それだけ、未来に対する継続したさらなる貢献が我々には求められているということでもあります。大海を共有する友人の期待に十分に応えることが、シンポジウムを開催し本邦招聘を実行したJICAの責務であると言えるでしょう。

バンサモロ包括和平合意締結10周年記念シンポジウム 集合写真

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