田中理事長がブラジル、ペルーを訪問

2013年1月22日

田中明彦JICA理事長は、1月5〜11日に、ブラジル、ペルーを訪問し、ブラジルのミシェウ・テーメル副大統領や、ペルーのオリャンタ・ウマラ・タッソ大統領をはじめとする、両国閣僚らと会談を行った。また、ブラジルではセラード地域やサンパウロ州警察、ペルーでは円借款契約2件の調印とともに、円借款で支援したリマ首都圏周辺居住域衛生改善事業などの視察を行った。

日系社会は海外に持つ最大の資産の一つ

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JICAは、日本の警察庁の協力の下、「地域警察活動プロジェクト」、交番システムに基づく「地域警察活動普及プロジェクト」を実施した(サンパウロ州警察の交番にて、左から3人目が田中理事長)

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量だけでなく、質の高い援助を行っていきたいと語る田中理事長(左)

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円形耕地は、半径400〜500メートルと巨大だ(セラード地域上空より)

経済規模が世界第6位と、有力な新興国となったブラジル。世界最大の日系社会を有し、日本との経済面における影響力や、国際舞台での発言力と貢献力が増し、環境・気候変動、資源・エネルギー、食料安全保障などの地球規模課題に大きな影響を与え得る存在となっている。その一方で、所得格差が世界で最も大きい国の一つでもある。

1月5日、ブラジル最大の都市、サンパウロに到着した田中理事長は、ブラジル日系団体との意見交換会に臨み、JICAと日系社会との関係、JICAボランティアの活動や日系社会次世代育成事業などについて意見を交換。その後、治安状況改善のため、JICAの技術協力で導入が進められたサンパウロ州警察の「交番」の視察を行った。

6日には、チエテ川円借款事業などを視察し、記者会見を実施。田中理事長は、ブラジルは、急速に世界で影響力を強めつつあり、資源・農産国として、また、市場、経済、政治の面でも重要な国になっていると述べ、世界最大の日系社会は、日本が海外に持つ最大の資産の一つだと考えていると続けた。さらに「日伯セラード農業開発協力事業(PRODECER)」(注1)を例に挙げ、「北米に並び、世界がもう一つの穀倉地帯を持ったことは意味がある。JICAがこれに関与できたことも重要で、国際協力と日系社会の協力の結晶であったことがわかる。今後も、民間連携も踏まえた形で協力を実施していきたい」と語った。

1月7日には、首都ブラジリアに移動。まず、PRODECER事業により入植した日系農家の農場で、センターピポット灌漑(かんがい)(注2)によるトウモロコシやコーヒーの栽培の模様やニンニク集荷保存設備を視察。また、上空からセラード地域も確認した。これらの視察を通じ、ブラジルの農業・地域開発分野における効果と、世界の食料安全保障への貢献の大きさを、改めて確認した。

その後、マルコ・アントニオ・ハウッピ科学技術革新大臣、フェルナンド・ピメンテウ開発商工大臣と相次いで会談し、防災分野での技術協力や産業界の人材育成を通じた民間連携の重要性などについて対話を重ねた。

三角協力の重要性三角協力の重要性

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パトリオッタ外務大臣(右)と会談する田中理事長

1月8日には、アントニオ・パトリオッタ外務大臣、ブラジル国際協力庁(ABC)のフェルナンド・マローニ・デ・アブレウ長官と会談した。田中理事長はPRODECER農家を訪問し、協力の開発効果を実感したと述べ、2009年から日本、ブラジル、モザンビークの三角協力で進められているプロサバンナ(ProSAVANA‐JBM)(注3)事業でのさらなる協力を求めた。パトリオッタ外務大臣は「限られた予算の中で効果を挙げるという課題はあるが、プロサバンナは日・ブラジル政府の協働のよい見本となるだろう」と応じた。さらに外務大臣からは、民間企業支援に関するJICAの経験を共有したいという希望も寄せられた。

続いて田中理事長は、ミシェウ・テーメル副大統領と会談。約4,000万人に上る貧困層の所得向上重視政策について副大統領から説明を受けた後、造船分野をはじめとする産業人材育成などの民間部門への協力や、アフリカなどへの三角協力の重要性とその互恵性、また、ブラジルでの日系社会の貢献の大きさなどについて、認識を共有した。田中理事長は、都市問題と環境・防災対策、三角協力の3分野がブラジル支援の重点分野となっており、今後JICAはこの方針に従って協力を進めていくと述べた。

ブラジルでの全日程を終えた田中理事長は、次の訪問先のペルーの首都リマへ向かった。

社会的包摂の実現に向け

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移住史資料館を視察する田中理事長(リマ市ヘススマリア区)

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調印後、握手を交わす、左から、田中理事長、福川正浩在ペルー日本大使、ウマラ大統領、カスティージャ経済財政大臣

