/about/dx/jicadx/dxlab/goodpractice/interview_2/__icsFiles/afieldfile/2023/09/13/top_interview_2.png

ブータンで挑戦! データ活用で国民の健康とウェルビーイングを実現する

ブータンで、デジタル技術を通じて国民の健康とウェルビーイングを向上させ、経済や社会を豊かにするという、これまでにないプロジェクトが始まった。まずは、健康と保健に関するデータを活用し、がんや糖尿病といった非感染性疾患の治療や予防に向けた保健医療サービスの向上に着手する。そして、将来的にはデジタル技術を持つパートナーと一緒にさまざまな分野で生活の質の向上を図り、産業振興も進め、国民のウェルビーイングに貢献していく。

日本の先端医療施設での研修のために来日したブータン政府関係者と、プロジェクトの運営を担うコンサルティング会社アクセンチュア、JICA担当者が、その挑戦に向けた想いを明かした。ブータンで描くデジタル社会の未来図とは…。

参加者紹介

ペンバ ワンチュク
ブータン 保健省アクティング・セクレタリー

1995年から保健省にて勤務。ブータン国内各地域管理統括や伝統医学部門の長官を務め、2022年11月より現職。

ブータン 保健省アクティング・セクレタリー  ペンバ ワンチュク

ジグミ テンジン
ブータン GovTech Agency アクティング・セクレタリー

2002年より情報技術通信省にてICT オフィサー、ディレクターを務める。2022年より現職。

ブータン GovTech Agency アクティング・セクレタリー  ジグミ テンジン

藤井 篤之
アクセンチュア株式会社ビジネスコンサルティング本部 ストラテジーグループ マネジング・ディレクター

公的サービス領域を中心に調査・コンサルティング業務を担当。スマートシティ会津若松におけるヘルスケア領域の中心メンバーとして戦略立案に従事したほか、民間企業向けにもスマートシティ、ヘルスケア関連プロジェクトに関する豊富な経験・実績を有する。

アクセンチュア株式会社 ビジネスコンサルティング本部 ストラテジーグループ マネジング・ ディレクター  藤井 篤之

浅沼 琢朗
JICAガバナンス・平和構築部 STI・DX室

JICAが途上国で進めるデジタル化に関する協力全般を担当。今回のブータンのプロジェクトでも計画段階から携わっている。

JICAガバナンス・平和構築部 STI・DX室  浅沼 琢朗

小さな国ブータンだから実現できる。その理由は?

ペンバ ワンチュク
ブータンは、これまで長い年月をかけて国民の健康を守るための医療サービス体制を築いてきました。現在、誰でも無料で医療サービスを受けることができます。
しかし今、大きな岐路に立っています。急速な経済成長や生活様式の変化に伴い、がん、糖尿病、循環器や呼吸器の疾患、メンタルへルスといった慢性疾患が増え、国民の健康を取り巻く状況が急激に変化しています。
国民がこれからも適切な治療が受けられ、健やかに暮らすことができるよう、現在の健康状態について正確なデータを収集して、エビデンスに基づいた政策を立てていく必要に迫られています。

ジグミ テンジン
国のデジタルトランスフォーメーションを担うGovTech Agencyと保健省が連携して、横断的にこのプロジェクト を進めていきます。
データの不正利用やプライバーに関する問題にも対応しながら、今後、保健分野だけでなく、さまざまな分野でデジタル技術を持つ民間企業と連携して、国全体でデジタル化を図ります。
また、ブータンでは教育水準の向上で優秀な人材が輩出されているのですが、受け皿となる雇用が不十分で若者の失業率が増加し、国外への頭脳流出も課題です。デジタル化で新しいビジネスが生まれれば、若者にとって魅力ある雇用機会の創出につながります。

【左】ブータン GovTech Agency ジグミ テンジン氏 【右】ブータン 保健省 ペンバ ワンチュク氏

藤井 篤之
ブータンが目指すデジタル社会に大きな可能性を感じています。
私たちは国際的なデジタル化に関する開発プロジェクト を支援するだけでなく、日本のデジタル庁や厚生労働省といった中央省庁と国全体のデジタル化、そして全国各地の自治体と地域社会のデジタル化に取り組んでいます。しかし日本では、アナログ時代に確立された既存の行政システムが非常に複雑で、デジタル化がなかなか進まないという課題があります。
ブータンは人口約78万の小さな国で行政システムがシンプル。そのため新しいデジタルプラットフォームの導入が比較的容易です。デジタル社会の実現は、実は先進国でなく、途上国やブータンのような小国でこそ一気に進むのではないかと思っています。

