JICA緒方研究所

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ワーキングペーパー

No.44 Unraveling the Enigma of East Asian Economic Resiliency: The Case of Taiwan

台湾は、1997-98年の東アジア金融危機から、比較的無傷なまま立ち現れてきた、数少ないアジア経済の一つである。衝撃を吸収する同国の力が優れていることは、2008-09年の世界金融危機でも明らかとなった。まず台湾は、サブプライムローン危機以前から、相対的に健全な金融システムを引き継いできており、巨額の外貨準備も積み上げていた。外国銀行が国内の銀行貸出に占める割合はかなり限定的であった一方で、国家は銀行セクターを支配し、銀行の貸出とバランスシートを注意深く監督していた。さらに台湾のマクロ経済指標はかなり健全であり、政府の財政能力には借入の面でも支出の面でもまだまだゆとりがあった。このように台湾の経済的回復力を構成する多くの要素は、長い年月をかけて確立された制度的な配置と政策の方向性によって強化されてきたものである。ネオリベラル政策の提唱者はこれらの時代遅れの政策思考やその実践を止めるよう、大きな圧力を国外からかけてきたが、それでも台湾は長い間続いてきた経済的回復力の源の大半を維持することができた。さらに、台湾の中央銀行の評判と信頼性は、金融危機や台湾海峡のミサイル危機の際に同国経済を安全に導いたことで高まっていたが、史上初めての政権交替が2000年にあった後も、政治的混乱があったにもかかわらず、独立的で行動的な中央銀行の遺産はそのまま残されていた。また、金融機関のプルーデンシャル規制の伝統も、閣僚レベルに相当する新しい監督委員会に規制の権限を集中することで、大半が保持されていた。台湾が 2008-09年の世界金融危機に上手く対処できたのは、東アジア地域の環境がそれを可能にしたお陰でもある。IMFの課した緊縮政策に対する政治的反動で、東アジアの政策決定者達の覚醒が進んだのである。すなわち、地域内のほとんどの途上国は為替レートを管理し、巨額の外貨準備を積み上げることで、通貨投機の嵐から身を守り、二度と IMFの助けを借りる必要がないようにしたのである。東アジアにおけるイデオロギー的環境と協調的な制度配置は、二つの危機の間に大きく変わったのであった。

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