【コロナ関連インタビュー】山田英嗣研究員に聞く

2020.11.24

世界中でさまざまな影響をもたらしている新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)。海外への出稼ぎ移民からの送金に頼っていた開発途上国の人々の生活は、コロナでどんな影響を受けているのか。その答えを導き出すべく、今までとは違う環境の下でどのように研究を進めているのかをJICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)の山田英嗣研究員に聞きました。

都市の形から環境規制の行方にまで及ぶコロナの影響

—山田研究員の専門分野である都市経済学や環境経済学では、コロナによる影響をどう捉えていますか?

まず、都市経済学を含む経済学の中でコロナの影響として注目が集まっているのは、リモートワークです。コロナが始まる少し前からすでに先進国を中心に広がっていましたが、コロナにより、全世界的に重要になってきました。リモートワークが浸透していくと、都市への集中や混雑の状況がどう変わるのか、どんな産業のどんな立場にいる人がリモートワークをできるのか、開発途上国や先進国ではどう違うか、コロナ発生前と発生後のデータを活用し、理論的な面と実証的な面で、どう都市の形が変わっていくのか議論が進んでいます。

また、環境経済学での大きなトピックとしては、世界各地でコロナ対策として行われた都市のロックダウンによって、一時的に中国やヨーロッパ、アメリカなど、多くの都市で大気汚染が減りました。今はリアルタイムで大気汚染の状況が分かる衛星のデータをとれるので、それを使った論文も出ています。ただ、問題はここからです。特に中国の場合、大気汚染が一時的に減った一方で、経済へのダメージが大きかった。米中対立もあり、サプライチェーンの中で中国製品の立ち位置が今後変わっていく可能性もある中でコロナが発生し、今後はなるべく生産コストを下げる方向に動くかもしれません。国家主席による脱炭素目標の表明など、本来ならば環境規制を厳しくしていくはずだったところ、この実態は生産コストの縮小を目的とした環境規制の執行緩和の方向に動くかもしれません。コロナがあって大気汚染が解消したように見えましたが、それは一時的なもので、長期的な目で見ると、むしろ環境問題対策が遅れ、今後はコロナ前より悪くなるシナリオもあり得るのです。

今までと同じ調査ができない中で新たな道を模索

—コロナ禍で研究を進める上での課題は?

研究のためにはまずデータをとることが必要不可欠ですが、私が携わっているいくつかの研究では、対面での調査をやりにくいのが実務上の課題です。フィリピンで2016 年と2017年に家計についてのデータを集めていたので、コロナのショックで同じ家計がどうなったか追いかけようと準備していたのですが、調査に協力してくれている現地のコンサルタントから、対面調査はすぐには難しいと言われてしまいました。私たちの調査では、どういうことを聞きたいのか概念を説明しつつ、細かくいろいろな質問をするため、例えばインターネット上で質問を読んで回答してもらう調査方法では難しく、これまでは対面による調査で1、2時間かけて話を聞いていました。それをいきなり電話での調査に変えると、慣れないうちはせいぜい20分ほど話を聞くのがやっとです。それでは質問できる範囲が限られてしまうため、今後どう調査をしていくか検討しているところです。経済学で使うマイクロデータは数千人という単位が必要で、かつ、研究者などではない一般の人々を対象に調査するため、なかなか難しいところです。

2016 年と2017年に家計についてのデータを集めていたフィリピン

その一方で、この状況下で可能なこともあります。JICA緒方研究所の研究プロジェクト「フィリピンとタジキスタンの家計における海外送金に関する研究」では、世界銀行との協力のもと、タジキスタンで調査をしてきました。これは世界銀行が2015年から始めた「Listening to Tajikistan」という電話での家計調査で、タジキスタン全土に分布する800家計をサンプルとして、ほぼ毎月1回、継続的に家計の状況を追跡するものです。JICAは2017年から参加させてもらい、コロナ禍になっても問題なく、これまでと同じように調査を継続できています。調査対象の人々は、1時間近くの電話調査に協力してくれていますが、これはずっと調査をやってきた蓄積があり、彼らとの関係性が構築できているからこそ可能なのです。なぜこの調査が最初から電話だったかというと、定期的に何回も調査を実施していく前提であり、タジキスタン全土で行うので、対面調査では費用がかかりすぎてしまうからです。結果的に、世界銀行によると、コロナの前から現在までずっと継続して家計のデータをとれているのは、このタジキスタンとウズベキスタンだけだそうです。このデータを活用して、コロナの前後で興味深い変化を見ることができると考えています。

