「中央アジア+日本」対話「中央アジア・シンポジウム」−未来を見据えた中央アジアの今:チャンスとチャレンジ−

2015年3月24日

本日は「中央アジア・シンポジウム」にお招き頂き、誠に有難うございます。2004年に立ち上げられた「中央アジア+日本」は昨年満10年を迎え、「次の10年」への新たな歩みが始まっています。本日のシンポジウムの副題が示す通り、次の10年は、様々なチャンスとチャレンジに満ちた、また過去10年と恐らく全く違った10年になると思います。その節目の年に、「中央アジア+日本」対話の知的対話のトラックである「東京対話」の枠組みで、本日、世界各地で高い識見をお持ちの皆さんと東京で議論ができるのは、大変時宜を得て、意義深いことと考えます。

さて、中央アジア地域を巡る昨今の情勢を踏まえると、残念ながらチャンスというより、まず、かつてないほどのチャレンジに直面していると言わざるを得ません。中央アジア諸国は、独立以来、ロシア金融危機、9.11テロ、リーマンショックなど、世界の他の国と同様数々の危機を経験してきましたが、おそらく今ほどチャレンジングな環境に置かれたことはそう多くないのではないでしょうか。

ウクライナ情勢を巡る対露制裁の影響を受け、ロシアは今年マイナス成長が予測され、この影響は中央アジアにも及び始めています。ロシアなどへの出稼ぎ労働者からGDPの3割〜5割に相当する海外送金を得ていたキルギスやタジキスタンなどでは、既に10%を超える大幅な送金減少が見られます。送金減少は、国内の消費や投資を冷やすでしょう。また、通貨下落も顕著ですから、食料品等多くの消費財やエネルギーの多くを輸入に依存している国では、輸入インフレも心配です。また、最近の油価低迷は、カザフスタンなど資源国経済にも影響を与え始めています。

また、台頭するイスラム過激派組織「IS」には、中央アジアからも多くの若者が参加していると言われており、中央アジア地域への悪影響が懸念されます。中央アジアでのテロについては、1990年代の終わり頃、国連タジキスタン監視団(UNMOT)に派遣されていた秋野政務官が活動中に射殺される事件(1998年)や、JICAを通じキルギスに派遣された4名の日本人鉱山技師の誘拐事件(1999年)が起こっており、日本人にとってもトラウマになっています。アフガニスタンでは、昨年ISAFが撤退し、治安権限が政府に委譲され、選挙を通じた新政権が発足しましたが、未だ一部の閣僚が着任していません。アフガニスタン情勢の動き次第では、中央アジア地域全体の安定に重要な影響を及ぼしかねません。

こうした様々な懸念は、多かれ少なかれ、中央アジア地域が、旧ソ連からの独立後四半世紀近く経ってもなお抱える、構造的な脆弱性と関連して現れているように思われます。旧ソ連時代の共和国間分業体制の影響で、経済体制には構造的な偏りが存在し、外的ショックに対する脆弱性が未だに残っています。

ここで、独立以来の地域が辿った発展の歩みを簡単に振り返りつつ、この構造的チャレンジをいくつか具体的に挙げてみたいと思います。

まず、政治体制について、キルギスが2000年台に入って2回の政変を経て議会制民主主義を採り入れるに至ったことを除けば、各国の民主化には未だ大きな余地があります。

経済面では、1991年の独立以来、中央アジア諸国は、他の新興国同様、あるいはそれ以上に大きな経済成長率を達成してきました。

この成長は、インフラ整備など各国による地道な努力の産物であることに加え、やはり資源価格上昇の恩恵に大きく拠るものと言えるでしょう。油価が上がり始めた2000年台に入ってからの成長は著しいものがあります。カザフスタンで世界有数の巨大なカシャガン油田が発見されたのは2000年のことです。

中央アジアの経済成長は、資源価格上昇が大きなドライバーとなり、資源国と非資源国との間の貿易、投資や海外労働を通じて、非資源国にも恩恵をもたらしました。ロシアへの出稼ぎ労働者からの送金も油価上昇に連動して増え、国内の消費や投資を促し成長につながりました。一方、各国国内の雇用機会改善は未だ大きな課題です。

石油・ガス以外の産業はどうでしょうか。GDPの部門別構成をみると、5か国全てで、GDP比に占める農業分野の割合が下がり、代わりに工業部門やサービス部門の割合が大きくなってきています。しかし、非資源部門の産業多角化は中央アジアのどこの国でも依然大きなチャレンジです。資本集約的な資源分野の開発が進んでも雇用創出効果は限定的です。一部の国の農業部門では、インフラの老朽化や農業経営形態の小規模化、農民の組織力低下などにより、農業の生産性や雇用吸収力も低下している状況が見られます。

貿易・投資の流れも資源に偏っており、取引の内容、相手、量において、依然、多様性が限定的です。海外送金を除けば、域内への資金流入は、公的援助にせよ、民間の直接投資にせよ、他の新興国に比べ限定的です。公的援助であるODA資金について、OECDのレポートは、中央アジアの一部の国につき、援助資金が不足している"under-aided"、"aid orphan"とも言える状態と指摘したことがあります。

