基調講演:国際協力の潮流とJICAの防災協力について

阪神・淡路大震災復興20年特別シンポジウム 於:神戸ポートピアホテル(兵庫)

2015年1月18日

本日は、人間の安全保障と防災の関係、現在の防災を取り囲む国際環境の現状、その中での課題、JICAがその課題に対して何をしているか、という4つのテーマについてお話ししたいと思います。

まず、「人間の安全保障」という概念は、1994年の国連開発計画の報告書「人間開発報告」で初めて使われた言葉です。90年代になって冷戦が終わり、国家間の戦争に関係する国家安全保障に加え、個人を脅かすものは何かという問題意識から生まれました。日本政府は、比較的初期の段階からこの考え方を取り入れました。
人間の安全保障とは、個々の人間が恐怖と欠乏から自由な状態にあり、人間としての尊厳を維持すること、つまり、個々の人々の生存を守り、生活を守り、生き甲斐を守るという概念です。これらが守られなくなる状況の1つは、戦争や内戦、犯罪など直接個人の生存を脅かす事態が生じることです。また、大恐慌や国の経済政策の破綻は、個人の生活を脅かしますし、さらに差別や偏見など社会システムが生み出すものが、個人の尊厳を脅かすこともあります。また、エボラ出血熱などの致死率の高い病気の蔓延は、人間の生存に関係しますし、鳥インフルエンザや病虫害などは、農家の人たちの生活を一挙に脅かします。
以上に加えて、物理システムが生み出す脅威が、大地震や津波、台風、洪水、火山噴火などの災害です。集落が孤立し、道路が寸断され、流通が止まると、人々の生活に影響を及ぼし、生活の物的基盤が失われることによって人間の尊厳も脅かされます。それぞれのシステムが生み出す脅威は連関しつつ、増幅する特徴があります。開発援助において人間の安全保障を基本理念にしているのは、総合的な協力の中において個々の人々をとらえた協力が必要であるためです。
防災は、まさに人間の安全保障を脅かす物理システムからの脅威を予防、軽減するための総合的な取り組みであると言えます。発生源が物理システムであっても、生命システムや社会システムにも関連するという認識をもつことが大切です。

次に現在の防災を取り囲む国際環境の現状の特徴についてお話しますが、まず1つは、自然災害が世界的に頻発化、大規模化していることです。物理的に同じような規模の自然災害でも、そこに住む人が多くなるなど社会システムの変化により頻発し、巨大化する可能性がでてきます。開発途上国にとって、頻発化、大規模化する自然災害にどう対応するかが、経済発展の死活に関わる状況になってきています。
第2の特徴は、災害が、1つの国だけではなく世界的な影響を及ぼす可能性が出てきていることです。2011年に起こったタイの洪水でサプライチェーンが断絶し、451の日系工場が閉鎖したという報告があり、日本経済に大きな打撃を与えました。同様に東日本大震災は世界中の自動車生産に影響を与えました。
第3に、国際社会において、自然災害の対応への認識が非常に高まりつつあります。2005年に第2回国連防災世界会議が兵庫県で開催された時に国際的な防災の指針として兵庫行動枠組が採択されました。そして今年の2015年3月に仙台市で第3回国連防災世界会議が開催され、次の枠組みであるポスト兵庫行動枠組が採択される予定です。また、2015年は2000年に採択された途上国の開発の目標を定めたミレニアム開発目標の最終年であり、その目標状況のモニタリングを経て、新たな国際社会の開発課題が決まる見込みです。その中で、持続可能な開発(SDGs)が重要なテーマとして議論されていますが、そのテーマに自然災害、防災をどのように位置づけていくかが大きな議題となっています。

以上を踏まえた上での防災における課題について述べたいと思います。まず、我々が第1にすべきことは、防災の主流化です。JICAのプロジェクト研究では、防災の主流化を、「開発のあらゆる分野(セクター)のあらゆる段階(フェーズ)において、様々な規模の災害を想定したリスク削減策を包括的・総合的・継続的に実施・展開し、災害に対して強靭な社会を構築することにより、災害から命を守り、持続可能な開発、貧困の削減を目指す」と位置づけています。
第2は、防災投資の必要性です。とりわけ開発途上国では、いつ起きるか分からない災害のために投資するより、目の前の経済問題にお金を使うべきだという考えが優先する場合があります。しかし、災害がひとたび起きてしまうと、それまでの投資が無になり、その結果、さらに悪い状況になってしまうことがあります。ある段階で適切な防災の投資を行なうことによって、災害時の被害・損失をできる限り少なくし、次の経済成長につなげていくという考え方が大切です。日本は災害が多い国であり、その過程で防災投資の重要性に徐々に気付いてきた結果、大災害でも世界的に見れば相対的に被害が少なくて済んでいると言えます。これらの経験から我々は、途上国の指導者や行政担当者向けに、将来の災害リスクに対する投資効果を定量的に表す経済モデルを策定しています。
第3に、災害が起きたときに何をするか、その後、社会をどのように復旧・復興させていくかが課題になります。それには適切な初期対応と、長期的な創造的復興、言い換えればBuild Back Betterという発想が大切です。阪神・淡路大震災の教訓を得て兵庫県、神戸市などの被災自治体や地域の関係者が行なってきたことを、さらに世界的にも広げていかなければならないと思っています。
第4の課題は、人材育成、関係者の意識向上、能力向上です。災害発生頻度が高くない国では、政府、行政だけではなく、コミュニティや民間企業などの様々な人々がそれぞれ災害を意識し、災害時に対処できる能力を持っていることが重要です。
第5の課題は、中央政府だけではなく、地方自治体、民間セクター、NGO、ボランティア、大学研究機関など様々なアクターの知恵、経験、記憶を総動員し、災害の予防、緊急対応、復興のプロセスに関与させていくことです。そしてステイクホルダーの包摂的な動員、特に男女共同参画が非常に重要です。避難所、仮設住宅、復興プロセス、コミュニティの運営は、双方のジェンダーの視点が重要です。

