JICA緒方研究所ナレッジフォーラム 「日本の開発協力の歴史と未来」(国際協力70周年記念事業)(2024年10月21日)
2024.10.22
本日はお忙しい中、「ナレッジフォーラム 日本の開発協力の歴史と未来」にお越しいただき誠にありがとうございます。 JICA理事長の田中明彦です。
今年、日本の政府開発援助、ODAは70周年を迎えました。本日は、皆様とともにこれまでの日本の開発協力の歩みを振り返るとともに、未来に向けた開発協力のあり方について考えたいと思います。
さて、なぜ今、開発協力の歴史に注目するのでしょうか。
イギリスの歴史家・外交官のE・H・カーはかつて、 「歴史は、現在と過去のあいだの終わりのない対話である」と述べました。
彼は、「過去は現在の光に照らされて初めて知覚できるようになり、また、現在は過去の光に照らされて初めて十分に理解できるようになる。」と主張したのです。
この言葉は、日本の開発協力にも当てはまります。日本の政府開発援助(ODA)は、第二次世界大戦後の日本の外交政策のうち、おそらくは最も重要な手段でありました。日本の開発協力には、日本自身が非西洋から発展した国家であったという歴史と、敗戦から国際社会からの支援も受けながら立ち上がった歴史が刻み込まれています。
日本は第二次世界大戦が終わって9年後の1954年にODAを開始しました。日本自身が経済協力開発機構(OECD)へ加盟する10年も前から援助を開始したのです。
当時のODAはベトナム、フィリピン、当時のビルマに対する戦後賠償と並行して行われました。日本のODAは失墜した国際社会からの信頼を回復するために、主として東南アジアで行われてきました。1950年代から1990年代にかけ、インドネシアのブランタス川開発、タイの東部臨海開発、ブラジルでのセラード開発などに代表される事業を粘り強く支援し、大きな成果をあげました。
その間、経済発展の基盤を支えるインフラ支援等を重視するとともに、「人づくり、国づくり」というスローガンに代表される、パートナー国の「自助努力」を尊重し人材育成を重視する姿勢は変わることはありませんでした。その結果、日本は現在国際社会から強く信頼される国として見なされています。
ODA以外の外交政策に関しては、「自由で開かれたインド太平洋」という概念の提唱、環太平洋経済連携協定(CPTPP)の成立への貢献、感染症対策や「信頼性のある自由なデータ流通」に向けた取組みなど、国際的なアジェンダをリードすることで、日本の国際的影響力は、以前と比べて格段に大きくなっていると思います。
こうした国際的な影響力の基盤にある、諸外国からの信頼は、政府の外交力や開発協力に加え、企業やNGOなども含めた多様な関係者が、オールジャパンで長い年月をかけ、培ってきたものです。
現在の世界に目を向けると、課題は多様化し、複雑化しています。気候変動による自然災害や異常気象、それに伴う食糧危機、ロシアのウクライナ侵攻など、これまで経験したことのない、複合的な危機に世界は直面しています。
このような中、日本の開発協力は、今後どうあるべきなのか。これまでの何を残し、何を変えていくべきなのか。こうした問いへのヒントが、開発協力の歴史を紐解くことで明らかになっていくと考えています。
JICA緒方貞子平和開発研究所は、こうした歴史を振り返る試みに、継続して取り組んできました。約10年前、ODA60周年の際に出版された書籍では、編者を務められた加藤宏先生・ジョン・ペイジ先生・下村恭民先生が、日本の援助の歴史からは2つの重要な価値観が見えてくるとおっしゃいました。一つは、「相手国への信頼」、もう一つは「自助努力」です。
その成果を更に発展させる形で、今、この分野の第一線で活躍されている方々に執筆をお願いし、書籍シリーズ「日本の開発協力史を問いなおす」を刊行しているところです。
ODA黎明期・拡大期・成熟期のそれぞれにおいて、当時の為政者たちはどのような思いをもっていたのか。パートナー国のカウンターパートや裨益者の方々は、日本の開発協力をどのように受け止め、自分たちのものとしていったのか。
新たな歴史資料を収集し、関係者の方々にインタビューを行い、こうした疑問に正面から取り組んでいます。本日のパネルディスカッションには、この書籍シリーズの著者の方々も一部登壇くださいます。
昨年6月に改定された開発協力大綱では、人々が恐怖や欠乏から免れ、尊厳を持って生きられる状態をめざす「人間の安全保障」という考え方が、日本のあらゆる開発協力に通底する指導理念として位置づけられました。また、新しい課題に対応するため、途上国政府や民間企業、研究機関や自治体など様々なアクターが解決策を共に創る、「共創」という考え方が導入されました。
これは、途上国の人たちの声をよく聞き、その意思を尊重するという点で、「信頼」、「自助努力」、「人づくり」といった日本の国際協力の良き伝統の延長線上にあるものでもあります。
本フォーラムも、皆さまとともにつくる「共創の場」として、ぜひ活発な議論をいただければ幸いです。
ご清聴ありがとうございました。
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