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AIで象の出現を早期に検知。人間との共生を図る

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AIで象の出現を早期に検知。人間との共生を図る

※上記のイメージ画像は一部加工しています

デジタル技術を持つパートナーとの共創を進める実験的な取り組み「JICA DXLab」が成果を上げている。インドで喫緊の課題となっている人間と野生の象との共生に向け、AI搭載カメラを活用して象の出現を早期に検知し、人間との衝突を避ける体制を整備。被害をゼロに抑えることができた。打開策を模索していたインドの現地森林局と、解決へと導いたデジタルパートナー、そして地域住民と連携したこの取り組みをJICA担当職員が振り返る。

AI搭載カメラが検知した象の映像

JICA DXLab案件「西ベンガル州における人間と象の軋轢緩和と共生促進」を担当したJICA南アジア部南アジア第一課の佐々木ひらりさん (左) と小林夏美さん (右)。

気候変動で、より困難になる人間と野生動物の共生。デジタル技術が打開策に

今、世界的に野生動物と人間の衝突が増加している。日本でヒグマが人間を襲う事故を耳にすることが増えているのも同様だ。インドではトラやヒョウ、そして象が人の生活圏に出没して人的被害をもたらし、野生動物と人間の共生が大きな課題となっている。その主な背景の一つは、気候変動の影響だ。

「降雨量が少なくなり干ばつが続き、森林の荒廃につながっています。そのため、野生動物は食べ物を求めて、人間が暮らすエリアへと活動範囲を広げてしまうのです。インドで最も人口密度が高い西ベンガル州では、さらなる人口拡大で人間の居住地も広がり、森林など自然資源の過度な利用も一段と進み、生態系の再生や保全と共に、野生の象といかにうまく暮らしていくかが、大きな問題になっています」

そう語るのは、JICA南アジア部南アジア第一課の佐々木ひらりさんだ。西ベンガル州での森林・生物多様性の保全に向けた円借款事業の案件形成に携わった。2021年から2022年にかけて、西ベンガル州では77名が象に襲われ命を失い、190名が負傷した。被害を受けた農作地は4,000万ヘクタール以上に上る。

「JICAは2012年から西ベンガル州で森林・生物多様性の保全に向け、円借款事業を実施してきました。2023年からは、さらに生態系を活用した気候変動対策活動や生物多様性の保全・再生活動、住民の生計向上活動などに注力する新しい円借款事業に着手することになりました。その中で、西ベンガル州森林局が喫緊の課題として挙げたのが、象と人間の衝突を回避することでした」(佐々木さん)

象によって荒らされた水田(インド西ベンガル州)

象の出現を警告する看板(インド西ベンガル州)

通常、円借款事業では、実際に事業を開始するまでに一年近い調査期間が必要だ。しかし、人間と象との衝突は、待ったなしの課題。解決策に向けた市場調査をしてみると、デジタル技術の活用が大いに期待された。そこで、優れたデジタル技術を持つ民間のパートナーとスピード感を持って取り組むことができるこの「JICA DXLab」を活用することになった。JICA DXLabは、実証実験や構想策定を通じて、迅速にODA事業における課題の解決を目指す。

「デジタルパートナーの選定で決め手になったのは、まず、インドで野生動物との共生に向けた取り組み経験があること。そして、AIの搭載や、機器のサイズが目立たず小さいことなど、活用する技術が最新かつ利便性にかなった点でした」と、佐々木さんと共にデジタルパートナーの選定過程に携わったJICA南アジア部南アジア第一課の小林夏美さんは述べる。

最終的にデジタルパートナーに選ばれたのは、米ワシントンを拠点とするNPOのRESOLVEだ。AIを搭載した超小型カメラを用いたアラートシステム「TrailGuard AI」を開発し、アジアやアフリカなどで野生動物と人間の共生に向け、このシステムを運用している。インドに機器の生産拠点を持ち、インド人のコンサルタントも揃っており、現場で密に協力して進められることも大きな強みになった。こうして、RESOLVE、西ベンガル州森林局、そしてJICAによる人間と象の共生に向けた実証実験が、2023年8月から始まった。

