コロナ時代になぜ人間の安全保障が重要なのか?緒方貞子元JICA理事長追悼記念シンポジウムで議論

2020.12.21

さまざまな視点から緒方氏の業績を振り返る

2020年11月2日、緒方貞子元JICA理事長追悼記念シンポジウム「With/Postコロナ時代のグローバルな課題と人間の安全保障」がオンラインで開催され、1,200人以上が参加しました。

冒頭、JICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)の高原明生所長が開会のあいさつに立ち、「2019年10月に緒方貞子氏が逝去して1周年となる機会にシンポジウムを開催でき、同氏の名前を引き継いだ研究所の所長としてうれしく思う。緒方氏は人間の安全保障の概念を強く提唱した一人。紛争や地球温暖化、武器や薬物の拡散、テロリズムなどの地球規模の課題が人々を脅かし、国家による安全保障だけでは個々の人間の安全を守るのは困難となった。とりわけ新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)の蔓延は、年齢、性別、所得、民族、地域を問わず、世界中の人々の健康や経済活動に影響を及ぼしており、人間の安全保障の概念に基づく国際協力の推進が、これまでにないほど重要になっている」と述べました。

開会のあいさつに立ったJICA緒方研究所の高原明生所長

緒方氏の国際的な業績を振り返った第1部では、まず国際連合のアントニオ・グテーレス事務総長がビデオメッセージを通して「緒方さんは人道支援や紛争の政治的解決のために立ち上がることを怖れなかった。コロナのパンデミックで人間の安全保障が脅かされる今、彼女の強さ、行動原理、価値観は私たちに教訓を与えてくれる」と述べました。また、かつて緒方氏と共に活動した国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のフィリッポ・グランディ高等弁務官も、「緒方さんは、危機に効果的・持続的に対処するには、政治・人道・開発などの複数のアクターが連携しなければならないと時代に先駆けて主張し、それが20年以上経ってようやく主流になった。これこそが彼女が支持した人間の安全保障の核心だ」とのビデオメッセージを寄せました。

続いて、公益財団法人日本国際問題研究所の佐々江賢一郎理事長が登壇しました。UNHCRで緒方氏の補佐官を務めた思い出を交えながら、「緒方さんは努力に裏打ちされたリーダーシップ、前例にとらわれない度胸の強さとクリエイティブな発想で、常に問題の原因を考えながら挑戦する人だった」と回想し、緒方氏が国際的なルールを変えた大きな決断の一例として、それまでUNHCRの支援対象ではなかった国内避難民を初めて支援の対象としたことを紹介しました。

日本の国際協力の柱となった「人間の安全保障」

第2部では、「緒方貞子氏と日本の国際協力の歩み—『人間の安全保障』概念の導入・適用により日本の国際協力はどのように変わったか」をテーマに、高原所長がモデレーターを務めたパネルディスカッションが行われました。パネリストとして、NPO法人「人間の安全保障」フォーラム理事長および国連事務総長特別顧問の高須幸雄氏、難民を助ける会理事長および立教大学副総長の長有紀枝氏、JICA経済開発部の牧野耕司部長の3人が参加。各人の緒方氏との関わりや緒方氏から受けた影響、コロナ禍で人間の安全保障に注目する意義などについて議論しました。

緒方貞子氏と日本の国際協力の歩みについて議論したパネルディスカッション

高須氏は、緒方氏を国連難民高等弁務官や「人間の安全保障委員会」共同議長へ推挙した際のエピソードや、共に議長を務めたアマルティア・セン氏との人道支援と開発協力の考え方の違いによる議論を紹介しつつ、「緒方さんは人間の安全保障を“保護とエンパワメント”と定義づけ、先頭に立って当事者の声を聞いた。日本の国際協力のバックボーンをつくったことが重要」と述べました。長氏は、「『人道危機に対して国際的な責務を果たすのは人間の本能的な常識』という緒方さんの言葉が印象的。従来の国家の安全保障と異なり、人間の多様な安全を確保するには、多様なアクターの連携が必要という主張は、NGOが日本の国際協力のアクターとして、認知される後押しにもなった」と語りました。緒方氏がJICA理事長に就任してから人間の安全保障推進チーム長を務めた牧野部長は、「『人間の安全保障は実践、だから議論はいいからアクションを起こせ』とよく言われた。JICAは平和構築分野に積極的に取り組むようになり、また“現場主義”として、東京の本部で決めるのではなく在外事務所に権限を移譲したほか、職員の意識も『リスクがあっても危機的状況だから支援するんだ』と変わり、現在のコロナ対応でも心の拠り所になっている」と振り返りました。

