中村哲医師お別れの会での理事長挨拶【於:福岡県福岡市】

去る12月4日に大変悲しいお知らせに接して、二か月近くになります。アフガニスタンの発展と農民の生活向上のために長年現地に深く分け入り、多くの人を救ってこられた中村先生が落命されたことは、誠に痛恨の極みであります。
先生の安らかなる眠りを改めてお祈りいたしますとともに、ご遺族の皆さま方、同じく犠牲になられた5名のアフガニスタンの方々にも心よりお悔やみを申し上げます。

私は2001年の同時多発テロの後、半年ほど後でありますが、当時小泉首相の対外政策タスクフォースの一員として、「日本からアフガニスタンに何ができるか見てきてくれ」と言われて行ったことがございます。それが最初の出会いでございました。その間国連大使をやっておりまして、毎月、アフガニスタン情勢を安保理で議論しておりました。それから、2012年から、私は3年間、国際大学の学長を務めておりまして、そこにはアフガニスタンの留学生を大勢受け入れておりました。中村先生を招き、講演をしていただいたこともあります。先生の活動に深い尊敬の念を抱いてまいりました。アフガニスタンの復興に別の観点から尽力された緒方貞子元理事長が昨年10月に亡くなられたのに続き、大変大きな衝撃でございます。私、アフガニスタンからの留学生がまとめた、追悼文集を預かってまいりました。これまで500名を超える若手行政官がJICAの長期研修事業を通じて、日本の大学で勉強し、修士号、博士号を取得しております。中村先生の講義を受けた学生も、大勢おります。先生は言うまでもありませんが、非常に尊敬され、慕われておりました。学生たちの無念と、感謝が詰まった文書です。後程ご遺族にお渡しいたしますので是非、お読みいただければと思います。

JICAは2001年よりアフガニスタンにおける協力を本格的に展開してきましたが、治安の悪化を受けまして、2007年に外務省から全土退避勧告が出たので、それ以後、地方都市への渡航を制限してきました。

そのような中でも日本人がアフガニスタンの地方の発展に貢献できたのは、なによりも中村先生の地道な活動があってこそと確信しております。JICAは2010年よりPMS(「平和医療団・日本」)と共同事業を始め、そして中村先生、ペシャワール会、PMSとの協力関係を年々深めてまいりました。
近年ではアフガニスタン政府やPMS関係者を日本にお招きし、灌漑整備のモデルともなった朝倉市の山田堰(やまだぜき)を視察していくなど、中村先生の取り組みの理解促進にも努めていたところでありました。

ひとりの医師が、ひとりの人間が、アフガニスタンにおいて取り組む事業として、「緑の大地計画」は空前絶後のものであります。治安や政治面での不安定さから、国連も赤十字も苦労しているアフガニスタンにおいて、なぜ先生の事業が市民から、農民から、信頼と尊敬を集めているのか。それは、地元で得られる材料と知恵を最大限に活かし、地元の人々と共に、「手作り」で用水路を建設されたからに他なりません。先生は常に現地の人々に寄り添い、共に汗を流し、信頼関係を築いてこられました。これはまさに、国際協力のあるべき姿であり、我々の目指す姿であります。

今日、アフガニスタンを含む様々な国や地域で、複雑かつ相互に関連する課題が国境を越えて広がっています。そのような世界だからこそ、我々は、多くの人々の命と尊厳を守れる社会を作る使命を負っていると思っています。

先生は誠に、現代の英雄でありました。こういう方を同時代に持てたことは、日本人として誇らしく思います。また、先生の仕事のヒントが、江戸時代の日本、九州の地で行われた事業であったことも、我々は大変、誇らしく思う次第であります。

私は、今年のJICAの年頭の挨拶で、「中村先生のやられたことは、普通の人間のできることではない。しかし、もっと平凡でもいい、もっと臆病でもいい。しかし、その方向をしっかり受け止めていこうではないか」という趣旨のことを申し上げました。
私がJICAの理事長になったのは2015年のことですが、2016年に新しく、JICAのビジョンとして、これまでもやっていることですが、「信頼で世界を繋ぐ」、相手と寄り添って信頼関係を築くことが、JICAの最も大きな仕事だということを定めました。そして、特に昨年から、かつて熱心に取り組んでおりました、人間の安全保障を、もう一度力強くやろうではないか、ということを言っております。人間の安全保障の根源は、すべての人が、恐怖や欠乏から免れて、尊厳を持って生きる権利がある、それを支えていこうじゃないかと言うことを、JICAの活動の中心においているわけでございます。先生のような英雄ではなくても、そうした方向を皆で支えていこう、ということが、我々の今、目指しているところであり、先生のご遺志を引き継ぐゆえんではないかという風に思います。

先生のご遺志を深く胸に刻み、今後もアフガニスタンとそこで暮らす人々の発展と平和のために引き続き貢献していく、これをお誓い申し上げまして、私のご挨拶に代えさせていただきます。ありがとうございました。

2020年1月25日

独立行政法人 国際協力機構
理事長 北岡伸一