【田口晋平研究員インタビュー】実証研究が科学的な視点で新たな発見を導き出す

2021.10.05

JICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)では、JICAがこれまでの取り組みで得たさまざまなデータを二次分析する「アフリカにおけるデータ活用実証研究」に取り組んでいます。同研究の一環として、ザンビアでの「第二次ルアプラ州地下水開発計画」のインパクト評価データを分析し、共同研究者の方々と論文にまとめた田口晋平研究員に、実証研究による新たな発見とその意義について聞きました。

JICAの支援による深井戸建設が家庭にもたらした変化とは?

—この研究がどんなものか教えてください。

「アフリカにおけるデータ活用実証研究」では、過去にJICAが取得した事業データを用いて再分析を行っており、研究対象はこれまでJICAが支援を行ってきた事業を対象とし、多岐にわたります。そのうちの一つとして私たちが分析したのが、JICAが2012年から2013年にかけてザンビアで実施した無償資金協力「第二次ルアプラ州地下水開発計画」です。これは安全な飲用水を供給するために、ハンドポンプ付きの深井戸216本を建設したもの。ザンビアの伝統的な手掘り井戸は浅いので、必ずしもきれいな水が出るわけではなく、大腸菌などの病原菌が含まれていることが多いという課題がありました。そこでJICAの支援で深井戸をつくることで、よりきれいで安全な水の給水率を改善し、下痢などの水因性疾患による死亡率を減らすことを目指したのです。

当時JICAでは、事業の効果を測定するために、事業を実施した地域と、それに類似した地域の2つのグループに対し、深井戸建設の前後で深井戸建設が家庭にどのような変化をもたらしたのか、質問票を基にした住民への聞き取り調査を行いました。私たちはこのデータを詳細に分析し、深井戸建設の家庭への影響を改めて検証しました。具体的には、①子どもへの影響、②大人への影響、③手洗い行動への効果、④実子と孤児への影響の違い、⑤経済的価値の評価について分析し論文にまとめました。

“きれいな水が使えれば就学率が向上する”という思い込み

—この実証研究を通して、どのような新たな発見がありましたか?

まず①の子どもへの影響についてですが、井戸が建設されたことによる変化で私たちが思い描くサクセスストーリーは、子どもたちが遠方まで時間をかけて水汲みに行く必要がなくなり、学校に行けるようになる、というものではないでしょうか。しかし、この実証研究によると、現実は違っていました。深井戸から100メートル以内に住んでいる家庭の女児は、きれいな水が手に入るようになったことで、炊事や洗濯など家庭での水の需要が増加し、水汲みの負担はかえって増えており、かつ、児童の就学率も向上したわけではなかったのです。また、子どもの下痢症については、就学児童については改善したという結果は得られなかったものの、未就学児については5%ポイント下痢症の頻度が減ったという結果が出ています。

JICAの協力でザンビア・ルアプラ州に整備されたハンドポンプ付深井戸(写真:JICA)

②の大人への影響に関しては、大人も下痢症の頻度が減り、仕事ができなかった日数が減ったという結果が出ています。ただ、それにより仕事をする日数が増えたかというとそうではなく、レジャータイムの時間が増えたという結果になりました。ザンビアの農村地帯では、下痢症が減ったからといって、それがすぐに労働に結びつくわけではないということも分かりました。

③の大人の女性の手洗い行動への効果については、2つのグループに差は見られませんでした。近くにきれいな水が出る井戸ができたからといって、すぐに手洗い行動に結びつくわけではないということです。教育水準によっても差は見られませんでしたが、6ヵ月以内に衛生教育を受けた母親は、13.5%ポイント手洗いの確率が高くなっていました。しかし、衛生教育を受けてから6ヵ月を過ぎると、その効果は薄れてしまうことも分かりました。この結果から、手洗い行動を促進させるためには、6ヵ月に1回の頻度で衛生教育を行い、手洗いの重要性を持続的に認識してもらうことが必要であると言えます。

