ノーベル経済学賞受賞者のスティグリッツ教授、複合危機下の世界経済を語る—ナレッジフォーラム特別編

2023.01.13

JICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)は、ノーベル経済学賞受賞者のジョセフ・スティグリッツ氏による講演「複合危機下のグローバル経済:新興国・途上国の課題とレジリエンス(強靭性)強化への道筋」を、JICA市ヶ谷ビル(東京)で2022年10月7日に開催しました。この講演は、JICA緒方研究所ナレッジフォーラムの特別編として催されました。この日のフォーラムでは、新興国と開発途上国に焦点を当てながら、そうした国々がどのように世界経済の混乱から立ち直り、よりレジリエントな制度や社会をつくることができるかを議論しました。

ノーベル経済学賞受賞者のジョセフ・スティグリッツ氏

開会にあたっては、JICAの田中明彦理事長があいさつし、コロンビア大学の教授であり、同大の非営利研究機関「政策対話イニシアチブ(the Initiative for Policy Dialogue: IPD」の理事長を務めるスティグリッツ氏を紹介しました。IPDはJICA緒方研究所と協力関係にあり、産業政策やアフリカ開発を主題とする一連の共同研究を実施してきました。田中理事長は、新型コロナウイルス感染症やロシアのウクライナ侵攻、気候変動、食料・エネルギー価格の高騰、米国の金融引き締めによる資本流出といった、世界に負の影響を与えている複合的な危機に言及し、議論の端緒としました。

危機はレジリエンスの必要性を知らせる貴重な警鐘

スティグリッツ氏はまず、現在起きているさまざまな危機はレジリエンスの重要性を知らせる貴重な警鐘だと指摘し、「世界経済は、我々が期待していたほどレジリエントではないことを露呈した」と語りました。経済問題については、目下、世界的なインフレとの闘いが続いている上、物価高の原因は総需要の過剰ではないにもかかわらず、米国などではインフレ対策として金利を引き上げるという金融政策が実施されているために、世界規模の景気後退局面が眼前に迫っていると述べました。そして「世界の主要国で唯一、正しいことをしている中銀がある。日本銀行だ」と続けました。

モデレーターを務めたJICA緒方研究所の高原明生所長(左)

次に、ウクライナでの戦争で悪化したエネルギー危機を逆手に取り、世界のグリーントランジションへの取り組みを強化すべきだと訴えました。また、権威主義体制の国々に偏在する化石燃料への依存は、天候に左右されるエネルギーへの依存よりもさらに望ましいものではない、と指摘しました。

同氏によると、新型コロナウイルス感染症によって開発途上国の大半が経済面の悪影響を被っており、しかも先進国のように政府支出の拡大で打撃を和らげることはできませんでした。その結果、途上国では経済の弱体化と債務増大が起こり、途上国開発における大きな課題となっています。さらに、途上国の多くでは、過剰債務に加えて、米連邦準備制度理事会(FRB)の利上げによる返済負担の増大により、債務危機が迫っています。その危機に直面する国は多数に上るため、先進諸国にまで累が及ぶ危機が生じかねないと続けました。

米欧と露中による新たな冷戦で、開発途上国はしばしば自らの意思に反し、どちらかの陣営につくよう圧力を受けています。同氏によれば、世界中の民主主義は、新冷戦の中で重要となる途上国の信頼を得られておらず、先進国がリードする国際機関は不公正と見なされてしまっています。また、気候変動について、それをもたらした原因は先進国にあるにもかかわらず、その影響は途上国に偏っていると考えられています。また、西側諸国の政府と製薬会社は、途上国での新型コロナウイルスワクチンの集団接種の促進につながる知的所有権の停止にも消極的です。

同氏は、この新たな冷戦にもかかわらず、今まさに世界規模での協力が求められていると強調しました。どの国も同じこの地球に存在し、気候変動やパンデミック、環境問題に協力して対処する必要があります。西側諸国は中国に反感を抱いているが、再生可能エネルギー技術に不可欠のレアアースの大部分は中国が支配していると指摘しました。
同氏によれば、政府は規制と公共投資、社会保険に改めて重点を置くことにより、新自由主義を捨てて進歩的資本主義(プログレッシブキャピタリズム)に移行し、よりレジリエントな経済を構築する必要があります。市場の失敗と移行に対処するには、産業政策を再活性化しなければなりません。

優れた産業政策をつくる要素とは?

スティグリッツ氏の講演に続き、東京大学大学院経済学研究科の澤田康幸教授がコメントしました。同教授はスティグリッツ氏の議論を振り返り、(1)政府と国際社会は新たな産業政策をいかに設計、実施すべきか(2)デジタルトランスフォーメーション(DX)に何を期待すべきか—を尋ねました。

スティグリッツ氏は優れた産業政策の構成要素として、政府が民間のアクターに資金を提供する際、自らが投資収益を得る立場を確保するとともに、出資先のアクターにも必ず資金を出させ、リスクを負わせる(利害を共有する)ことを挙げました。また、「市場の失敗」に対処することや、経済成長にとどまらない広範な目標(環境、格差解消、構造転換)を定めることも重視すべきだと論じました。

東京大学大学院経済学研究科の澤田康幸教授

デジタルトランスフォーメーションについては、アフリカで携帯電話がリープフロッグ的な技術発展を促し、それによってケニアでは銀行有利な規制を回避できるようになったと述べました。その一方、デジタル化は万能薬ではないと警告し、「(デジタル化は)これから重要な役割を担うが、製造業と輸出が主導する成長の代替にはならない」との見方を示しました。

続いて、JICA緒方研究所の萱島信子シニア・リサーチ・アドバイザーがコメントしました。同シニア・リサーチ・アドバイザーは、個々のプロジェクトへの支援に加え、国際知的財産メカニズムなど、世界的な枠組みの改善に向けた国際連携の重要性を取り上げました。また、より公正な国際枠組みを確立するにあたり、開発途上国が、ただルールに従うだけではなく、ルールを定める側として参画すべきだと強調しました。そして、スティグリッツ氏に対し、どうすれば開発途上国で生涯学習のための環境整備を推進できるかを尋ねました。

スティグリッツ氏は、生涯学習ではテクノロジーが鍵になりうると応じ、特に大規模公開オンライン講座(MOOCs=ムークス)の役割に言及しました。また、そうした講座の利用者の大半が開発途上国にいると指摘しました。

JICA緒方研究所の萱島信子シニア・リサーチ・アドバイザー

最後の質疑応答では、聴衆から「債務危機について、歳出削減を伴わず、貧困・脆弱層を傷つけない方策は、債務放棄以外にどのようなものがあるか」との質問が上がりました。同氏は、環境政策の公約と引き換えに開発途上国の債務を免除する自然保護債務スワップについて触れ、炭素排出の削減を外貨と交換する本スキームの有効性を強調しました。

関連動画

JICA緒方貞子平和開発研究所ナレッジフォーラム特別編「スティグリッツ教授(ノーベル経済学賞)講演~複合危機下のグローバル経済:新興国・途上国の課題とレジリエンス強化への道筋」

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