第63回海外日系人大会 基調講演 於:JICA市ヶ谷国際会議場

2023.10.16

日本と日系社会の新たなつながりによる持続的な『共創社会』

まず初めに、第63回海外日系人大会の開催を心よりお喜び申し上げます。令和元年(2019年)の第60回大会から、実に4年ぶりの対面での開催となり、移住者・日系人の皆様とこうして直接お会いできるのを私自身も大変楽しみにしておりました。

1.日本人・日系社会の価値の再確認と次世代への継承

私自身、今年の6月にブラジル・パラグアイへ出張し、JICA理事長として2期目となる自分にとっても、日系社会の皆様とのつながりを深める上で大変重要な機会となりました。日系移民115周年を迎えたブラジルでは、連邦議会の日系移民特別セッションやブラジル外務省主催式典でスピーチの機会を与えて頂き、サンパウロ、ベレン、トメアスを訪問させて頂きました。そしてパラグアイでは、アスンシオン、エステで、各地の日系団体の方々に大変歓迎を受けました。

各地で大変多くの移住者、日系人の方々からお話をお伺いし、海外への移動が今のように簡単ではなく、移住先国の情報も限られた時代に、現地に先駆者として入植された移住者の皆様が経験されたご苦労や想い、その生の声をお聞きする機会は大変貴重でありました。

国立民族学博物館長を務められた梅棹忠夫(うめさお ただお)先生が残し、JICA海外移住資料館の基本理念でもある「われら新世界に参加す」の言葉に象徴されるように、梅棹先生の言葉を引用すると「新しい土地で新しい文明の建設に参加」してきた移住者、日系人の方々の歴史を理解し、継承していく重要性や責任を改めて痛感した次第です。

そして、日系社会の皆様が、農業や教育、医療、社会福祉、政財界に至るまで幅広い分野でご活躍し社会的地位を築いて地域社会に貢献されたこと、日系団体をつくり活動を継続して正直、勤勉といった伝統的な日本の価値観を守り育ててこられたこと、日本文化が移住先の国や地域の文化に影響を与えていることにも、心より敬意を表したいと思います。その着実な歩みが、現代の日系社会に対する「信頼」につながっていることを確信いたしました。

私は、こうした、日系社会の皆様が築き後世に守り伝えるべき有形無形のものを散逸させることなく継承するため、日本を含む各国にある日系の資料館等のネットワークを強化していくことが重要だと考えております。

2.複合的危機の中の日系社会

現在、世界はいくつもの危機に直面しております。ロシアによるウクライナ侵攻は、ウクライナ国土の破壊と多数の死傷者をもたらし、かつてない数の人々が難民ないし国内避難民となっています。この戦争や地政学的競争によって、自由主義的国際秩序は今世紀最大の挑戦にさらされております。現在のイスラエル・パレスチナの状況も懸念されます。新型コロナウイルス感染症は厳密には今なお完全には収束していません。また、気候変動に由来するとみられる災害も世界各地で頻発しています。8月にはハワイのマウイ島で大規模な火災が起こったことは、皆様のご記憶にも新しいことかと存じます。150年を超える日系移民の歴史があるこのマウイ島で深刻な被害があったことに、心より哀悼の意を表したいと思います。

このように、ウクライナ侵攻、新型コロナウイルス感染症によるパンデミック、気候変動による危機が複合的に発生し、世界中で様々な問題を引き起こし、全人類への脅威となっています。とりわけ開発途上国の社会的に脆弱な人々には甚大な影響が及んでおります。こういった複合的な危機に対処するには、特定の国家単独での対応では不十分であります。国を超えた人々のつながりに基づく対応が必要であり、つながりを生み出す国際協力の果たす役割が重要だと考えています。

日系社会でも、コロナで影響を受けたつながりの再構築と強化が求められています。と同時に、壊れたつながりを修復するだけでなく新たなつながりを発見し強めていくチャンスであるとも言えると思います。日系社会の皆様が、自由で開かれた社会とその将来を作っていくために、この複合的危機への対応を、さらに活力のある、新しい社会に生まれ変わる機会につなげられることと信じております。

