JICA緒方研究所

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【JICA-RIフォーカス 第39号】細野昭雄シニア・リサーチ・アドバイザーに聞く

2017年7月14日

長期的に見たチリのサケ産業への日本の貢献

JICA研究所では、JICAが実施したプロジェクトを振り返り、その軌跡と成果を分析してまとめた書籍「プロジェクト・ヒストリー」シリーズを刊行しています。2010年からこれまでに刊行した書籍は全16冊。そのシリーズ第一弾『南米チリをサケ輸出大国に変えた日本人たち~ゼロから産業を創出した国際協力の記録~』の執筆・編集に当たったのが、細野昭雄シニア・リサーチ・アドバイザーです。2016年には同書の英語版書籍『Chile's Salmon Industry: Policy Challenges in Managing Public Goods』も発刊されました。書籍を通して見えるチリのサケ産業への日本の貢献について聞きました。

■プロフィール
経済学博士。日本貿易振興機構アジア経済研究所、国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会、筑波大学教授(社会工学系)、神戸大学経済経営研究所教授、駐エルサルバドル大使、JICA客員専門員、政策研究大学院大学教授、JICA研究所所長を経て2013年より現職。

数十年を経てサケプロジェクトがもたらしたもの

—プロジェクト・ヒストリー『南米チリをサケ輸出大国に変えた日本人たち』を執筆した経緯は?

チリは現在、ノルウェーに次ぐ世界第2位のサケの輸出国です。日本人が消費するサケも、チリ産が約3割を占めています。しかし、かつてチリにサケはいませんでした。それがサケ輸出大国に成長した陰には、日本の支援があります。JICAはチリにサケを導入するため、1970年代から約20年にわたり、サケ養殖技術を中心とする一連の技術協力プロジェクト(以下、チリサケプロジェクト)を実施してきたからです。

チリサケプロジェクトを「プロジェクト・ヒストリー」としてまとめることになったのは、プロジェクト終了から約20年たった2007年のことです。「プロジェクト・ヒストリー」のアイデアは、JICA研究所の前身である国際協力総合研修所の加藤宏所長(当時)が以前から持っていたもので、日本の国際協力を個別のプロジェクトごとではなく、広い視野と長い時間軸で評価し、多面的なインパクトを明らかにすることが目的です。私が国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会の仕事で10年余り滞在していたチリでは、サケ産業の目覚ましい発展が非常に注目されており、日本の協力がどのように貢献したかを長期的な視点から研究すべきではないかと考えたのです。

しかし、言うは易し、行うは難し。本書が「プロジェクト・ヒストリー」第一弾だったため、新しいことを一から作り出す難しさがありました。何にフォーカスするか、どのような構成にするかなど、手探りでのスタートでした。そこで本書では、2つの視点に立って日本の協力が果たした役割を分析することにしました。一つは、日本の協力がサケ産業の発展を通して、いかにチリの社会や経済の発展に貢献したか、そしてもう一つは、カウンターパートや民間企業など、チリの産業人材の能力向上にどう貢献したかという視点です。

チリサケプロジェクトは1970年代に始まり、1989年に終了。本書を執筆することになったのが2007年なので、開始時から考えると実に約40年の月日が流れています。JICA関係者だけでも52人の長期・短期の専門家がチリに派遣されており、全ての人に話を聞くのは難しい。そこで、彼らを代表する形で、プロジェクトの初期から長期にわたって関わった長澤有晃さんを中心にインタビューすることにしました。一方、チリ側の関係者としては、1970年に北海道での研修に参加し、その後もJICAが協力するサケプロジェクトに関わってきたパブロ・アギレラ氏をはじめとした、さまざまな分野のキーパーソンたちにインタビューしました。チリでの多くの方々へのインタビューは60時間を越えました。あくまで客観的にまとめることを重視し、研究者にも学生にも読んでもらえるようわかりやすい文章にして、研究の開始から2年弱たった2010年に発刊することができました。

この過程で特に印象に残っているのは、長澤さんへのインタビューです。長澤さんはインタビューから約1年半後に逝去されたため、ご健在のときにお話を聞くことができて運命的なものを感じています。長澤さん自身、チリのサケ産業への日本の貢献をより多くの人に知ってほしいという思いを強くもっておられ、チリでの当時の貴重な写真や多くの記事などの資料を提供いただくなど、非常に協力してくださいました。

日本とチリの協力は新しいステージに

20年以上の日本の協力もあり、チリの主要産業になったサケの養殖
20年以上の日本の協力もあり、チリの主要産業になったサケの養殖

—英語版書籍『Chile's Salmon Industry: Policy Challenges in Managing Public Goods』を発刊した経緯は?