ジグミ テンジン
そうなんです。機敏に動き、新しいことにも挑戦できるという小国ブータンならではの利点を生かせます。

ペンバ ワンチュク
ヘルスケア領域における課題の解決だけでなく、デジタル産業の育成も期待されます。ブータンにとって、まさしく絶好の機会です。

浅沼 琢朗
このプロジェクトではまず、医療と健康データの統合的な管理と利活用を促す環境整備を行い、エビデンスに基づいた的確な治療やアドバイスによる医療の質の向上を目指します。さらに、これらのデータの共有を通じ、民間の医療関連産業の振興や就業機会の創出を実現させたい。
これはJICAにとってもチャレンジングな取り組みです。デジタル技術やデータの利活用を通じて国の開発を支援するという、デジタル時代の新しい国際協力のモデルをブータンと共に構築していきたいです。
ブータンはヒマラヤ山脈の東端に位置する内陸国で、経済発展に欠かせない貿易面では物流コストが高いといったデメリットがあります。そのため、デジタル技術を活用した新たな産業振興は、自国の発展につながります。
同じような課題を抱える国は多く存在するため、このブータンでの成功モデルを、今後、他の途上国でも展開できたらと考えています。

日本の先端医療施設もブータンの取り組みに熱視線

ペンバ ワンチュク
保健データを統合するデジタルヘルスプラットフォームの導入に向け、DNA データや特定の疾患に関するデータを蓄積する「バイオバンク」の構築を目指しています。今回の日本での研修先の一つ、東北大学の東北メディカル・メガバンク機構では、バイオバンクに関する情報交換ができ、とても充実した時間でした。

東北大学の東北メディカル・メガバンク機構を見学するブータン政府関係者ら(左端がペンバ ワンチュク氏)。今回の研修にはブータンから保健省、GovTech Agency、国立統計局、王立疾患管理センターなどの職員9名が参加した。写真提供/東北大学東北メディカル・メガバンク機構

ジグミ テンジン
今回の研修で、収集するデータの質を高めるためにはその手順が重要であることなど多くを学びました。何より、どこの病院や医療施設を訪れても、研究者の皆さんが、私たちがブータンで実現しようとしていることに熱心に耳を傾けてくれて、とても勇気づけられました。惜しみなくさまざまなアドバイスを頂きました。
これも長年にわたる日本とブータンの友好関係があるからこそ。皆さん温かく迎えてくれて、本当に感謝しています。

浅沼 琢朗
私たち日本人は、経済成長のみに偏重せず、国民が幸福感を持って暮らせる社会を目標とするブータンにとても親しみを持っています。国民総幸福度(Gross National Happiness)は、昨今注目されているウェルビーイングとも近い概念です。データを活用して国民の健康状態を指標化するといったコンセプトを実現する上で重要なアセットになります。
デジタル領域の開発に積極的なブータンは大きなポテンシャルがあります。このプロジェクトの計画段階からお話させて頂いている日本の多くの企業や組織は、「幸福の国」として日本でも有名なブータンの支援に前向きな姿勢を示しています。
東日本大震災の後、ブータン国王夫妻が来日し、復興に取り組む日本に向け、国会で心温まる演説をしたことに感銘を受けた人も多いでしょう。そんな気持ちも、このプロジェクトに一緒に取り組みたいという思いにつながっているのではないでしょうか。

藤井 篤之
日本の医療施設はブータンでのバイオバンクの構築といった取り組みに、とても興味を持っています。今回訪れた研修先の研究者たちからは、「ブータンと今後どのような連携ができるでしょうか?」という声がすでに次々と上がっています。