次に、JICAがこれらの課題に対して取り組んでいる事例を簡単にご紹介します。
まず、防災の主流化では、5つの戦略目標をつくっています。(1)防災体制の確立と強化、(2)自然災害リスクの的確な把握と共通理解の促進、(3)持続的開発のためのリスク削減対策の実施、(4)迅速かつ効果的な備えとレスポンス、(5)より災害に強い社会のシームレスな復旧と復興、です。
2番目は防災投資の重要性です。先に述べた経済モデルの取り組みに加えて、実質的に防災に関して行なっている協力は、基本的に将来への投資です。これまでのJICAの防災協力の対象災害種は洪水が圧倒的に多く、全体の約5割です。例えば、フィリピンのマニラで、パッシグ・マリキナ川河川改修事業や洪水予警報整備などを行ない、それによって、最近の台風による被害を防いでいる例もあります。またソフト面の投資も重要です。タイで「防災能力向上プロジェクト」を通じて、行政からコミュニティまでの防災能力向上に関する支援を行ったり、兵庫県の震災学校支援チームであるEARTHの取り組みをモデルに、トルコで防災教育の制度確立に対する支援を行ったりしています。私どもの取り組みが、それぞれの国の防災投資の1つの事例になるような防災協力を行なっています。
3番目は災害発生後の緊急対応から復興までをつなげるシームレスな取り組みです。JICAは日本の国際緊急援助隊の事務局として、救助チーム、医療チーム、専門家チームを、災害発生時に災害の特性に応じて被災国に派遣しています。強調したいことは、初期対応の段階から復旧・復興過程のための専門家を現地に派遣し、初期対応のみならず、中・長期的支援について、無償資金協力などの資金協力も踏まえた協力内容について現地の関係機関と早い段階で協議していることです。
また、Build Back Better(つまり創造的復興)の下、より長期的な復興のために資金が必要な場合、日本として低利の円借款を供与しています。しかしながら、円借款のプロジェクトは大規模なものが多く、計画してから実施までに通常3〜4年かかり、それでは災害直後の復旧・復興に間に合わないので、昨年、災害復旧スタンドバイ借款という制度をつくりました。これは災害発生後に一時的に発生する資金需要に対応し、あらかじめ約束していた枠組みにもとづき必要な資金を貸し付けるものです。一昨年のフィリピンの台風30号(ハイヤン、ヨランダ等別名もあり。)の被害を契機に、フィリピン政府と借款契約を締結し、JICAとしても初めての事例となっています。
4番目は、研修事業の重要性です。JICA関西は1973年に前身の兵庫インターナショナルセンターの開設以来、兵庫県、神戸市と防災、環境、保健医療、貿易などの分野で、研修員受け入れ事業を中心に様々な国際協力を展開してきました。そして2005年に採択された「兵庫行動枠組」の一環として、兵庫県と共同で、2007年4月に国際防災研修センター(DRLC)を設立しました。DRLCはJICAの防災研修の約5割を担い、これまで100カ国から2000人以上の防災人材の育成に携わってきました。また兵庫県との連携においては、国際緊急援助隊にも県、県教育委員会、県警、県立大などからこれまでに17名を派遣いただき、三木の広域防災センターを訓練地に提供いただいています。研修を通じた神戸市との連携は1981年に始まり、防災に留まらずさまざまな分野で協力しています。震災を契機に神戸市消防局が推進してきた住民防災組織「防災福祉コミュニティ」(防コミ)もJICA研修の重要な事例となっています。開発途上国の防災分野の指導者にとって、思いもよらない災害が起きるということを認識してもらうための効果的な手段が、日本の災害の教訓を教材とした研修と考えます。また、研修の副次的な効果として、研修に参加した研修員が日本人や日本の文化に対する理解が深まることも挙げられると思います。
5番目に、さまざまなセクター、ステイクホルダーとの協働が挙げられます。例えば民間が持っている防災関連の技術は、国際協力において重要な役割を果たしています。JICA関西も加盟する関西経済連合会は、関西圏の民間企業が海外展開する上での有望分野の1つとして都市防災を位置づけ、昨年9月にマレーシアとフィリピンに調査団を派遣しました。このような活動とも連携することが重要と考えています。また、JICAが実施する研修事業に参加する研修員が様々な防災技術を有する民間企業を訪問し、多くの関係団体との連携を深めることによって国際協力の幅をさらに広めることができると思います。

本日のシンポジウムを通過点として、包括連携協定を結んだ兵庫県、神戸市を始め、関西圏に集積する経験と知見を有する大学、NPO、各種団体のご協力を得ながら、防災分野における協力や海外への発信をより一層拡充したいと考えています。今後ともご協力のほどをどうぞ宜しくお願い申し上げます。