JICA緒方研究所

ニュース&コラム

『Handbook of Multilevel Finance』のアフマッド教授が「政府間財政」の最新研究を解説

2015年8月17日

発展途上国を含む多くの国々では、地方政府が中央政府に対して一定の財政上の権限を持っており、中央と地方の間での適切な「政府間財政」の実現が重要な課題となっています。この「政府間財政」に関する研究において、政府機関や政治家などのインセンティブや対立関係を踏まえた政治経済学的なアプローチが、"Second Generation"として盛んになってきています。

 

エティシャム・アフマッド教授
エティシャム・アフマッド教授

その背景には、第二次世界大戦後のアメリカの経験を基にした"規範的"なアプローチが、他国では必ずしも期待通りの結果につながらなかったことがあります。国際援助機関や国際開発金融機関なども、この規範的なアプローチを当然として捉え、途上国に助言を行ってきましたが、アメリカ同様の税制と説明責任を果たすことができるシステムを持つ国は限られています。インフォーマル経済や不正の誘因は見過ごされることも多く、結果として、地方分権化の過程で資源が不適切に配分されることもあります。

 

そこで、個々の国の具体的な政治経済的制約を反映した新しいアプローチが必要とされ、多くの理論研究と応用研究が進められるようになってきました。JICA研究所は、"Second Generation"における最新の研究成果を網羅した『Handbook of Multilevel Finance』の共編者の一人、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)アジア研究所の上席研究員、エティシャム・アフマッド教授を招き、2015年7月27日に、東京・市ヶ谷のJICA研究所でセミナーを開きました。

 

アフマッド教授は、ドイツのボン大学開発研究センターでも上席研究員を務めています。また世界銀行と国際通貨基金の上級職を務め、世界各国の政府に助言をしてきました。アフマッド教授の研究分野は公共政策の制度設計、ガバナンスと資源分配の問題、政府間財政に関する政治経済学、公共経済学、連邦制、中国・南アジア・ラテンアメリカ・中東諸国の財政問題です。

 

講演を聞く参加者
講演を聞く参加者

アフマッド教授はセミナーで、「政府間財政では、政府機関や政治家、民間投資家、労働者のインセンティブと、様々な環境下にある家計への影響を考慮する必要がある。貧困や不平等といった点にも焦点を当てる必要がある。すなわち、政府間財政では経済全体を考えなければならない」と説明しました。

 

従来の"規範的"な理論で、なぜインセンティブが考慮されなかったのかについて、アフマッド教授は冷戦という時代背景をあげました。アメリカ型の政府・社会とソビエト型の政府・社会との間で対立があり、多くの国際機関はアメリカの影響を受けていたといいます。「アメリカ型の政府の前提は、法と秩序に基づく良識的な政府。そこに政治経済学的な報酬(インセンティブ)が入り込む余地はなかったのです」。

 

アフマッド教授はさらに、規範的アプローチと現実的アプローチの双方に基づいた最近の理論と具体的な事例を紹介しながら、本書の以下のような内容について説明しました。

 

・中央政府と地方政府の間などでの付加価値税の制度設計と実施
・途上国の地方での固定資産税とその恩恵、政治的抵抗の克服
・汚職と政治的恩顧主義(クライエンテリズム)の概念を含む地方分権と開発の関係、社会政策と条件付き給付(現金給付)の制度設計と実施への影響
・環境保護、気候変動政策と地方分権化
・天然資源の分配
・自然災害への備え
・国の一体化と分裂・紛争回避のための政治経済の役割

 

講演に続く質疑応答では、メキシコの教育政策について、「地方分権の試行後、再び中央集権化したときに抵抗はなかったか」という質問がありました。アフマッド教授は「地方分権化により、教師の職業が権利化・世襲化されるようになってしまったため、中央政府は、教員資格の確認を厳正に行う政策を実施した。政府は実際のところ、この政策に対する抵抗と反対を受けたが、実際の財政を握っているのは中央政府だった。中央政府は、『我々は教員の給与を払っている。運営と維持のための経費も払っている。だから、それが正しく使われているか確かめる』と言い、抵抗にもかかわらず政策を断行し、非常にうまくいった」と答えました。そして、「これは教育の地方分権化を推奨する典型例とは異なるが、教育が経済発展に果たす役割を考えると、非常に重要な取り組みとなった」と付け加えました。

 

日時2015年7月27日(月)
場所JICA市ヶ谷ビル



開催情報

開催日時2015年7月27日(月)
開催場所JICA市ヶ谷ビル

ページの先頭へ