JICA現職課長に向けた理事長メッセージ【於:オンライン】

組織の中核として、最も多忙な課長職を務める皆さんの頑張りを多としたいと思います。

新型コロナウイルス、ミャンマー情勢、アフガニスタン情勢と、今、我々は大変苦労していますが、世界で起きているこれらの諸問題と世界の構造的変化との繋がりは、偶然ではなく必然だと言えます。アフガニスタンに関していうと、バイデン大統領は米軍撤退にあたり、「我々は民主的な国を作ろうなんて思ってはいなかった」と言っていますが、それは事実と異なり、明らかに彼らはそういうことをしようとして、そして失敗したわけです。この十数年の間に中国が非常に台頭してきました。世界の大きな構造的変化の中、アメリカ一極と思われていましたが、今アメリカが世界から手を引こうとしています。そして、アメリカが、アメリカに似せて世界を改造しようとしていたが失敗したという状況があり、代わりに中国が台頭して、世界の中で「もしかしたら中国のやり方のほうがいいのではないか」という声も広がっています。今はそういう大きな変革期にあります。私は、そのことと、いろいろなところで起こっていく変化は無関係ではないと思います。

そういう状況を我々は見極め、将来はどうなるのか、日本の本当の国益はどこにあるのかということを考えていかなくてはなりません。この際、私が国益と言っているのは、目の前の小さな短期的な国益を言っているのではありません。国益というのは、長期的に言えばその国の安全、自由、独立、繁栄、そして、良き伝統を維持するということです。

そういうことを考えていく時、我々はどうすればよいのでしょうか。私もよく人に聞かれて、考えながら言うのですが、ミャンマーにせよアフガニスタンにせよ、我々の目的は何なのでしょうか。途上国の困っている国に協力し、その発展をサポートし、それで日本との関係を良くしていくということだろうと思います。また、世界中がなるべく安全であって、自由に通商ができ、そして、紛争が武力ではなく法や交渉や外交で解決される社会を作っていくことが、我々の国益だと思っています。これはアメリカが世界を一定程度サポートしている時は、ある程度自動的にできましたが、今それが難しくなっているということが我々の直面している時代の困難の本質だと思っています。

今回のコロナについて言いますと、このコロナがもたらしたインパクトは相当に大きいと思います。犠牲者の数で言っても、二つの世界大戦を超える犠牲者が出ている国もあるし、二つの世界大戦および世界大恐慌に匹敵するような大きな変化をもたらしつつあると思います。こういう大事件は必ず世界の構造的変化を加速させます。思い出してみると、皆さんもご存知の通り、第一次世界大戦の前にあった伝統ある帝国、つまりドイツ、ロシア、オーストリア=ハンガリー、更に加えればオスマン・トルコといった、長い伝統のある帝国が崩壊しました。 民主主義というものが世界の方向だということが確立されたのは、実にこの第一次世界大戦においてでした。また大恐慌においては、それまで民主主義国家として繁栄していたアメリカ、イギリス、フランスが非常に傷つきました。そして、日本の政党政治も傷つき、ドイツのワイマール共和国も傷ついて、軍国主義の方向へと変化が起こっていきました。そしてまた、既に確立した全体主義と言いますか、権威主義の体制で力を持っていたイタリアのムッソリーニ、ロシアのスターリンが力を増していくという大きな変化が起こったわけです。その帰結が第二次世界大戦でした。第二次世界大戦の結果、今度はアメリカの圧倒的な力が確立され、そして、ソ連も大きな力を持つようになりました。この大きな変化は世界秩序を変え、その変わり方というのは、実はそれまでのトレンドが加速される格好で起こるのです。既に第一次世界大戦前に、旧帝国はやや停滞しつつあって、アメリカは勃興しつつありました。そういったそれまでのトレンドを、世界史的な大事件は加速させるわけです。

したがって、コロナのあとに大きな変化が起こるとすれば、それは中国の台頭だと思います。私は別に反中というわけではありませんし、日本人の多くの知識人がそうであるように、中国の古典というのは私にとっても教養の本質的な部分を占めています。私自身「反中」と言われると、「いや、そんなことはない」と言いたくなります。ただし、私は、今の中国の共産党が支配する体制がどんどん強くなり、世界をドミネートするのはやはり問題だと思います。

