カブール陥落から3年 アフガニスタンの未来へ、人々に寄り添う協力を
2024.08.08
2021年にタリバーンがアフガニスタンの首都カブールを制圧してから、この8月で3年が経ちます。不安定な状況が続く国内情勢や、頻発する自然災害により、未曾有の人道危機に直面しているアフガニスタン。JICAは国際機関やNGOなどと共創し、人々の暮らしを守るための支援を続けています。
国連児童基金(UNICEF)との共同でポリオなどの小児感染症対策を支援 (写真: ©UNICEF/Fazel)
「アフガニスタンは今、深刻な貧困や食料・医療品不足により、人口の半数以上にあたる約2,370 万人が人道支援を必要としているという、かつてない危機的状況に陥っています」。そう語るのは、JICAアフガニスタン事務所の服部修所長です。
JICAアフガニスタン事務所の服部修所長。安全上の理由から、現在は東京から遠隔で事業を統括
アフガニスタンでは、2001年に当時のタリバーン政権が崩壊した後、国際社会からの支援を受け、民主化に向けた新しい国づくりが20年間にわたって進められていました。医療へのアクセスや平均余命、教育機会の向上など、人々の生活レベルも改善されつつありました。
しかし、その後再び国内の不安定化が進み、経済活動は停滞、インフレによる物価高の影響も受け、人々の暮らしは困窮を極めています。2021年8月のカブール陥落の翌月に樹立が発表された「暫定政権」が女性や女児に対する教育や就労の権利を制限していることなどについて、国際社会からは深刻な懸念が表明され、「暫定政権」に対する直接的な支援も差し控えられている状況です。
2002年に東京で開催されたアフガニスタン復興支援国際会議では、故・緒方貞子氏(のちのJICA理事長)が共同議長を務めた(写真: 産経新聞社)
「アフガニスタンは民族や宗教が異なるさまざまな集団が集まった国であり、ロシアやアメリカなど大国からの介入にも翻弄されてきました。複雑な状況の中、国を一つにまとめていくのは非常に難しいことです。さらに近年、気候変動による干ばつや大雨、地震などの自然災害も頻発し、壊滅的な打撃を受けています」(服部所長)
情勢不安に災害が重なり、住む場所を追われた人々は約530万人に上ると言われています。その一方で、国境を接するパキスタン政府がアフガニスタン不法移民を帰還させる政策を発表し、人道危機のさらなる悪化も懸念されています。
JICAは現在アフガニスタンに対し、安全上の理由から遠隔での事業継続を余儀なくされています。しかし、「命の危険にさらされている人々がいる現実に手をこまねいている場合ではありません。さまざまな制約がある中、在アフガニスタン日本大使館をはじめとする日本政府にも相談しつつ、知恵を絞り、方策を模索し、国際機関やNGOなど現地で活動する援助機関や団体と共創しながら、困窮するアフガニスタンの人々への支援を続けています」。(服部所長)
日本の対アフガニスタン支援の歴史は古く、1950年代には農・鉱業分野で技術協力を開始しました。1979年のソ連によるアフガニスタンへの軍事介入で一旦途切れますが、2001年から2021年まで、保健、衛生、教育、農業、生計向上など幅広い分野で協力を続けてきました。
タジキスタンとの国境地域における生計改善計画(国連開発企画との連携)(写真: UNDP Afghanistan)
学校における水・衛生環境改善計画(国連児童基金との連携)(写真: ©UNICEF/Karimi)
そのような協力の積み重ねが今、制約の多いアフガニスタンでの支援に生かされています。JICAは、世界保健機関(WHO)と連携し、2013年に日本の協力で建設したアフガン・日本感染症病院に対し、医療機材の供与や医療従事者向けの技術支援を2023年に開始しました。また、アフガニスタンではまだ撲滅されていないポリオに対するワクチン接種を進める支援を、国連児童基金(UNICEF)と共に実施。地域住民との長年のコミュニケーションや信頼のもと、2009年から続けられている取り組みです。
