JICA緒方研究所

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「失われた教育機会の回復:紛争中および紛争後の教育に関する研究」第1回執筆者会合を開催

2016年1月27日

紛争で教育機会を得られなかった「失われた世代」に教育の「セカンド・チャンス」を提供することは、人々一人ひとりの基本的人権や人間の安全保障の観点からも、また復興・平和構築の観点からも重要です。しかし、そうした取り組みはこれまで十分になされてきたとはいえず、どのような取り組みが効果的であるかについての研究も十分に行われていません。

下校途中の子どもたち=パレスチナ、2007年 (写真:今村健志朗/JICA)

この「忘れられた課題」に光を当て、その解決につなげようと、JICA研究所は、研究プロジェクト「失われた教育機会の回復:紛争中および紛争後の教育に関する研究」を2015年11月に立ち上げました。現地調査の開始を前に、研究の方向性や調査の計画を共有するため、外部研究者を交えた第1回執筆者会合が2016年1月18日、JICA市ヶ谷ビルで開催されました。

2015年に達成期限を迎えた国連のミレニアム開発目標(MDGs)のうち、教育目標「初等教育の完全普及」を達成できなかった地域の多くが、紛争下の地域でした。紛争は、多くの子どもたちから教育の機会を奪い、数年にわたる紛争は教育を受けられないまま成長する多くの若者・大人たちを生み出します。教育は、人間の基本的な権利の一つです。そのうえ、教育を受けられないまま成長した若者や大人たちは、紛争後の復興の重要な担い手となる一方で、紛争が再燃した際には暴力の担い手にもなり得ます。紛争後の国づくりを支え、平和な社会を築くためには、教育のセカンド・チャンスが重要なのです。

この研究では、アフリカ、アジア、欧州、中東などから5つ程度の紛争事例を取り上げ、それぞれの紛争で一旦は教育機会を失いながらも、その後何らかの形で再び教育を受ける機会を得た人々の体験(ライフ・ストーリー)を詳細に聞き取り、セカンド・チャンスを可能にしたプロセスや要因を分析していきます。

研究には、JICA研究所の後藤幸子研究員のほか、上智大学の小松太郎教授、広島大学の片柳真理教授、英国コベントリー大学の高美穂上級講師とMarion Maclellan上級講師、同志社大学のIyas Salim助手の計6人が事例研究を行う執筆者として参加しています。また、JICAの人間開発部からもメンバーが加わっています。

会合の冒頭あいさつに立った畝伊智朗JICA研究所所長は、「紛争や復興の現場では、水や食料など生計維持が優先されるため、教育に対する援助は忘れられがちである。そういった状況を改善するためにも、今回の研究成果に期待している」と話しました。

障害を持つ除隊兵士の技能訓練=ルワンダ、2007年 (写真:渋谷敦志/JICA)

続いて各研究者が、取り上げることを検討している事例について、紛争の文脈や教育への影響の仕方、ライフ・ストーリーの聞き取りを行うインタビュー対象者の選択基準などについて発表しました。

ルワンダについて高講師は、大量の難民が近隣の複数国にまたがって発生した背景から、それら多様な難民の経験をできるだけカバーし、また孤児や障がい者等個々人の状況の違いに注意しながら聞き取りを進めていく、と発表しました。Maclellan講師はウガンダに関して、武装勢力が児童を誘拐して兵士とした問題が深刻だったことから、児童兵の経験を持つグループを主な対象の一つとする計画を説明しました。

小松教授は、東ティモールを対象国として想定し、独立前後の紛争を経て教育現場の指導言語がインドネシア語からポルトガル語に変更されたことが多くの人々が教育から脱落した背景にあったと分析しました。片柳教授は欧州のボスニア・ヘルチェゴビナを取り上げ、社会全体としては教育機会の喪失がさほど大規模でなかった分、かえって教育機会を奪われた人々が社会から取り残される状況を生み出した可能性があることを紹介しました。

発表する後藤研究員(右)ら

後藤研究員とSalim助手は、現在も軍事占領下にあり紛争が続く中東のパレスチナのケースを共同で執筆する予定です。後藤研究員は、およそ70年間にわたる紛争の中でたびたび教育の機会が阻害されていることを説明した上で、「特に暴力的な形で教育アクセスの組織的な阻害が発生したと考えられる2度のインティファーダ(イスラエルの軍事占領に対するパレスチナ民衆の蜂起・抵抗運動)期に焦点を当て、居住地、性別などのバランスにも留意し対象者を選定していく」と述べました。

研究の枠組みについての議論では、紛争影響国で教育機会の回復が持ちうる意義として、基本的人権であり、紛争で生命や生活、将来への希望を脅かされた人々の尊厳(dignity)や自尊心(self-esteem)に直結するという教育それ自体の価値とともに、雇用を含む機会の平等性の確保や人々の社会への再統合などを促し、それを通じて紛争の再発防止や平和構築にも貢献しうるという視点が確認されました。

現地調査は今年末まで実施され、その研究成果は2017年の秋ごろをめどに論文としてまとめられる予定です。

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