JICA緒方研究所

ニュース&コラム

国際シンポジウム:新しい安全保障概念「保護する責任」

2011年2月21日

貧困に苦しむ農村で、大家族を養うために必死で働く農民。その姿を想像してみてください。火も電気もない中、わずかな食料を糧に粗末な小屋で冬を越す過酷な状況がそこにはあります。国家の指導者は私欲を満たすことに明け暮れ、政府から国民へ救済の手は差し伸べられません。過去数年にわたり、何千もの人々が民主化要求デモをしても、ことごとく鎮圧されるだけ。餓死する者が一人、また一人と出る中、自分たちを助けてくれる人はこの世に誰もいないのだろうかと打ちひしがれる国民には、絶望することしか残されていないのです...

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しかし、実際には、国際社会による救済の可能性が残されています。国連は1945年より人権の擁護、国際社会の平和維持、そして安全保障の確保に尽力してきました。国際社会の干渉・介入を必要とするような惨事が起きた場合には、国連安全保障理事会が直ちに状況を調査し、国連平和維持軍の編成や制裁の発動、武力行使の容認などの措置を講じます。しかしながら90年代に発生したルワンダ紛争やボスニア紛争などの悲惨な残虐行為に対し、国際社会が効果的に対応できなかったことから、安全保障政策の主眼を国家から個人へとシフトするべきだ、という新たな議論が浮上しました。

「保護する責任(RtoP)」という新しい概念は、国家は原則として、大虐殺、戦争犯罪、民族浄化、人道に対する罪、という4つの残虐行為から国民を守る責任を持つことを主張しています。一方国際社会には、国家を支援する責任、また国家が責任を果たせない場合には国家に代わってその国民を保護する責任が課されます。2001年にカナダの研究機関によって初めて紹介されたこの概念は、それ自体がデリケートな性質を持っており、中でも国際社会による国家への内政干渉の是非をめぐる論争は未だ終息に至っていません。特にアジア地域では近隣諸国が相互に依存しており、一国の不安定な状況が地域全体に影響を及ぼすことから事態はより深刻と言えます。

JICA研究所はASEAN戦略研究所(ISIS)と共同で「ASEAN統合における『人間の安全保障』の主流化」という研究を進めており、1月26日に東京でRtoPに関するセミナーと政策討論会を開催しました。同イベントは本研究の研究協力者であるMely Caballero-Anthony准教授が研究チームを率いている、シンガポールの南洋工科大学非伝統的安全保障研究センター(the Centre for Non-Traditional Security Studies)との共催によるものです。国連難民高等弁務官事務所などの国際機関職員や各国の政府関係者、一般参加者など、50名以上の専門家や研究者が集まり、アジア地域におけるRtoPをいかに推進し、実際の政策へ反映させていくかを議論しました。

セミナーでは、JICA研究所の恒川惠市所長とMely Caballero-Anthony准教授による開会の挨拶に続き、前国連事務総長補佐のRamesh Thakur教授が基調演説を行いました。その後、①アジアにおけるRtoP—概念的問題と課題、②RtoPの運用—地域メカニズム、③東南アジア各国におけるRtoPの国別評価、④北東アジアにおけるRtoP国別評価、⑤アジアにおけるRtoPの推進方法、以上5つの討論会が実施されました。

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 Mely Caballero-Anthony准教授
討論会ではインドネシア、タイ、日本、そして中国などアジア地域の研究者から、示唆に富んだ研究結果が発表されました。RtoPの概念は、2005年9月に開かれた国連総会の成果文書において、約150カ国の同意のもと公式に認められました。2009年1月には、バン・キムン国連事務総長が「保護する責任の履行(Implementing the Responsibility to Protect)」という報告書を発表し、RtoPの理念を実際の政策へ反映させていく決意を表明しました。同報告書では、「Ⅰ.国家による保護責任の徹底」、「Ⅱ.国際的な支援及び能力開発体制の構築」、「Ⅲ.国際社会の適時かつ決定的な対応」という3つの戦略が掲げられています。

植民地支配に苦しめられてきた歴史を持つASEAN諸国は、不干渉原則を重要視しており、外部による武力行使を容認し得る3つ目の戦略については慎重な姿勢を示しています。RtoPの概念に対するアジア諸国の理解は深まっているものの、対応は各国の状況によってさまざまだということが今回の会合で明らかになりました。最終セッションでは、ASEANが直面する多様な課題について議論される中、アジアの「人間の安全保障」政策においてRtoPの概念を主流化させるためには、さらなる時間が必要だという見解が出されました。Caballero-Anthony准教授は、RtoPは未完成の概念としながらも、「どのような場合でも、[RtoPがあれば] 最悪の状況になる前に国家は何らかの策を講じることができる。人道的危機に救うためには、国際社会が一丸となってその問題を訴えることが必要だ。」とRtoPの重要性を強調しました。

RtoP適用の実現に向け、各国は今後、さらなる努力、知恵、そして協力が求められていくことになるでしょう。Thakur教授は「難しいからと言って問題を先送りすると、さらに多くの人々の死を容認することになる。確かに、大規模な残虐行為が発生するケースは非常に稀だが、国際社会はそれを [残虐行為発生の可能性を否定する] 言い訳にしてはいけない。」と語りました。

関連研究領域: 平和と開発

関連研究プロジェクト: ASEAN統合における「人間の安全保障」の主流化

ムービー・コメンタリー

本名純 JICA研究所客員研究員
メリー・カバレロ=アンソニー シンガポール南洋工科大学准教授

日時2011年1月26日(水)
場所JICA研究所
主催者JICA研究所
言語英語

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