④は孤児と実子の違いについてですが、ザンビアを含むアフリカの国々では、HIV/エイズがまん延して以降、孤児の急増が大きな社会問題になっています。ザンビアの場合、親を亡くした子どもは、親戚が引き取って実子と一緒に育てるケースが多いです。そこで、女児の健康、就学、水汲み負担に着目し、深井戸建設の前後で孤児と実子を比較して分析したところ、孤児のほうが水汲みに1日約0.5時間多く使い、それに関連する家事に費やす時間が1日約1.2時間長くなっていることが分かりました。

⑤は、例えば水汲みにかかる時間、水を買っていた費用、下痢症による乳幼児の死亡率や大人が仕事を休んだ日数などをコストに置き換え、深井戸にどれくらいの経済的価値があるかを総合的に算出しました。その結果、一番効果が大きかったのは下痢症の頻度が減ることで、乳幼児の死亡率が低下したり大人が仕事を休む日数が減ったりしたことでした。特に未就学児の場合は下痢症で死亡するケースが多いため、長期的には大きなプラスの効果をもたらすことが分かりました。

実証研究で事業改善のためのエビデンスを示す

—過去のデータを分析することで新たな発見があった実証研究の意義とは?

実証研究が重要なのは、私たちが想定していなかった効果を科学的に明らかにできるところだと思います。前述の通り、既成概念として井戸をつくれば子どもたちの水汲みの時間が減って学校に行けると思い込んでいましたが、データを分析することで必ずしもそうではないということが分かります。就学率だけでなく、子どもや大人たちに想定していなかったさまざまな影響があったことが、今回の実証研究により、初めて明らかになりました。

ザンビア・ルアプラ州の村で水汲みをする子どもたち(写真:JICA)

JICAのプロジェクトは、最初は地域単位の小さなスケールで事業を実施し、それをより広範囲の地域に展開していくのが主流です。最初の段階でしっかりとした実証研究を行い、その事業がどんな効果を地域にもたらすかをきちんと確かめた上で拡大していくことが必要になっていくのではないかと考えます。深井戸の建設により女児の水汲みの負担が増えたザンビアのケースもそうです。プロジェクトがどう影響を与えているか、その側面をきちんと明らかにすることで、より悪影響の少ない方向に事業を改善していくための科学的な根拠を示すことができます。それによりプロジェクトの質を高められることが、実証研究の意義だと思います。

—プロジェクトの質を高め、説明責任の向上にも寄与する実証研究を実施するためには、どのような体制が必要だと考えますか?

今後、継続して実証研究を行っていくためには、開発協力の第一線で研究している大学、研究機関の先生方とのより強い協力体制を構築することが大切だと考えています。その上で、JICAの職員自身がインパクト評価などの知識を深め、スキルを磨き、効果を発信できるようになる必要もあります。さらに、実証研究を実施するには、多くの関係者の労力と相応の予算が必要です。今回のようにさまざまなインパクトについて厳密な実証研究を行う案件と、簡易的にインパクトを評価する案件とはっきり区別する目利きも必要です。その上で、手間暇予算をかけて実証研究を行った案件については、論文の形でしっかりと発信することで、費やした労力や予算に見合うだけの成果を生めると思います。このように、事業部と研究所が連携し、戦略的に実証研究を実施していく必要があります。

今回、ザンビアの深井戸建設事業の実証研究を実施することができたのは、調査当時、神戸大学大学院の島村靖治教授が調査設計をリードし、事業の目的に対する効果だけでなく、いろいろな研究結果を導き出せるように詳細な質問票をつくって調査をしてくださっていたからでした。フィールドワークを専門とする研究者と、事業を実施する実務者のJICAが英知を結集させ、共に日本の開発効果を発信していく取り組みが必要です。その両者の橋渡しとして、JICA緒方研究所が果たす役割も重要になっていくと思います。

■田口晋平研究員プロフィール
大学卒業後、数学の教員として中学校で勤務。教員経験を生かしたいと青年海外協力隊に参加し、南アフリカに赴任。任務終了後は、JICAジュニア専門員、JICA専門家として活動。2013年にJICA入職後は、独立したばかりの南スーダンで教育分野のプロジェクトなどに携わる。2021年4月から人間開発部基礎教育グループと兼務で緒方研究所研究員。現在、業務の傍ら大学院博士課程に在籍し、研究に取り組む。

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