私は、長い目で見れば、ある種の民主主義、自由主義が必要であり、基底になければならないと思います。つまり、その国の中でいろいろな人が自由に発言できる、そして基本的な権利が守られる、政治に参加することもできる、そういうものでなければ国家の発展は長続きしません。我々の大きな柱の一つである「質の高い成長」の中に、"インクルーシブ(な成長)"というものがありますよね。"インクルーシブ(な成長)"というのは、格差の少ない、皆が発展するような成長を言うわけです。ですから、政治経済の発展も、そうした広い意味の民主化、自由化と結びついたものでなくてはならないと思っています。中国がドミネートする世界では、それがかなり難しくなるのではないかと、私は思わざるを得ないのです。

したがって、今こそ自由民主主義の諸国は連帯して結束し、法の支配、自由主義、民主主義を守らなければなりません。アメリカの最近の政治を見ても分かる通り、もちろん民主主義の側にもいろいろな問題があることは言うまでもありません。しかし、やはり広い意味では民主主義が良い政治体制だろうと私は思います。それを守っていくために主要国が結束していく、そして途上国の中で民主的な方向にいこうとしている国々を抱え込んでいくということが、絶対に必要だと思います。

ここで最初に戻りますが、アメリカが圧倒的な力を持たなくなりました。また、アメリカは世界への関心を低下させています。そこで私は、アメリカにも呼びかけますが、イギリス、フランス、ドイツなどの他の民主主義諸国の国々と連携していくことが大事だと思います。なかんずく、日本の役割は重要です。リベラル・デモクラシーの諸国の中で、日本はアメリカに次ぐ経済力を持っています。また、短期的には政治について色々不満を感じることもありますが、日本は社会的には安定しており、大きな亀裂や、大きな激しい闘争等は起こっていません。ですから、日本はこうした国際協調、リベラル・デモクラシーを守るための国際協調の中心になくてはならないと私は思っています。

ですから、アメリカよりも、ドイツよりも、フランスよりも、イギリスよりも、日本の役割は大きいのです。且つ、日本が役割を果たさないと不都合があります。つまり、ヨーロッパはヨーロッパ諸国でまとまれますが、我々はアジアの中でそれほど有力な友人がいるわけではありません。そう考えますと、日本が国際協調を支えていくことが必要です。先の日米の首脳会談においても、G7サミットの首脳会談においても、国際協調の重要性ということが謳われておりますが、それは特に日本にとって重要な課題だと思っています。

そう考えますと、それを支えるのは誰か、それはJICAです。我々がそれをしなければなりません。少し大袈裟に聞こえるかもしれませんが、今後の世界が良い方向に向かうための鍵を握っているのは日本でありJICAである、私は本当にそう思っています。

さて、我々の仕事は、特に発展途上国が対象であります。その時に我々はどういうアプローチをすべきか、ということを、もう一度考えてみたいと思います。ミャンマーにせよアフガニスタンにせよ、どういうふうに取り組めばいいのか、私はこう考えています。今のミャンマーの「政府」や国民だけではなく、長い目で見て、5年後、10年後のミャンマーの人々、アフガニスタンの人々を見て、「やはり日本は信頼に足るパートナーだ。日本は我々に寄り添ってくれた。」と思われる、そういう協力をするということです。長期的な信頼がとても大事だと思います。そういう観点から言うと、私は迂闊に軍事政権を支援することはできないと思っていますし、しかしながら、いつか民主化は起こるだろうと、その時に必要な体制は維持していくということになるのではないかと思っています。

また、アフガニスタンについて言えば、色々ありますが、直近とても大事なのは我々の仲間を救い出すことです。我々のナショナルスタッフは、極めて強い絆で我々と結ばれています。我々の本当の仲間です。彼らと、そして彼らが大事にする家族を救い出すために全力を尽くす必要があると思います。

また、他にも色々ありますが、特に強調したいのはアフガニスタンPEACEの留学生です。他にも留学生はいますが、アフガニスタンPEACEの中心は、アフガニスタンの若手行政官であり、日本に来て勉強してもらい、国に帰ってアフガニスタンの再建に貢献してくださいということで、我々が送りかえしたわけです。ですから、我々は元留学生をサポートする道義的な責任があると思っています。その観点から言うと、ジリジリしています。なんとか彼らを救いたいということです。長い目で見て、日本は人道や人権を大事にする国でありたい、そしてそう思われたいと私は思っています。そしてまた、広い意味でPEACEの留学生のような諸君との信頼関係を大事にする、信義を大事にする国でありたいと思っています。

