【STORY2】伝えたい、広げたい、農村の可能性 森 栄梨子さん(NPO法人自然塾寺子屋 事務局長)

2022年3月28日

-「あなたらしく」生きていると思えるのはいつですか?-
人と人をつないだところに、新しい可能性が生まれるのを実感したとき

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コロナ禍で人手不足に悩む嬬恋村の農家とJICA海外協力隊員を結びつけて嬬キャベ海外協力隊プロジェクト(注1)を立ち上げた、群馬県のNPO法人自然塾寺子屋(注2)。
今回は、その自然塾寺子屋の事務局長を務める森栄梨子さんを紹介します。彼女はコミュニティの「中」と「外」、両方の気持ちに寄り添うプロフェッショナル。そんな森さんの原点と挑戦を取材しました。

ホンジュラスでの日々が価値観を変えた

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自然塾寺子屋が運営しているコミュニティ・ベース、「古民家かふぇ信州屋」は明治に建てられよろず屋として営業していた「信州屋」の建物が使われています。2階はイベントスペースとして利用可能。奥には自然塾寺子屋の事務所が入っています。

群馬県の甘楽(かんら)富岡地域で、「農村から日本と世界の未来を育てる」を掲げて農業を通じた地域づくりに取り組むNPO法人、自然塾寺子屋(以下、寺子屋)で事務局長を務める森栄梨子さんは、2014年に甘楽町に移ってきました。

留学から帰国後、地域の国際交流を支援する団体で働いていた森さんは、中南米の出身者やそこにルーツを持つ日系の人々と接する機会が多くありました。

「仕事を通して、国内には想像以上にたくさんの外国人の方々が生活し、日本社会の中にも“国際化”が起きていることを意識しました。彼らを知り、彼らの母国で何かできることはないかとJICA海外協力隊(注3)に応募したんです」

念願かなって、森さんの派遣先は中米、ホンジュラスの農村でした。

「私は農村での生活をホンジュラスで初めて経験しました。農村は、仕事とプライベートが分けられることなく営まれている社会です。仕事の影響が、生活にすごくダイレクトに伝わるんだと新鮮な気持ちでした」

農村という完成したコミュニティの中へ入って行く経験は、森さんに大きな影響を与えました。そこで暮らす人々の関係性や産業などを内側から眺めることで、初めてその地域社会の仕組みを理解することができたと言います。同時に人と人とが支え合って生きている社会の在り方を強く意識したそうです。

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1階で営業している「喫茶オバタ」を訪れる人は、地域住民や国際協力に関心のある人、カフェ巡りを目的としている人などさまざま。左手奥には観光案内のコーナーが設けられています。

「現地ですごくお世話になった方々の中に、寺子屋が運営するJICAの研修(注4)に参加した方がいました。『日本人なのに甘楽町を知らないの?』と言われて、派遣期間が終わったあとに寺子屋を訪ねることにしたんです」

イベントへの参加などを通じて寺子屋の理念に共感していったという森さんは、やがて寺子屋への就職を機に甘楽町への移住を決意しました。

双方にとって良い出会いをコーディネートする

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寺子屋に協力する甘楽町の農家の一人、吉田恭一さんとその畑。有機農法を手掛ける吉田さんは、“家庭訪問”で森さんとともにベトナムを訪れた地域のリーダーの一人です。

寺子屋では、JICAをはじめさまざまな組織の海外からの研修員を受け入れ、研修の運営をしています。さらに、JICAから海外へ派遣される協力隊員への赴任前の農業研修の実施など、多面的に農業文化の学びをサポートしています(注5)。地元住民である農家の方々を先生役として、地域全体を学び場とする寺子屋の活動は今年で21年目。現在では80軒近くの農家が協力しています。「活動を支えてくれる甘楽富岡地域にも還元できるようにしたい」と森さんは話します。海外からの研修員による地元中学校の訪問もその一つ。

甘楽中学校には昼の時間に訪問して、食堂で全校生徒たちと給食を食べたり、昼休みに一緒に遊んだり、ときには英語の授業に参加したりしてきました。甘楽中学校の2代目校長を務め、現在は富岡市額部(ぬかべ)公民館の館長である飯塚真琴さんは「交流をきっかけに海外に興味を持った生徒も少なくありません。3年生になると受験のための面接練習があるのですが、『甘楽中ってどんな学校?』と聞くと、『国際交流が盛んです』という答えが返ってくるんです」と当時をふり返ります。

