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東南アジアのイスラム教徒とグローバリゼーションをテーマに書籍刊行記念セミナー

2015年10月19日

東南アジアにおけるイスラム教徒の現状、イスラム教徒を取り巻く政治・社会が向かうべき方向性をテーマとしたセミナーが2015年9月25日、東京・市ヶ谷のJICA研究所で開かれました。

 

東南アジア諸国の総人口6億2000万人のうち半数以上を占めるとされるイスラム教徒は、中東諸国のイスラム教徒と比べて穏健であるとされていますが、一方で、近年、東南アジアでもイスラム急進派が勢力を伸ばしつつあるという見方が強まっています。JICA研究所は2008年から2011年の3年にわたり、研究プロジェクト「東南アジアにおけるイスラームの位置」を実施。東南アジアのイスラム社会は今後、グローバル化にどう対応していくべきかを分析してきました。2014年12月には、その研究成果をまとめた英文書籍『Southeast Asian Muslim in the Era of Globalization』(Palgrave Macmillan社)が発刊されました。

 

岩手県立大学の見市建准教授
岩手県立大学の見市建准教授

今回のセミナーは、その出版を記念して行われたもので、初めに書籍の著者・編集者の一人である岩手県立大学の見市建准教授(元JICA研究所特別研究員)が登壇しました。見市准教授は中東のイスラム教育が東南アジアに伝播した歴史など書籍の概要を説明しました。また見市氏は、開発の実務にとって対象地域の歴史的変遷や文脈を捉えることは不可欠であり、これらをひもとくにあたり地域研究の果たす役割は大きいと述べました。書籍はイスラム教のグローバル化について論じたものではあるが、地域や国家といったローカルな視点も重要であると強調しました。

 

次に、同じく著者・編集者の一人である広島市立大学のOmar Farouk名誉教授が、グローバル化がカンボジアのイスラム教徒に与えた影響について解説。「イスラム教と近代化、グローバル化は相容れないものであるという偏見によって、人々がイスラム教の本質を知る機会が奪われている。まずはその偏見をなくすことが重要だ」と述べました。

 

広島市立大学のOmar Farouk名誉教授
広島市立大学のOmar Farouk名誉教授

また、政治についてオープンに議論する男性たちや、海外留学を夢見る子どもたち、輸出用のウエディングドレスを作り経済的自立を図ろうと奮闘する女性たちの姿を収めた写真を示しました。その中でFarouk名誉教授は、自らがかつて訪れたカンボジアのイスラムコミュニティーは、戦争や脅威、閉鎖的な社会とはかけ離れた平和で穏やかな暮らしぶりであると紹介し、グローバル化の波を受けながらより開かれた社会に変化しつつあることを説明しました。

 

続いて、JICA研究所のスリン・ピッスワン特別招聘研究員(前ASEAN事務総長)が、東南アジアにおけるイスラム社会の現状を整理しつつ、今後ASEANや日本が歩むべき道を提起しました。

 

スリン氏は「東南アジアのイスラム教は中東のそれとは異なり、もともと土着信仰やヒンズー教、仏教といった複数の宗教がすでに根付いているところに入ってきた。このような環境で柔軟に適応してきた歴史があり、それが東南アジアのイスラム教徒が穏健であるといわれる理由だ」と指摘しました。そのうえでスリン氏は、東南アジアのイスラム教の特徴は、人種や民族、政治経済体制の違いを超えて、お互いを受け入れ、打ち解けあい、一つになる柔軟さ(Adoption、Adaptation and Integration)であり、これにより、「アラブの春」のような暴力や混乱に陥らずに済んでいると主張しました。東南アジアが、保健や教育などによる人への投資と、インフラ整備を続け、科学技術や産業を発展させてきたことにも言及し、これらの理由から中東に比べて東南アジアで政治的、経済的混乱が少ないのではないかと説明しました。日本についてスリン氏は、科学技術や合理性、社会秩序などの面で成功モデルを示すとともに、これらの価値を東南アジアに広げる活動をしていると評価しました。

 

会場からの質問に答えるパネリスト
会場からの質問に答えるパネリスト

質疑応答では、会場から、JICAが南南協力の一環として、例えば東南アジアの教訓をパキスタンなどの他地域に生かす協力を検討してはどうかという質問が寄せられました。これに対しスリン氏は、昨年パキスタンを訪問した時に提案したこととして、日本は科学技術や産業開発の分野で効率や効果を上げるためのマネジメントスキルを有しており、他国への経験共有においてJICAの貢献を期待したいと述べました。

 

セミナーの締めくくりとして、JICA研究所の畝伊智郎所長が3人のスピーカーに感謝の意を表するともに、「東南アジアの発展はイスラムを抜きに考えられない。今回のセミナーで、私たちは多様性、順応、譲り合い、教育など多くのキーワードについて学んだ。また、東アジアでの人間の安全保障の分野でJICAは研究プロジェクトを実施中であり、アジア地域の平和と安定に貢献するため今後もJICAは協力を継続したい」と述べました。

日時2015年9月25日(金)
場所JICA市ヶ谷ビル



開催情報

開催日時2015年9月25日(金)
開催場所JICA市ヶ谷ビル

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