貿易については、アジア開発銀行研究所が2009年に発表した"Infrastructure for Seamless Asia"と題する報告書が、アジアのサブリージョン間の貿易量を比較し図式化したものを掲載しています。中央アジアがアジアの他の地域と比べて、いかに貿易が少ないかがわかります。

やや古いデータですし、中央アジアではCIS諸国や欧州との取引も重要な役割を担っていますので、単純に他のアジア・サブリージョンと比較するだけでは不十分ですが、他のアジア・サブリージョンとの貿易量増加のため、連結性(Connectivity)向上が必要であることを説いた重要な指摘です。現在はこの報告書の時点より貿易額も増大していますが、連結性向上は依然、地域共通の課題です。

インフラについても大きな課題があります。
例えば輸送については、ユーラシア大陸の中心に位置する中央アジアにとり、域外との貿易に係る輸送コストは他の地域に比べどうしても高くなります。先に触れた"Infrastructure for Seamless Asia"報告書は、こうした地理的な条件に加え、輸送インフラとサービスの質の低さから、中央アジアにおける貿易に占める輸送コストは平均20%にものぼると指摘しています。そして輸送インフラ整備の重要性とその投資効果の高さを説きました。
しかし、近年、インフラ整備については大きな進展がみられるようになりました。
中央アジアの地域協力の枠組みである"Central Asia Regional Cooperation (CAREC)"は、中央アジア地域を縦横に走る6つの回廊を設定し、回廊上の運輸インフラの整備、貿易円滑化を重点の一つに支援を行っています。

JICAもキルギスやタジキスタンで、これら回廊上の国際幹線ルートの整備を円借款や無償資金協力を通じ支援しています。また、道路の維持管理技術などを技術指導の形で継続して支援しています。

世界銀行は、毎年、世界各国の輸送インフラ整備状況、通関、輸送の質、所要時間等を、まとめて1〜5段階に指標化したLogistics Performance Indicator (LPI)を発表しています。これに拠れば、中央アジア諸国のLPIの平均スコアは、2007年から2014年までに約15%も伸びています。これは同期間の世界平均の5.6%を大幅に上回る改善です。
他方、電力インフラについては、旧ソ連時代の老朽化した発電施設がまだまだ主役であり、更新ニーズに対応しきれていません。停電が頻発するなど供給力、信頼性は低く、また、火力が主力電源の資源国では、単位GDP当たりのCO2排出量が非常に高い水準であるなど、環境負荷の高い社会・経済構造の改革も大きな課題です。

こうした経済発展は、人々の生活にどのような恩恵をもたらしたのでしょうか。今年はミレニアム開発目標(MDGs)の最終目標年です。2014年のMDGs報告書によれば、中央アジア諸国は、栄養不足の人口や一日1.25ドル未満で暮らす極度の貧困層を半減させるとの目標は既に達成済です。他方、安全な水へのアクセスなどはゴールに届かないばかりでなく、1990年時点から僅かながら後退している状況です。また、5歳児未満の幼児死亡率を3分の1にする目標も到達できそうにありません。
テロや麻薬の問題は、貧困や社会から様々なケアを受けられない状況も背景にあると思います。国全体の所得向上、経済発展は、自動的には人々個人の生活の改善に繋がらないことがあります。課題は中央アジア諸国においても国毎に様々ですが、一つ一つを分析して解決していく他はありません。

ここまではチャレンジについて述べてきました。チャンスについてはどうでしょうか。中央アジアに限ったことではありませんが、シェール革命のような革命的、革新的なチャンスはそう頻繁に訪れません。中央アジアでも、一夜で風景を一変させるようなチャンスはなかなかないでしょう。しかし、中央アジアは、所謂BRICSのうち、最初のBと最後のSを除く成長力の高い3か国に囲まれた地域です。周辺国の助けも借りながら、先ほど挙げたような各種のチャレンジや構造的脆弱性を克服し、潜在力が開花し、地域が安定的、持続的に発展する動きは確実にみられます。

そうした動きに関し、まず域内の地域協力、域外との協力の枠組や、地域統合に繋がる動きについて触れたいと思います。
域内諸国間の経済開発に関する地域協力については、先ほども触れたCARECがあります。CARECは、1997年にADBが事務局となって発足し、中央アジア5か国にアフガニスタン、アゼルバイジャン、中国、モンゴルとパキスタンを加えた10か国と6つの国際機関から成る枠組です。エネルギーや運輸を重点分野に具体的な開発プロジェクトを含むアクションプランを策定し、ドナー資金も得つつ実行していく実務的な協力の枠組です。昨年12月には、ナレッジハブとしてウルムチにCAREC Instituteも設立されました。
CAREC発足と同じ時期、中国とロシア、中国と国境を接する中央アジアの3か国:カザフスタン、キルギス、タジキスタンの計5か国で「上海ファイブ」として歩みだし、2001年にウズベキスタンを加えて発足した上海協力機構も重要な地域機構です。加盟国間の相互信頼醸成、政治、経済、テロ対策、科学技術、文化、教育、環境など多岐にわたる協力を行っています。タシケントに対テロ拠点を設置し、合同対テロ軍事演習も行っています。メンバー6か国に加え、アフガニスタン、インド、イラン、モンゴル、パキスタンがオブザーバーに、ベラルーシ、トルコ、スリランカが対話パートナーになっており、国連やASEANとの協力関係も強化されています。
また、本年1月には、ロシア、カザフスタン、ベラルーシから成る関税同盟に、アルメニアを加えたユーラシア経済同盟が発足しました。キルギスも加盟準備を進めており、今後の動きが注目されます。
さらに、中国の一帯一路の動き、中国人民銀行が主導するシルクロード基金も日本でもよく報じられるところとなっています。アジアインフラ投資銀行(AIIB)には、ウズベキスタン、カザフスタン、タジキスタンが参加を表明しています。
このように、中央アジアを取り巻く地域協力の枠組みや地域統合に繋がる動きは着実に充実しつつあり、このこと自体、中央アジアにとって大きなチャンスだと思います。