ご存知のとおり、日本と日系社会とのつながり、また日系社会同士のつながりは強く、そして深いものです。まず想起されますのは、戦後のララ物資のことです。米国の在留邦人・日系人の働きかけによって、敗戦後の混乱の最中にある日本への救援物資輸送が実現しました。そういった日本と日系社会のつながりが、この海外日系人大会の創設にも結び付いています。

また、2011年3月に発生した東日本大震災の時には、村井嘉浩宮城県知事に先ほど本大会の開会式で仰って頂いたように、多くの日系社会・団体から日本に対する支援を頂きました。パラグアイのイグアス農業協同組合や日本人会連合会のご協力でつくられた豆腐100万丁が、被災地に届けられたという心温まるエピソードもあります。

こういった、日本人、日系人同士のつながりはもちろん、移住先の国の共感も得て助け合いや交流が生まれており、日本との間に深い友情が築かれていることを感じます。このような国を超えた「つながり」という礎こそが、私が複合的危機を乗り越えた先の未来を期待する理由であります。

3.次世代に見る日系人の可能性

今年の大会のテーマは「飛躍するニッケイ社会へ-期待される新世代のイニシアティブ」です。「日本と基本的価値を共有し、国際社会の平和と繁栄のために共に貢献する重要なパートナー 」である日系人の皆様があってこそ、日系社会の存在が我が国との強い絆となっております。

そしてこれからの社会、これからの時代を創るのは、次世代の若い人たちです。先人の皆様が築かれた礎の下、次の時代を担う人たちが各地で着実に育っています。わたくし自身も、大学で長く教鞭を取り次世代の育成に取り組んで参りました。

若い世代が始めた世界的な活動もあります。2018年の第59回海外日系人大会で制定された、6月20日の国際日系デーのことは、皆様のご記憶にも新しいのではないかと思います。アルゼンチン日系二世の比嘉(ひが)アンドレスさん、ペルー日系三世の伊佐正(いさただし)アンドレスさんが提案して実現したものであります。また、アルゼンチンやブラジル、コロンビア等の若手起業家ネットワークREN(レン)やボリビアの日系スタートアップNikkei NINJA、ブラジルやパラグアイの日系女性リーダー等の活動が活発化しております。こういった、次世代がイニシアティブを取って活動を展開する事例が益々増えていくことを期待したいと思います。

実は、今年の7月に、JICAが行う「日系社会次世代育成研修」の様子を私が直接目にする機会がありました。この事業は、中南米などの日系子弟を約3週間、日本に招聘して、自分たちのルーツである移住の歴史について学び、日本の各地を訪問して文化や伝統、新しい技術について理解を深め、日本の学校を訪問する等の活動を通して、将来の日系社会を背負って立つ人材を育てるプログラムであります。

私が会ったのは、カナダ、メキシコ、ドミニカ共和国、コロンビア、ベネズエラから来日した中学生の子弟でした。子どもたちからは、「日本の中学校で生徒たちが行う掃除の習慣を母国にも取り入れたい」といったコメントや、「授業体験でとてもわかりやすく数学を学べた」といったコメントもありました。母国での暮らしと対比した子どもたちの言葉から日本、日本の教育に対する見方などを教えてもらうことができ、子どもたちの様々な視点が私にとって大変印象的でした。また、子どもたちが書いた文集に、こういう言葉がありました。「私は誰なんだろう、自分の国では日本人だと言われ、日本に来たら外国人だと言われる」というような、自分のアイデンティティに悩む率直な声を綴ってくれた子もいました。その子は作文の最後でこう言っています。「私は日系人だということに気づくことができました。どちらかの国の人ではなく、両方を持っています」と結んでいます。この子たちのような両方のアイデンティティに誇りを持つ日系人が、まさにこれから日本と各国との架け橋になっていくのが、大変楽しみだと思っています。