さらに海外から届いたビデオメッセージが紹介され、アフガニスタン・イスラム共和国のアシュラフ・ガーニ大統領は、「友人でもあった緒方さんは、カリスマ性、信念、勇気、礼儀という稀有な組み合わせを体現した賢人だった」と語りました。また、フィリピン大統領府和平プロセス担当大統領顧問室のイシドロ・プリシマ次官は、「フィリピン政府とモロ・イスラム解放戦線のバンサモロ和平プロセスにおける緒方元JICA理事長の貢献は大きい」と述べたほか、フィリピン・バンサモロ暫定自治政府のムラド・イブラヒム首相も、「緒方元JICA理事長が2006年9月にミンダナオ島を訪問して以来、JICAはバンサモロ和平プロセスに不可欠な役割を果たし続けている。バンサモロ地域における人間の安全保障の推進は、和平プロセスのさらに上位のビジョンである地域全体の変革をもたらしてくれた」とメッセージを寄せました。

人間の安全保障を軸に新しい時代へ

「With/Postコロナ時代における『人間の安全保障2.0』と保健医療分野の取り組み」と題した第3部では、冒頭にJICAの北岡伸一理事長が講演し、紛争、気候変動、膨張主義などの脅威の存在、コロナによる課題の顕在化、国際社会の不十分な対応という問題認識がある中、日本が国際協力において果たすべき役割を指摘。「JICAは2019年の第7回アフリカ開発会議で、時代と共に変化する脅威に対応することが重要という認識の下、新時代の人間の安全保障(人間の安全保障2.0)を提唱した。JICAは、今まさに世界が直面しているコロナという脅威に対して、予防・警戒・治療を組み合わせた取り組みを推進し、国際社会をリードしていく」と述べました。

北岡伸一JICA理事長は日本が国際協力において果たすべき役割などについて講演

続いて、北岡理事長に加え、政府新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長と認定NPO法人AfriMedicoの町井恵理代表理事のほか、オンラインで参加した経済協力開発機構(OECD)開発委員会(DAC)のスザンナ・ムーアヘッド議長とウガンダ・エンテベ地域中核病院のムワンガ・モーゼス院長をパネリストに迎え、NHKワールドの道傳愛子シニア・ディレクターの進行でパネルディスカッションが行われました。

尾身会長は、「感染症対策で重要なことは、感染が広がる前からの準備と感染が始まってからの初期対応の2つ。コロナは途上国でも蔓延しているが、実態が分かっていない。途上国ではまず医療へのアクセスの格差が課題」と述べ、モーゼス院長は「医療施設や医療器具などさまざまなリソースが不足し、マラリアなどの他の疾病への対応をいったん止めてコロナに対応するしかない」とウガンダの医療現場の実情やコロナ対策について説明。また、タンザニアで日本発祥の“置き薬”の普及活動を行う町井代表理事は、「ただ薬を届けるだけでなく、各地域のヘルスワーカーと連携し、受診・検査の重要性を啓発することで、住民自身が正しい知識を持つようになった。それが感染症対策としても役立つのでは」と述べました。ムーアヘッド議長は「人間の安全保障への3つの脅威は、貧困や紛争などによる脆弱性、性別による不平等な格差、そして気候変動。国際社会は民間セクターを含む全てのアクターが一丸となって協調するべき」と指摘しました。さらに、ウガンダで消毒液の普及に取り組む衛生品メーカーであるサラヤ株式会社の更家悠介社長がビデオメッセージを寄せ、「コロナ禍で拡大した自国主義や貧富の格差の解決には、緒方さんの理念でもある誰一人取り残さないという持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)の実践が不可欠。それぞれの立場から取り組んでいきたい」とコメントしました。

参加者からも多くの質問があがり、現地への訪問が困難なコロナ禍での途上国に対する協力の在り方や、国際社会で活躍する人材育成、日本とJICAが果たす役割、SDGsの実現に向けた課題など、幅広いトピックについて議論が行われました。これらの議論を総括し、北岡理事長は、「コロナも含めて変化する脅威に合わせて、『人間の安全保障』の概念とその実現のための手段を発展させていくことが必要。また、緒方さんのように国際社会で活躍する人材を生み出すためには、自分が当事者だったらどうするか、自ら考える力を養うことが重要」というメッセージを共有しました。

さまざまな立場から、With/Postコロナ時代の保健分野への取り組みについて議論

最後に、JICA緒方研究所の武藤めぐみ副所長が閉会のあいさつに立ち、「私たちは緒方さんの遺志を継ぎ、各々の立場で一粒の麦をまき、育てていく」と述べ、シンポジウムを締めくくりました。

このシンポジウムの一部を紹介するNHK WORLD JAPANの番組「Human Security in the COVID19 Era -OGATA Sadako Memorial Symposium-」を、以下のリンクからビデオストリーミングでご覧になれます。

関連動画

緒方貞子元JICA理事長追悼記念シンポジウム ダイジェスト動画(JICA緒方貞子平和開発研究所YouTube)

関連する研究プロジェクト

関連する研究者

\SNSでシェア!/

  • X (Twitter)
  • linkedIn
トピックス一覧

RECOMMENDこの記事と同じタグのコンテンツ