浅沼 琢朗
今回、ブータン政府の関係者をお招きして、約10日間にわたる日本での研修を実施しました。研修では、日本各地の先進的な医療施設などを訪問し、研究者や専門家の皆さんと意見交換しました。このプロジェクトのコンセプトに共感して頂き、改めてプロジェクト実施の意義だけでなく、世界的にも新しい取り組みであることを実感しました。
ただ、さまざまな保健データと国民の個人情報を統合するデジタルヘルスプラットフォームを構築することはとても難しいです。しかし、ブータンだけでなく日本、そして世界の人々の健康問題を考える上でデータ活用は必要不可欠な要素であり、かつデータをうまく利活用(将来的に二次利用にもつなげる)することで、ビジネスチャンスにもつながることを再認識しました。
また、今回のブータンでのデータドリブンな保健課題解決のモデルを海外へ輸出することで、世界のウェルビーイングの実現に貢献できると感じています。

市民・地域社会・参加企業―「三方良し」の次世代デジタル社会

藤井 篤之
ブータンが描く次世代のデジタル社会に向けて、私たちが2011年の東日本大震災後、復興プロジェクトとしてスタートし、デジタルによる地方創生プロジェクトに昇華した、福島県会津若松市でのスマートシティの取り組み が参考になると思います。
例えば、ヘルスケアのスマートシティサービスを使うことで、市民は自身の既往歴や日々のバイタルデータといった医療データを医師と共有することができます。医師は、従来の診療では得にくかったそのようなデータを見ながら、よりその人に寄り添った質の高い医療サービスを提供することができます。
さまざまな領域のアプリケーションで収集したデータを地域で活用し、「エビデンスに基づく政策決定(Evidence based policy making)」に生かすことで地域全体をより良くします。さらに企業とのサービス・データ連携を進めることで新たな産業の創出を実現しています。
もちろん、データの漏洩やプライバシー侵害への懸念もあるので、データ提供については、市民の明確な同意をとることを徹底しています。そして行政や企業がデータをきちんと管理し、サービスなどを通じてデータが市民生活の向上に役立っているという信頼があることが重要です。

浅沼 琢朗
データ活用においては、市民と行政との「信頼」が大切だと考えます。市民が行政を信頼していなければ、誰も自分の個人的なデータを共有することに同意しません。データを使って行政が良いサービスを提供する。そのサービスがまた新しいデータを生み出す。そして、そのデータを使って企業がまた新しいサービスを開発するという循環が生まれるんですね。

藤井 篤之
そのような循環が市民、地域社会、参加企業、「三方良し」の次世代デジタル社会の姿です。会津若松の事例では90社以上の企業がパートナーとして参加、40社以上の企業誘致を実現し、地域のデジタル産業の発展にも寄与しています。

【左】JICA 浅沼 琢朗氏 【右】アクセンチュア 藤井 篤之氏

ペンバ ワンチュク
そのようなスマートシティの取り組みをブータンでもすぐに始めたいです。
ブータンは山岳内陸国で国民が住む場所は国全体に分散しています。今でも7日間歩かなければたどり着けない場所に住んでいる人もいます。デジタル技術によって、どこに暮らしていても、同じサービスを受けることができるようになるのです。

藤井 篤之
ブータンと同じく会津若松も周囲を山に囲まれた内陸地域であり、類似点があると考えています。

ジグミ テンジン
信頼という点で言うと、ブータンには幸運なことに国民誰もが心から信頼するリーダーの国王がいます。国民の幸せを常に最優先する国王のもと、私たちはデジタル社会の推進を図ります。
2023年2月には、新たに国民デジタルIDシステム(NDI)を立ち上げました。個人のID情報管理だけではなく、事業者も活用可能な認証サービスで、ユーザー自ら健康情報、税務情報などの自分のデータを管理し、共有する相手を選択することができます。国民の安全を確保しながら、データの質を高め、提供できるサービスの向上を図り、誰もが幸せを実現できるバランスの取れたデジタル社会をブータンは目指します。
そんな私たちの挑戦に向けて、デジタル技術を持つ多くのパートナーの方々に参画してほしいです。

浅沼 琢朗
JICAもブータンからの期待に応えられるよう、このプロジェクトを進めていきます。そして、ブータンが目指すデジタル社会の実現に向け、多くのパートナーに参加してもらえるよう、共に取り組んでいきましょう。