JICA緒方研究所

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人間開発、人権、人間の安全保障-「人」に関する概念のセミナーを開催

2016年10月21日

講演するガスパール教授

人権、人間開発、人間の安全保障といった「人」に関する概念は、国際関係や国内政策の指針として重要な役割を果たしています。日本の国際協力政策も人間の安全保障という概念を重視してきました。しかし、「人」に関するこうした概念が競合し、相互を弱体化させているのではないかという点が、以前から議論の的になっています。

こうしたことから、JICA研究所と人間の安全保障学会(JAHSS)は2016年9月5日、エラスムス・ロッテルダム大学(オランダ)の国際社会科学研究所(ISS)で人間開発と公共政策を教えるデス・ガスパール教授を講師に迎え、「人」に関する概念の相互関連性について考えるセミナーを開催しました。

JICA研究所の北野尚宏所長は、開会のあいさつで、人間の安全保障に関するJICAの取り組みを紹介しました。ASEAN10ヵ国と日本・韓国・中国を対象に進めているJICA研究所の研究プロジェクト「東アジアにおける人間の安全保障の実践」をはじめ、複数のJICA関係者が執筆にかかわった書籍『Japan's Development Assistance: Foreign Aid and the Post-2015 Agenda』、田中明彦前理事長が人間の安全保障の理論に関して検討すべき要素を論じたワーキングペーパー『Toward a Theory of Human Security』を説明しました。

ガスパール教授は、ISSのShyamika Jayasundara氏と共同で執筆した論文を紹介しました。同論文は、人間の安全保障に関するアプローチと人権に関するアプローチの関連性や相補性を調査しています。この調査のきっかけとなった人権研究の第一人者、Rhoda E. Howard-Hassmann氏の論文では、人間の安全保障に関する分析が人権レジームを弱体化させるどうかを問い掛けているのに対し、ガスパール教授とJayasundara氏の論文では人間の安全保障に関する思考と人権に関する思考が密接に関連していると説明し、その相互補完的な協調関係に注意を促しています。

コメントするゴメズ研究員

続いて、国連を中心に人間の安全保障という考え方が生まれたことに言及したうえで、人間の安全保障の考え方が、自然環境の変化や移民問題を含め、さまざまな場面で活用されるようになってきていることを説明。(1)国内レベル(ジェンダーに基づく暴力)、(2)全国レベル(スリランカの開発や紛争の軌跡)、(3)国際レベル(非正規移民)、(4)地球レベル(気候変動)で活用されていることを紹介しました。

ガスパール教授は次に、人間の安全保障と人権に関する政策・スタンス・用語の関係を整理しようとした同論文を紹介しました。その中では、人間の安全保障に関するAmartya Sen氏と Karen O’Brien氏の分析手法を比較しています。

さらにHoward-Hassmann氏の図を示しながら、人間の安全保障に関する2種類の分析を紹介しました。人間の安全保障は、人権の概念そのものを脅かすといった巨視的な見方と、人権の概念からは捉えられない問題の解決のみに役立つと捉える微視的な見方です。これに対してガスパール教授は、広範なシステム分析的なアプローチが人間の安全保障の分析の基本であり、人権条約で想定している問題と人権の枠組みに収まらない問題の双方に対処するうえで役立つ、と主張しました。

職業訓練を受ける南スーダンの女性たち(写真:久野真一/JICA)

また、女性に対する暴力と地球規模の気候変動という2つの事例について、人間の安全保障の考え方に基づいた分析の優れている点について述べました。女性への暴力では、人権に関する裁判事例を人間の安全保障の考え方で調査してきたメキシコの学者Dorothy Estrada-Tanck氏の研究を取り上げました。地球規模の気候変動については、世界的な保険制度による保護や補償への関心を高めるという点で、人間の安全保障の考え方がいかに有益かを説明しました。

そして最後に「広い視野で人間の安全保障に関する分析を進めれば、説明に深みが加わり、人権を考える上で重要な規範的な側面を補完できる」と結論づけました。人間の安全保障に関する分析と人権に関する分析は相互の認識・理解・知的な連携を強化する必要があると述べました。

このプレゼンテーションに続いて、JAHSSの事務局次長を務めるJICA研究所のゴメズ・オスカル研究員がコメントしました。ゴメズ研究員はガスパール教授の研究成果について、「人間の安全保障に関する思考の第二世代」をなすもので、人間の安全保障という概念の存続に重要であると述べました。さらに「発展途上」国という分類がもはや意味をなさず、気候変動のような問題に国々が共同で対処するにはこれまでとは違う相互言語が必要だと付け加えました。政策や研究の課題としてドメスティックバイオレンスの問題に取り組む必要性も強調しました。

最後に、JAHSSの玉井秀樹理事(創価大学平和問題研究所所長)が閉会のあいさつを行い、人間の安全保障に関する矛盾に対処し、人間の安全保障に関するアプローチと人権に関するアプローチの相補性を理解するうえで今回のセミナーが貴重な機会となったと語りました。

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