コロナによるタジキスタン家計への影響を見極める

—現在の研究活動と、今後の展望について教えてください。

コロナのパンデミックが始まってから2020年3、4月の段階で、研究者として何かできることはないかと考え始めました。すぐには新しいデータをとれないですし、タジキスタンでの電話調査データも入手までに時間がかかりますが、ただ待っているだけでは仕方がないのでできることをやろうと、いくつか論文を執筆しました。

タジキスタンの人々の暮らしにコロナがどう影響をもたらすか分析中

清水谷諭上席研究員と村上エネレルテ研究員と共に執筆した論文「Projection of the Effects of the COVID-19 Pandemic on the Welfare of Remittance-Dependent Households in the Philippines」は、ジャーナル『Economics of Disasters and Climate Change』に掲載されました。同論文では、コロナによって海外送金に依存しているフィリピンの家計にどんな潜在的な影響があるか、どれぐらい海外からの送金が減るかを試算しています。世界銀行やアジア開発銀行も、マクロ経済学的にどれほどフィリピンへの海外送金が減るのか違う手法で試算していましたが、約20%減という同じ結論になっています。また、論文「The Potential Impact of the COVID-19 Pandemic on the Welfare of Remittance-Dependent Households in the Philippines」も、Centre for Economic Policy Researchが発行するコロナに特化した経済学論文集『COVID Economics: Vetted and Real-Time Papers』に掲載されています。

また、フィリピンとタジキスタンについて、もともと入手していたデータを使い、海外送金に依存していた家庭が2020年にどれくらい影響を受けるか予測した論文「The COVID-19 Pandemic, Remittances and Financial Inclusion in the Philippines」と「Remittances, Household Welfare and the COVID-19 Pandemic in Tajikistan」も執筆しました。出稼ぎ先の国のマクロ経済の状況と出稼ぎに行った人々が母国に送金する金額の関係性をコロナ前の調査時のデータを使って明らかにし、国際通貨基金(IMF)や世界銀行、経済協力開発機構(OECD)が出している2020年や2021年の各国のGDP予測値をもとに、関係性が同じだと仮定した場合、海外送金額がどれぐらい影響を受けるか予測をしています。さらに、受け取った送金額が減ったときに、その家計の消費や教育支出、銀行口座へのアクセスなどがどう変わり得るのかも検証しました。

今後は、コロナが始まってからのタジキスタンでの電話調査データが入手でき始めているので、それを使った研究を進めたいです。タジキスタンから出稼ぎに行くのはほとんどがロシアですが、2020年3月に国境が閉じられたため、ロシアに渡航できず、すでにロシアに行っていた人もタジキスタンに帰ってこられないという状況が続きました。そのため、いったん海外送金も4、5月はがくんと減ったのですが、その後は元の水準に戻ってきたようです。ロシアに残った人が仕事を再開したからなのか、出稼ぎに行けなかった人が渡航できるようになったからなのか、データを分析していきます。また、海外送金の減少により、食料は足りていたのか、冬が来るので燃料には困っていないか、農業で生計を立てている場合は農業資材の購入にどれくらい影響があったかなども検証したいと考えています。そして、海外送金に依存している家計がコロナから半年や1年たつとどうなるか、海外送金に依存している家計とそうではない家計で比べてみるとどうかなど、長期的な視点でも見ていきたいです。この研究ではマイクロデータを使うため、同じタジキスタンの中でも、コロナの影響を強く受けた人もいればそうではない人もいるはずです。何によってそれが決まってくるのか、研究を続けていきたいと考えています。

■山田英嗣研究員プロフィール
東京大学大学院経済学研究科修了、パリ政治学院経済学部博士課程修了。2008年4月から国際協力銀行(JBIC)入行(同年10月JICAに統合)、南アジア部第5課(バングラデシュ担当)、総務部金融リスク管理課を経て、2014年8月から現職。

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