JICA緒方研究所

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ワーキングペーパー

No.20 Ethnic Patriotism and Markets in African History

1800 年以降のアフリカの経済・社会の歴史を振り返ると、民族意識と市場取引の関係が非常にバラエティに富み、極めて予測困難であったことがわかる。20 世紀初頭は特に重要な変化があった時期である。1900 年以前は労働不足で土地が豊富だったため、移動性の高い労働力への需要のおかげで民族間の関係は比較的良好だった。しかし、1900 年以後1960 年までの間、人口増加によって土地が労働に比べてより高価なものになっていき、植民地支配下で国家という新たな構造が課されて民族集団が政治競争の単位としてみられる傾向が強まったこともあって、民族間の関係はより厳しいものになっていった。上で述べた社会的経済的政治的変化に関するおおまかな期間区分に対し、本稿で取り上げた事例は、アフリカの異なる時点と地域の間で、その変化の状況も経過も大きく異なるということを示している。多くは、経済地理や不確実な歴史的状況に加え、アフリカの市場で取引される商品の性質—労働(奴隷労働者か自由労働者か、あるいは熟練労働者か未熟練労働者か)、食料、現金作物、土地、政治的影響力—にも大きく依存してきた。アフリカにおける民族と市場の関係に関する分析は、一般的に民族集団間の「水平的」な不平等に焦点を当ててきた。これに対し、本稿では、社会的不安と政治的圧力の源として、民族集団内における、人と人の間、あるいは性別、世代別、階層別といった異なるカテゴリーのグループ間に見られる「垂直的」な社会的不平等の変遷も同じく強調する。同一民族集団内での強者と弱者、あるいは富める者と貧しい者の間にある「モラルエコノミー」を巡る緊張は、モラルによって規定されたコミュニティの喪失という形で「モラルエスニシティ」の危機を招きかねない。このことは、外との競争の中で内部の緊張が弱まっていくにつれ、「政治部族主義」の危機を引き起こす可能性がある。内部の緊張の度合いが、同じケニアでもキクユ族とルオ族の間で対照的であるということは、対内的な民族パトリオティズムと対外的な民族パトリオティズムの関連性について教訓となりうる事例を示している。最後に、本稿では、アフリカの歴史が示すところによれば、経済学者は市場経済と民族の関係性について、彼らが現在依拠しているモデルに比べてより融通性に富み、よりエージェントに焦点を当て、より階級を意識したモデルを模索するべきであることを提案する。

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