「多様性の尊重」、「競争と協調」及び「開かれた協力」を基本方針に据え、日本政府が2004年に立ち上げた「中央アジア+日本」対話の枠組みも、既に10年の歴史を積み重ねてきました。貿易投資促進、MDGs、アフガニスタン安定化、テロや麻薬対策、防災、保健、省エネ、気候変動、女性の活躍促進など、様々なテーマで議論が行われています。JICAの中央アジア協力も、この「中央アジア+日本」対話における議論をガイダンスとして踏まえています。具体的なプロジェクトとして実現しているものが多くあります。先週まで仙台で、第3回国連防災世界会議が行われましたが、「中央アジア+日本」でも防災は各国共通の関心事項として度々協議されています。グローバルな課題について、全世界レベルの議論を踏まえつつ、「中央アジア+日本」の枠組みや地域のコンテクストに則して話し合う。そしてJICAもお手伝いをしながら具体的協力を進めていく。このような流れは、日本が触媒となって、中央アジアの域内と域外を繋ぎ、開かれた・強靭な中央アジア地域を実現する協力の理想形の一つであると思います。

ここからは、チャンスを活かしチャレンジを実行していくために重要と考える点をいくつか指摘したいと思います。 まず、開かれた地域として、域内・域外との協力関係を維持・構築することの重要性、2つ目は連結性、3つ目は成長の果実の分配を行う構造的仕組みについてです。

1つ目については、先ほど防災を例に話したように、域内各国が持つ共通の関心事項・課題を、域内諸国と、さらには域外諸国・地域・機関と共有し共に検討することにより、重層的な協力関係に繋げる努力が求められると思います。防災の他にも、テロ、麻薬、気候変動、水資源など様々な共通の脅威・課題があります。域内協力は、域外との利害調整において、地域がまとまってバーゲニングパワーを持つ上でも重要です。我々JICAも、中央アジア地域と共有できる知見をこれまで以上に積極的に発信していくような協力が、今後一層必要になると考えています。

2つ目の連結性は1点目にも関係します。如何に連結性を向上させるか、高い戦略性をもって計画し、具体的アクションに繋げることが重要です。インフラ整備で連結性を向上するのはもちろん重要です。他方、連結性というと、外に目が向きがちですが、自国内での構造改革もまた重要です。貿易や投資といった物やお金の流れを円滑にするためのルールや仕組み作り、環境整備も必要です。最新のDoing Businessランキング2015では、全189か国中、カザフスタンが77位で域内最高位です。続くキルギスは102位、ウズベキスタン141位、タジキスタン166位と依然、低位に留まっています。Doing Business関連の指標のうち、特にビジネスに不可欠な電力関連の指標だけを見ると、総合77位のカザフスタンでも97位、タジキスタンは178位です。JICAの支援においても、一層の連結性強化のため、インフラにあわせ、各国内の制度整備の支援も強化していきたいと考えます。

3つ目の、成長の果実の分配を行う構造的仕組みは、一言で言うと公共部門の能力強化ということになるのでしょう。それを細分化すると、例えば、税制や財政、公共支出の計画や管理、産業政策や労働政策、またそれら全てに関わる人材育成になります。言うまでもなく、政治・経済システムの自由度も重要です。これらを通じて、経済成長の恩恵が人々に分配され、分厚い中間層が形成され、経済が持続的に循環していくことが重要です。地域が全体として格差の少ない、質の高い成長を実現していくために共通に必要な点だと思います。

今日は、ややチャレンジに偏った話が多く、チャンスや潜在力についての話が余り無かったと感じた方が多いかもしれません。敢えて後者の話については控え目にしました。この会場の皆さんが良くご存知だと思ったからです。一つだけ追加で話すとすれば、「シルクロード」という単語が、中央アジア地域を代表する言葉として、今なお具体的な意味を持ち、また新たな意味をもって世界中で使われていること自体が潜在性の証だと思います。今後の中央アジア地域の発展と、中央アジア地域と日本、世界との関係がますます発展することを心から願いつつ、私の話を終わりにさせて頂きたいと思います。

本日は有難うございました。