ペルーは、太平洋側に面し、鉱物や水産物の資源国として近年太平洋諸国と関係を深めており、日本とは重要な関係にある。過去10年間、中南米屈指の高い経済成長を続ける一方、山岳地域を中心とした貧困層の生活改善が課題となっており、ペルー北部のクエラップ遺跡を観光資源として活用する地域開発などの取り組みが進められている。また、113年前に始まった日本人の移住により、9万人規模の日系社会を有している。

1月9日、リマに到着した田中理事長は、ペルー日系人協会のアベル・フクモト会長や、アマソナス州のホセ・アリスタ・アルビルト州知事らと面談。移住資料館の視察などを行った後、オリャンタ・ウマラ・タッソ大統領との会談に臨んだ。

ウマラ大統領が「JICAはペルーにとって、二国間協力機関として最も重要な存在だ。最近ペルーでは地震が頻発しており、それに備えるために日本の防災の知識と経験を生かした協力を強く期待している」と述べると、田中理事長は「災害対策では、現在、SATREPS(注4)の枠組みの中で、地震防災のプロジェクトを進めている。こうした協力を、今後も展開していきたい」と応じた。

会談に同席したルイス・ミゲル・カスティージャ経済財政臣は、ペルーは堅調な経済成長だけでなく、教育や保健などの社会的包摂(Social Inclusion)(注5)についても政策を進めているとし、同国の重要政策について触れた。続いてウマラ大統領からは、環境保護、上下水道整備などを通じた貧困削減に対する継続的支援への期待と、災害対応のためのスタンドバイローン(注6)への関心が表明された。

その後行われた円借款契約の調印式では、田中理事長は、「JICAは、そのビジョンであるInclusive and Dynamic Development(すべての人々が恩恵を受けるダイナミックな開発)の下、開発途上国の国民生活の向上や貧困削減、環境保全などに取り組んでいる。本日調印した、上下水道網の修復および観光振興を通じた地域総合開発の2案件は、ウマラ政権が掲げる社会的包摂とJICAのビジョンに合致するものだ」と述べた。

太平洋を挟んだ隣国としての絆

1月10日、田中理事長は、リマ市チョリージョス地区の国立障害者リハビリセンター(INR)を訪問。無償資金協力による施設の整備状況を視察した後、円借款による「リマ首都圏周辺居住域衛生改善事業」の対象地域であるリマ郊外のワイカン地区を訪問し、貯水タンクなどを視察した。この事業では、急こう配で区画整備が行われていなかった地区で、住民の啓発や住民組織化に力を入れた取り組みを行い、全世帯への上下水道の接続を達成した。

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プロジェクトの看板が掲げられたリマ郊外のワイカン地区。背後に、急こう配に整備された町並みが広がる(左から4人目が田中理事長)

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CISMIDで実験装置の説明を受ける田中理事長(左から3人目)

11日には、SATREPS案件「ペルーにおける地震・津波減災技術向上プロジェクト」のサイトで、ペルー国立工科大学内にJICAのプロジェクトで25年前に設立され、今日も同国地震防災の中心的な役割を果たしているペルー日本地震防災研究センター(CISMID)を視察し、スタッフらと意見交換を行った。

その後、JICAペルー事務所で開いた記者会見で、田中理事長は「ペルーは地理的には日本と遠いが、太平洋を挟んだ隣国という認識を深めた。日・ペルー関係が緊密になるに従い、JICAの役割が一層重要になってくると認識している。社会的包摂という多くの人々を包み込むような形での持続的経済成長が重要で、この考え方の下で経済社会開発が進むよう、今後も協力を進めていきたい」と語った。

(注1)日本は、1970年代の穀物価格の暴騰被害をまともに受けたため、アメリカ一国に依存していた食料輸入先を多角化させることを目的に、1979年より不毛の地といわれたセラード地域の土壌改良を主とする農業開発を支援した。

(注2)乾燥地域で作物を栽培できるよう、土地の中心に回転する散水用アームの軸を置き、中心から伸びる自走式のスプリンクラーで、水を円形の耕地に供給する灌漑農業。

(注3)モザンビーク北部の「ナカラ回廊」の周辺地域で、JICAがブラジルと共にセラード開発での経験を生かして展開しているアフリカ熱帯農業開発プログラム。

(注4)地球規模課題に対応する科学技術協力。日本(JICAと独立行政法人科学技術振興機構)と相手国の大学や研究機関が連携して環境・エネルギー、防災、感染症など、地球規模の課題の解決に向けて行う共同研究。

(注5)すべての人々を孤独や孤立、排除や摩擦から援護し、健康で文化的な生活の実現につなげるよう、社会の構成員として包み支え合う社会福祉の考え方。

(注6)災害発生時など、必要なタイミングですぐに資金利用が可能となる円借款融資。