カブール陥落からの3年の間にも、国際機関との連携により12件の無償資金協力を立ち上げており、基礎教育へのアクセスや衛生環境の改善、民間部門における女性の経済活動強化などにも取り組んでいます。農業においては、アフガニスタンの灌漑事業に尽力した医師、故・中村哲氏が考案した方式に基づき、国連食糧農業機関(FAO)およびペシャワール会/PMS*1との連携で農業生産向上計画を進めています。また、災害支援では2022年と2023年に東部と西部で発生した地震、2024年の洪水被害に対する緊急援助を行いました。
*1 「PMS」は、故・中村哲医師が設立した現地事業体で、Peace (Japan) Medical Servicesの略称
2022年6月にアフガニスタン東部で起きた地震被害では、国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)からの要請を受け、毛布やスリーピングバッグなどの支援物資を提供(写真:IFRC)
アフガニスタンの農地再生を目指して灌漑水路の建設にまい進した故・中村哲医師(中央)。JICAも数々の共同事業を実施してきた(写真:PMS/ペシャワール会)
UNHCRは国連高等難民弁務官事務所、UNODCは国連薬物犯罪事務所の略称
(写真: 保健分野は©UNICEF/Bidel、教育分野は©UNICEF/Khayyam)
やるべきこと、やりたいことはたくさんあるのに、それを実行できないというジレンマは大きいものです。しかし、服部所長は「『暫定政権』を介さずにアフガニスタンの人々に支援を届けるという現在の取り組みは、JICAにとっても新しい形。既存の枠にとらわれず、民間セクターをはじめ、さまざまなパートナーとの共創を模索することは、国際協力の新たな可能性につながる」と前を向いています。
「持続的な成長のためには、やはり経済発展が不可欠です。多様なパートナーとの共創により、目下の人道危機を乗り越えるための、保健や教育といったベーシック・ヒューマン・ニーズ(Basic Human Needs)に対する支援を行いつつ、いかに将来の持続的な開発につなげていくか——そうした視点を大切にしながら、アフガニスタンへの支援を続けていくことが重要だと考えています」
日本は、これまでも単にお金やモノを渡すのではなく、中長期的な視点に立ち、国づくりを支える人材を育成しつつ、「人間の安全保障」*2の実現に注力してきました。「重要なのはアフガニスタンの人々自らが持続可能な社会を築いていくこと。現地の人々に寄り添い、一緒に考えながら進めていくという日本、JICAの協力は、アフガニスタンの人々からも高く評価され、信頼を得ています」。
服部所長はかつて2009年から2011年まで、カブールにあるアフガニスタン事務所で、コミュニティ開発事業に携わっていました。「住民への行政サービスに関わる担当者への能力強化に取り組んでいましたが、そのような人たちが今、困窮する人々の暮らしを支えていると聞くと、当時の協力が効いていると実感します」。
6月末には、国連主催でアフガニスタンの情勢について話し合う会議が中東カタールで開催され、欧米や日本など20カ国以上が参加しました。今回は「暫定政権」が会議に初めて参加し、今後、国際社会との対話を進めたい考えを示しましたが、先行きは不透明な状況です。
「今の状況がこの先どれだけの期間続くか分かりません。ただ、最終的には、アフガニスタンの人々の中で国づくりが議論される形になればと思います。そのためにも、アフガニスタンの人々にとって何がベストなのかを常に考え、多様な人々を巻き込み、関心を持ってもらい、資金や思いを集めて形にしていきたい。決して容易ではありませんが、あきらめずに進めていきます」
*2 「人間の安全保障」とは、人間一人ひとりに着目し、生存・生活・尊厳に対する広範かつ深刻な脅威から人々を守り、それぞれの持つ豊かな可能性を実現するために、保護と能力強化を通じて持続可能な個人の自立と社会づくりを促す考え方
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