「子どもたちに、生まれ育った地域にはこんなすごい場所で、ここで学ぶために世界中からたくさんの人がやってくるんだということを知ってほしい。そのために、“ここでもできる”ではなく“甘楽町だからできる”を増やしたいと思っています」

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また、甘楽町では人材不足の解決のため、外国人の受け入れを積極的に進めようとしていました。そこで寺子屋では外国人を雇用する企業と、そこで働く外国人従業員の生活をサポートするための「グローバル人材生活安心パック」(注6)という事業を展開。その中で、協力隊に参加した経験から異なる文化のコミュニティに入っていく不安をよく知る森さんは、新しい試みを始めました。甘楽町で働いている外国人従業員の母国の実家を、寺子屋のスタッフと甘楽町の地域の人が訪ねる“家庭訪問”です。森さんは外国人従業員が働いている姿や勤め先の社長のインタビューを撮影し、それを持って地域のリーダー的な農家さんとともに訪問しました。

「こんな人たちの中であなたのお子さんは生活していますと伝えられるだけでもご家族にとって安心ですし、逆に向こうの生活や文化を地域の人に体験してもらうことで『この人たちは日本という全然違う環境の中で頑張ってやっているんだ』ということを知り、おたがいの理解や絆を深めることができました」

その人の一生に寄り添う学びを

本来は来日して農業の現場を体験する場を提供している寺子屋ですが、コロナ禍で寺子屋が運営する研修はJICAが主催しているものも含めて、現在はすべてオンラインとなっています。そのため時差の大きい中南米地域からの参加者に十分なサポートができない状況です。それを知り森さんに助け舟を出したのが、2018年に寺子屋が運営するJICAの研修に参加したパナマ共和国在住のビビアナ・ロドリゲスさんです。

「私がお手伝いしているのは、研修中に参加者からの疑問や相談に答え、グループ内のコミュニケーションが円滑に進むように目を配りフォローすること。そして、研修終了後に参加者が母国でどのような活動をしているかを定期的に確認するモニタリングです。寺子屋の研修に参加してみて、“研修が終わったあと”こそが大事という考え方に共感しています」とビビアナさんは話します。

自身が参加した研修を振り返り、研修後も参加者同士でそれぞれの地域での取り組みや課題などを共有し、相談しあえるコミュニティを維持できているのも、森さんをはじめとした寺子屋のメンバーのおかげだとビビアナさんは言います。自国で活躍する寺子屋の“卒業生”たちの国を超えた新たなネットワークが、おたがいの地域活動に役立っています。

人と人との交流を通じて、それぞれの地域で志を同じくした人が活動し、その影響が少しずつ広がってよりよい社会になっていく-そのために森さんは、寺子屋を通じて関わった人々と一生の付き合いとなるような関係を心がけてきました。

「私が寺子屋に入ってすぐのころ、寺子屋の事業ってなんですかと質問したら、『ライフ・プロデューサーかな』と言われたんです。そのときはピンときていなかったのですが、今はすごく納得しています。研修という限られた期間だけでなくその人の人生、その国の環境-そこまで考えて責任を持った研修内容を企画する。賛同者の方々と協力しながら、社会のニーズに素早く対応していけるようにこれからもコミュニケーションをしっかりとっていきたいですね」

飯塚真琴さん(富岡市額部公民館 館長)

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左:森栄梨子さん、右:飯塚真琴さん

甘楽中学校や甘楽町自体が、国際交流や移住する方々の受け入れに協力的な面があるとしても、それは誰にでも、ではありません。そこに入っていこうとする姿勢があるからです。森さんは知らないところへ飛び込んでいく心の強さと、臨機応変さ、そしてなにより情熱があります。周囲からの相談にも『無理です』ではなくて、思いを受け止めてつねに『考えてみましょう』と言ってくれます。そして、必要なところにつないでくれる。この人に協力したい、と思わせる人なんです。

ビビアナ・ロドリゲスさん

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ビビアナ・ロドリゲスさん(中央やや左、模造紙を掲げるピンクのシャツの女性)

森さんと一緒に働くようになって感じたことは、彼女がとても責任感を持って仕事をしているということ。地域や農家さんなど、関係者への姿勢を尊敬しています。彼女はいつもポジティブで情熱を持って活動している姿に、プロフェッショナルとしても個人としても学ぶところが多いですね。これからも森さんと一緒に彼女の夢を全力でサポートしていくつもりです。