皆さんには、そういう大きな方向感覚を持って仕事に取り組んでいただきたいと思います。「信頼で世界を繋ぐ」とか、「質の高い成長」とか、「人間の安全保障」は皆そこに収斂してくるわけです。これが私が見る世界の大きな方針ですが、私はいろいろな見方、方向性を、ことに触れていろいろな時に打ち出しているつもりです。

しかし、現場で起こる仕事は様々です。いろいろなルールに則り、いろいろなことをしなければなりません。その現場と、私及び役員から出すメッセージをちょうど繋ぐ位置にあるのが皆さんです。皆さんの仕事は、その意味で本当に重要です。我々は現場重視の路線ですから、下から上がってくる現場の声を大事にします。しかし、それを指導するためには一定の方向性がなくてはなりません。その時にいろいろと迷われることもあるでしょう。

我々の課題は本当に多いです。先ほど触れなかったことの一つを忘れないうちに付け加えますが、外国人材の受け入れ促進支援事業も2019年から始まっています。これも非常に重要なことで、そもそも日本の労働力が足りなくなるのは明らかです。いろいろな国の人に来てもらっていますが、来てもらっている人を送り出している国でも、それぞれ少子高齢化が始まっています。彼らが日本に来て「日本に行って良かった」「親切にしてもらった」「ある程度お金も稼げた」と思ってくれなければ、もう日本には来てくれません。そのためにも、これはとても重要だと思っています。

また我々日本は、コロナ対策でいろいろなことをする時に、国内の様々な制約で苦しい思いをしてきました。これも多くは窮屈な官僚制度からきているもの、或いはこれまでの伝統からきているものが多いのですが、これも変えていかなくてはなりません。

我々の今の関心はミャンマー、アフガニスタンという外にありますが、同時に国内をなんとかしなくてはならないというところにもきています。ですから、私が申し上げた通り、日本が世界の協調をサポートし、またJICAもそれをサポートする、そのためには実は日本も変わらなくてはならないのです。それを変えるための大きな役割を担っているのもJICAであります。

そうした大きな課題の中で、ちょうど現場とトップの方針を結び付ける位置にいる皆さん方の仕事ほど大事なものはないわけです。また、それは大変やりがいのあることだろうと思います。いろいろなことをする中で、迷われることも多いでしょう。そういう時には遠慮なく、直接私にでも聞きに来てください。議論を持ちかけにきてください。

また我々は、先ほど述べたようなことで、どんどん仕事が広がり、忙しいということはよく分かります。大変忙しいのですが、この現場の声に応え、目の前の仕事、昨日から積み残している仕事をすることで手いっぱいになると、イノベーションができません。ですから、忙しい中でもそれをなんとか工夫して、皆さんの手持ちの時間の1割か2割は新しいことを考えるために使っていただきたいと思います。

いろいろなことを申し上げましたが、皆さんの地位にある人が本当に目の前の仕事に追われてカリカリしていると、部下は話しかけにくいのです。ですから、いつも余裕のあるふりをして、余裕を持って周りの方に接していただきたいと思います。福沢諭吉は、「人に接する時には、分かりやすい言葉で言え。『水晶のような』などとは言わずに、『透明な丸い玉のような』と言え」と言っていました。それから、「いつもなるべくニコニコしていろ」と言っていました。私は特に思うのですが、学者の中には、世界の苦悩を自分一人で背負っているような、苦虫を嚙み潰したような顔をしている人がいて、それが偉いと思っている人がいるのですが、それは間違いです。そんなことをしていたら人が寄ってきてくれません。人が寄ってきてこそいろいろな情報が入り、学習ができるのです。私自身それを守れているかどうか自信がありませんが、皆さんには、なるべくにこやかに、余裕を持っている表情で接していただきたいと思います。そして皆さんは若い人のロールモデルになっていきます。今は年々若い優秀な人が入ってきています。彼らが「ああいう先輩のようになりたいな」というロールモデルになっていただきたい、そういうことを目指して日々仕事に励んでいただければと思います。

以上