ここで、プログラムの様子を紹介した動画を海外日系人協会様からご提供いただきましたので、皆様にもご覧いただきたいと思います。

(「日系社会次世代育成研修」の様子を収録した動画を上映。)

6月に私がブラジル・パラグアイを訪問した時も、日本で教育を受け、働いた経験のある日系人が、ブラジルやパラグアイで活躍する姿を拝見して、大変感銘を受けました。今後の更なる飛躍の可能性を感じたわけであります。先ほどご紹介した中学生の日系子弟も、自分のルーツを学んで母国にも還元したいという思いを持ってくれました。私も大きな可能性を感じた日系人の方々との出会いを踏まえて、日系社会で受け継がれてきたバトンをしっかりとつないでいきたいと思っております。日本では「多文化共生」という言葉がよく聞かれるようになりましたが、ふたつの文化にまたがる日系人の方々が、非常に重要な貢献をされると考えています。

4.持続的な日系社会の実現のために

次の世代が活躍する未来のために、そして次世代が誇りに思えるような日本と日系社会のために、私は、2つの重要なことがあると思います。
まず、第一は、次世代を育てること。
そして、第二は人と人とがつながる場を作ることであります。

5.次世代を育む

1点目の「次世代を育む」ことにつきまして、移住者を含む日系社会の皆様は、すでに各地で、長くそのご経験を培われてこられました。日本人が学校を中心に移住地を開拓し、子弟の教育を重視してきた歴史があります。「新しい時代には新しき人物を養成せよ」という言葉は、2024年に日本の1万円札の肖像になる渋沢栄一の言葉です。非常に変化の激しい新しい時代に向け、未来を担う、日本と日系社会の宝への投資を通じて人材を育ていくことが大事だと思っております。

日本国内でも多数の関係団体があります。外務省、JICA、日本財団、自治体、NGO・NPO、他にも多くの団体が、次世代の日系人が活用できるプログラムや奨学制度を持っています。これらの組織が連携し、日系人の皆さんがプログラムを活用しやすく工夫していく必要があると、私は考えております。

JICAとしましても、先述した「日系社会次世代育成研修」や、大学院留学の奨学金を提供する「日系社会リーダー育成事業」、「青年海外協力隊」・「日系社会青年海外協力隊」など日本人をボランティアとして海外派遣する制度、こういったものがあります。そして、中南米の日系人が日本国内で日系子弟の学習支援や多文化共生の推進活動を行う「日系サポーター」といった事業も行っております。また、ボリビアやパラグアイでは日系人が現地でボランティアとして活動する制度も始めました。これらを推進するために一層努力していきたいと思っております。

6.多様で重層的なつながりをつくる

次世代が活躍する未来のために、人材育成に次いで重要なこと、それは、多様で重層的なつながりを作ることであります。そして、そういうつながりが生まれる場を作ることだと思っております。

まずは、各国の国内でのつながりです。既に各国には移住者の皆様が中心となって立ち上げられた日系団体があり、その活動を通じたさまざまなつながりが生まれております。これを更に進めて、日系人だけでなく非日系人の皆さんにも一緒に参加してもらうことや、多様な参加者を歓迎し、世代を超えた関わり合いをつくること、これが必要だと思います。日本文化、スポーツなどは、共通の興味を通じて楽しみながらつながることのできる重要なツールだと思っております。

各国内でのつながりを基盤としつつ、国境を越えて、域内でつながるという形もあります。この海外日系人大会もその一つでありますけれど、それぞれの域内で開催される日系人大会もあるでしょうし、2年に一度開催される「パンアメリカン日系人大会」、通称COPANI(コパニ)の果たす役割は大きいと思います。JICAでは日系社会研修を通じて、対象とする中南米諸国から日系人の受入れを行っており、また、今年からはペルーで中南米の「日系校の連携強化国際セミナー」を開催するなど、参加者同士が帰国後も国境を越え域内でつながり、関わり合える機会を提供しております。

