「華僑」とは何か?その問いから見えてくる多文化共生社会の姿—「移住史・多文化理解オンライン講座~歴史から『他者』を理解する~」第5回開催

2022.05.10

2022年3月10日、JICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)はJICA横浜 海外移住資料館と「移住史・多文化理解オンライン講座~歴史から『他者』を理解する~」をオンラインで共催しました。同講座は、JICA緒方研究所の研究プロジェクト「日本と中南米間の日系人の移動とネットワークに関する研究」の一環として開催されたものです。全6回シリーズの5回目では、JICA緒方研究所の長村裕佳子研究員の司会のもと、日本学術振興会特別研究員(PD)の八尾祥平氏が「『華僑』からみる世界」をテーマに講演を行いました。

司会を務めたJICA緒方研究所の長村裕佳子研究員

世界中で暮らす中国にルーツを持つ人々は、「華僑」や「華人」と呼ばれています。その数は4000〜5000万人と言われていますが、彼らの姿が正しく理解されているとは言えません。八尾氏は、「“世界経済を牛耳っている”“反社会的勢力”といった『華僑』が持たれがちなイメージは、現実とは違う。『華僑』に対するステレオタイプをなくして、より実態に即した理解を深めたい」と強調し、講演を始めました。

学術的な定義は、中国に出自を持つ移民で居住国の国籍を取得していない人が「華僑」、取得している人が「華人」とされています。この語が使われ始めたのは19世紀半ばからですが、それ以前にも中国から海外に進出した人々は多くいました。八尾氏は、「華僑」の歴史を振り返り、古くは15世紀の明朝時代、「鄭和の遠征」を契機に東南アジアに進出し、同地域の交易ネットワーク形成に寄与したのが彼らだったこと、16世紀にスペイン人がフィリピンに進出した際にも彼らが交易物資を運ぶ労働を担ったこと、1582年にスペイン領マニラにできた華僑居留地が世界最古の中華街とされていることなどを説明しました。近代に入ると、アヘン戦争を経て、西欧列強による植民地経営の拡大に欠かせない労働力として、中国出身の人々が導入されるようになりました。マレー半島のスズ鉱山開発やアメリカ大陸横断鉄道の建設など、黒人奴隷に代わる安価な労働力として、人身売買同然に数百万人単位で中国人が移動した歴史がありました。そうした海外で暮らす自国民を管理するために誕生した概念が「華僑」だったのです。現在、世界中に散らばる華僑の6、7割が東南アジアで暮らしているとされますが、それはもともと19世紀の鉱山開発やプランテーションの生産現場を担う労働力とされていたからでした。20世紀以降は、ゴム園経営などの他のビジネスに進出する者もあらわれました。華僑は東南アジアにおける植民地経営の現場の下支え役を担っていたのです。

こうした歴史を踏まえ、八尾氏は「華僑」「華人」をめぐる新しい研究の潮流を紹介しました。一つは、モデル・マイノリティー像の見直しです。移民労働者というと、とかく苦労の末に立身出世を果たした“優等生”に注目が集まりがちですが、そうした一握りの人々だけではなく、そこからはずれながらも慎ましく自立して生きてきた“普通”の人々にも目を向けるべきという流れが生まれています。もう一つは、マジョリティーとマイノリティーの共生だけでなく、異なるマイノリティー同士の関係に注目する研究です。例えば、アメリカ大陸横断鉄道の建設には、「華僑」や「華人」の他、多くのアメリカ先住民も従事していました。両者には故郷から遠く離れて生活しなければいけなくなったという共通点があり、エスニシティーを超えて、ある種の連帯が生まれていたことを挙げ、八尾氏は「従来の国家中心主義のアメリカ史や中国史の視点では、こうした重要な点を見逃してしまう」と警鐘を鳴らしました。

「華僑」への理解を深めたいと講演した八尾祥平氏

多種多様なバックグラウンドを持つ人々をカテゴリー分けする難しさに触れた上で、八尾氏は改めて「『華僑』とは何か?」と問いを投げかけました。「私の答えは、『華僑』は管理するための記号に過ぎない。植民地経営や開発の場で、管理しやすいように、都合よく集団に貼るラベルだった。厳密に定義されていないため、一つにまとめて議論できるわけがない。しかし、矛盾だらけだからこそ、国籍・地域・エスニシティーの壁を超えてどうつながりを見いだせるか、統治する人と統治される人の壁をどうなくしていくかなどについて、『華僑』を通じて考えていくことができる。多文化共生の原則は、『人間らしく』を全ての人に平等に実現すること。そのために必要な知見を、研究を通して提供していきたい」と抱負を語りました。

質疑応答では、「華僑は商売上手というイメージはどこから来たのか?」「世界中に中華街があるのはなぜか?」「国籍・地域・エスニシティーを超えることは本当にできるのか?」など、さまざまな質問が寄せられ、多文化共生という講座シリーズ全体に通底するテーマも強く考えさせられた講座となりました。

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