『南米チリをサケ輸出大国に変えた日本人たち』を英訳したらどうかという声が当初からありましたが、着手できずにいました。それというのも、ブラジルのセラード農業の発展に関する研究を始めたからです。チリサケプロジェクトの日本語版書籍の発刊から2年後の2012年、「プロジェクト・ヒストリー」シリーズとして本郷豊氏と2人で執筆した『ブラジルの不毛の大地「セラード」開発の奇跡』が発刊されました。この英語版を、同年にブラジルのリオデジャネイロで開催された「国連持続可能な開発会議(リオ+20)」のサイドイベントで発表したところ好評だったこともあり、チリサケプロジェクトの書籍も英語版を出そうという機運が高まりました。ただ、日本語版をそのまま英訳するのではなく、チリの研究者にも参加していただき、新たに執筆、編集して出版することとなりました。

また、チリサケプロジェクトの終了から約30年、チリのサケ産業はISA(伝染性サケ貧血症)などの病気の発生や環境問題など、新たな局面を迎えていました。英語版を出版するなら、こうした課題にどう取り組んでいるかも含めることで、初めてチリのサケ産業の過去から現在までをまとめた集大成にできると考えました。チリ大学のホルヘ・カッツ教授と国連大学マーストリヒト技術革新・経済社会研究所の飯塚倫子研究員とともに編集し、2016年に発刊しました。サケ産業はチリにとって非常に重要な産業でありながら、その今日までの発展の歴史を1冊にまとめた書籍はなかったため、英語版の出版はチリ側からも非常に歓迎されました。

編集を進めてあらためて確認したのは、チリサケプロジェクトに関わった人たちが、現在もサケ産業でリーダー的な存在として活躍していることでした。かつてJICAのカウンターパートとして中心的な役割を果たした人の一人マリオ・プッチ氏を中心に、アギレラ氏などの参加も得てAqua Chile社を起業し、チリ最大のサケ養殖会社へと成長させました。研究開発にも積極的で、そのための会社も設立し、サケ産業のさらなる発展に貢献しようと奮闘しています。これは、チリサケプロジェクトが産業人材の育成に大きく貢献したことを示す一例です。

2017年4月には、チリの首都サンティアゴと、サケ養殖が盛んなチリ南部のプエルトモントで英語版の出版記念セミナーを開催し、日本とチリのサケ産業の関係者が一堂に会しました。現在、ISAへの対応は進んでいますが、エルニーニョ現象で藻や有害赤潮が異常発生しており、新たな取り組みが求められています。セミナーでは、約30年前に魚病専門家としてチリに赴任した全国水産技術者協会の原武史理事長が当時の取り組みを説明したり、東京海洋大学の佐野元彦教授が日本での養殖業の在り方と赤潮被害対策を紹介したりと、環境に配慮した持続可能なサケ産業の発展をいかに実現していくか意見を交わしました。

今回、英語版の出版をきっかけに関係者が一堂に会し、養殖技術はもとより、国産卵の生産、病気への対応、エサの開発などの分野で、当時チリと日本の人々が力を合わせて取り組んできたことなどを、原理事長をはじめ、チリのカウンターパートの参加により、改めて日本とチリの協力の意義を確認することができたと思います。

両国のこれからの協力の一つとして、チリで環境と微生物学的観点の両面から有害赤潮の発生メカニズムを解明することを目的とした「チリにおける持続可能な養殖確立に向けた赤潮早期警戒のための産官学連携基盤の構築」が、JICAと国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が推進する地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)の2017年度のプロジェクトとして採択されました。セミナーをきっかけに、新しい協力がスタートすることをうれしく思っています。

パラグアイやブラジルでの日本の協力を書籍化

不毛の大地が現在では一大農業地帯となったブラジルのセラード
不毛の大地が現在では一大農業地帯となったブラジルのセラード

—現在、力を入れている取り組みは?

「プロジェクト・ヒストリー」シリーズで取り上げるJICAのプロジェクトは、実施した国も協力分野も一つ一つ異なり、それぞれがユニークな特徴を持っているので、同じように書くことはできません。しかし、共通してフォーカスすべきはプロジェクトが何を達成したかということ。そこに至る過程でどんな協力をしたのか、協力がどのような波及効果をもたらしたかを広い視野から長期的な視点で見ることは、どのプロジェクトにも共通して非常に重要だと考えています。

現在はパラグアイにおける日本からの移住者の活躍と日本の協力をテーマにした書籍の執筆に、パラグアイと縁の深い人たちのチームで取り組んでいるところです。かつてパラグアイは綿花栽培に頼ったモノカルチャー経済の国でしたが、近年は大豆を中心とする農業や農産加工業、自動車部品など製造業からなる多角的な産業発展を実現しつつあります。大豆輸出では世界第4位となり、トウモロコシ、ゴマや小麦などの輸出国として成長しています。この発展のプロセスに貢献した日本からの移住者、そしてJICAによる国際協力を「プロジェクト・ヒストリー」の視点でまとめる予定です。

また、セラード農業に関する英文書籍『Developing for Sustainable Agriculture: The Brazilian Cerrado』も2016年に刊行しましたが、セラード地域は広大で、セラードの中でも各地域の特徴は大きく異なっていますので、これらについてより研究を深める必要があることを痛感しています。現在、ブラジルと日本の研究者からなるチームで、そのような研究を進めており、新たな英語書籍としての出版も検討しているところです。

関連リンク(JICA図書館ポータルサイト)

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