国内、域内でのつながりに加えて、日本とも様々な形でのつながりがあります。日本の社会は、まだ全国的に多文化共生が進んでいるとは言いにくい状況ですけれども、様々な理由で来日して生活する在日日系人の皆様の存在は、まさに日本における多文化共生の先行事例と言えると思います。日本で暮らす日系人の皆様の活動は、日本社会における多文化共生の発展に大きく貢献くださっております。JICAが2021年度から始めた多文化共生の取組みに、「日系サポーター」という事業があります。中南米の日系人の方を日本に招聘し、日本国内で多文化共生に取組む、課題解決型のプロジェクトであります。私自身も、昨年、浜松市で日系人や外国人の子弟を受け入れているムンド・デ・アレグリア学校で日系サポーターの活動を視察致しました。招聘した日系サポーターが生徒により近い存在として、子ども達とスタッフの間をつなぐ役割を担っていたことがとても印象的でした。今年度は計12名の日系人の方々が来日して、日本各地で活動してくださいます。日系社会と日本をつなぐ活動の効果的な形態ではないかと思っております。

最後に、日系人の「世界とのつながり、世界への貢献」を挙げたいと思います。
日系人の中には、自身のルーツに関わりのある日本と移住先国に留まらず、グローバルな活躍をする方々がおられます。JICAが協力を行う開発途上国の現場でも日系人が活躍しております。一例を挙げると、サンパウロ大学医学部教授の伊藤小百合ルーシーさんは、現在も、JICAの派遣する専門家としてモザンビークの保健分野で多大な貢献をしてくださっています。多様な価値観を知っているからこそ、異文化で柔軟に対応し、多様な経験から新しい発想が生まれ、新しい取組みに挑戦する。そういう良い循環、好循環が、持続的な日系社会の実現、さらには日系人の世界への貢献につながるのだと思います。

7.次世代へのメッセージ

最後に、次の時代を担う「次世代」の皆さんへの期待を込めて、私から一言申し上げたいと思います。

まず、多様な人材が様々な知と資源を結集させ、切磋琢磨して新たな価値を共に創る「共創社会」を目指していきましょう。共創とは、共に創る、という共創です。持続的な社会を実現するためには社会の変革が必要ですが、多様性が高まることによって、人や価値観の新たなコラボレーションがうまれ、新しい発想や変革のきっかけになります。ともに新しい価値を共創していきましょう。

そして、世界や人との新しいつながり、パートナーを発見し、連携していきたいと思います。2015年に国連総会で採択された「持続可能な開発目標」、SDGsは、2030年までの達成を目標としております。SDGsには、貧困撲滅、ジェンダー平等、気候変動対策、平和の達成など17の目標が掲げられていますが、そのうちの最後の目標である17として「パートナーシップ」が挙げられています。世界のさまざまな関係者がつながりあうパートナーシップによって、専門知識、技術や資金などの資源が集まり、共有され、持続可能な開発の実現に向けた取組みが各地で進められております。ただ、残念なことに、今年9月にニューヨークで開催されたSDGsサミットではSDGsの達成はコロナ禍やウクライナ侵攻、気候変動などの複合的危機によって困難に直面しているという危機感が共有されました。今こそ、パートナーシップを強めSDGsの達成に向けて努力していくことが必要です。日系社会の方々が培ってきた知識や経験は必ずやSDGsの達成に貢献できると信じております。

今後も、JICAでは、日系社会を通じた活動や日系社会がある国の政府との様々な分野での協力を通じて、また、日本に関心を持っている非日系の方々にも働きかけ、日本との友好関係をさらに発展させていきたいと考えております。

そして、人間の安全保障への脅威がより深刻化・複雑化し、一国家や一団体のみでは容易に対応できない状況、複合的危機が人類を襲っている現在の状況下では、誰もが対等なパートナーとして、さまざまな方々と連帯して解決策をともに作りだすことが求められていると思います。次世代の人材を育成し、多様で重層的なつながりを作ることで、持続的な日系社会をつくり、さらに発展させ、「共創」と「連帯」を通じて、日本と日系社会の新たなつながりによる持続的な「共創社会」をともに築いて参りましょう。ご清聴ありがとうございました。

以上

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