象の出現をリアルタイムで通知、迅速な対応で被害をゼロに

この「TrailGuard AI」は、森林に設置した超小型のAI搭載カメラが象の出現をリアルタイムに自動で検知し、森林官や地域住民に象の出現時間や場所を即座に知らせるシステムだ。携帯電話で通知を受けた森林官がいち早く現場に駆け付け、人間の居住地に近づかないよう林道を封鎖するなどして象を誘導する。今回の実証実験では、直径約1キロの範囲の森林を対象に、象が出現しやすい場所を選定し、合計30台のAI搭載小型カメラを設置した。

木の幹に取り付けらえたAI搭載カメラ。

TrailGuard AIの運用に向け、現場で協議するデジタルパートナーRESOLVEのメンバーや地域住民ら。

これまでは住民らがパトロールして象の出現を監視していたが、広い森林の中でそう簡単に象を見つけることができない。たとえ見つけても、森林官に正確な場所を伝えることが難しく、森林官が現場へ到着するまでに数時間かかっていたが、TrailGuard AIの導入で、平均約18分で現場に到着することができるようになった。実証実験を行った6カ月間に、象が検知された回数は合計175回、リアルタイムでアラートが出され、迅速な対応できたことで、期間中、象と人間の衝突による死亡者や負傷者はゼロに抑えることができた。

「木の高い位置にカメラを設置する際は、地域住民自ら木に登って作業しました。住民たちにとっても生死に関わる長年の問題を解決したいという強い思いがあり、地域と連携して取り組むことができました」(小林さん)

木に登って小型カメラを設置する地元住民。

佐々木さん(前列右から5番目)と小林さん(同6番目)は、TrailGuard AIが設置された森林地にも足を運び、効果的な運用に向け、西ベンガル州森林局やRESOLVEのスタッフらとも協議を重ねた。

もちろん、最初からすべてうまくいったわけではない。当初、AI搭載カメラによる象の検知数がなかなか上がらず、カメラの仕様や設置場所を変えるなど、「試行錯誤の連続でした」と小林さんは振り返る。

ただ、実証実験だからこそ、状況に応じて即座に新しい技術を取り入れ、軌道修正することができた。通常JICAが行う円借款事業や技術協力プロジェクトと比べて、よりスピーディーに柔軟に対応でき、「JICA DXLabならではの迅速さが功を奏した」と、佐々木さん、小林さんは口をそろえた。

JICA DXLabでの取り組みを振り返る佐々木さん(左)と小林さん。今では、自身が携わるすべてのプロジェクトで、いかにデジタル技術を活用できるか、考えるようになったと言う。

継続してデータを収集。インド市場でのビジネス展開も視野

JICA DXLabでの実証実験は2024年2月に終了したが、TrailGuard AIは現地でそのまま継続して運用されている。

「この実証実験では、象と人間の衝突を回避することに加え、TrailGuard AIから送信される鮮明な画像でわかる象の大きさや群れの構造、また象がどの方向からやってきて、どの方向へ去っていったかといったデータを蓄積していければと考えていました」

西ベンガル州森林局で今回の実証実験のプロジェクトマネジャーを務めるスマナ・バタチャリヤ氏はそう語る。今後、長期にわたるデータの収集で、象の生態をより詳細に分析できれば、個体による対処の仕方や人間の生活圏の見直しなど、象と人間の衝突をより未然に防ぐ手立てを考えることができるようになるはずだ。

また、TrailGuard AIを開発したRESOLVEにとっても、この西ベンガル州での実証実験は、インド市場でのビジネス展開に向けた大きな一歩ともなった。RESOLVEの開発担当リチャード・シュローダー氏は次のように述べる。

「実証実験やその後の継続した運用を通じて、現場の西ベンガル州森林局の経験豊富なスタッフからフィードバックをもらい、TrailGuard AIの改善を図ることができています。今後は、インドに新たに設置したTrailGuard AIを開発・生産する企業を拠点に、南アジア地域全体のみならず、南米やアフリカなどでのさらなる事業展開も考えています」

デジタルパートナーにとって、JICA DXLabで自社のデジタル技術が社会課題の解決に貢献できるか明確になるだけでなく、さらなるビジネスチャンスの手がかりも見出すことができる。ODA事業が抱える課題は山積しており、その解決法は一つではない。どんなデジタル技術がどんな課題にマッチするかはやってみないとわからない。その予想外の化学反応を試せるのも、JICA DXLabの大きな強みだ。

(取材: 2024年5月)

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