インタビュー【JICA-RIフォーカス 第7号】大岩隆明 上席研究員に聞く

2009.12.11

研究と援助をつなぐ——JICA研究所 大岩隆明 上席研究員にインタビュー

Takaaki Oiwa

これまでJICA職員として地域部やインドネシア事務所に勤務し、社会開発調査や基礎調査、さらに、旧国際総合研修所(現JICA研究所)でも調査研究に長年携わってきた大岩隆明上席研究員。

その大岩上席研究員にJICA研究所で担当する研究プロジェクトでの役割や、研究とJICA事業との関係性などについて聞きました。

担当する研究プロジェクトと役割

担当する研究プロジェクトをお聞かせください

現在、私が担当する研究プロジェクトは4つあります。1つ目が「ASEAN統合における『人間の安全保障』の主流化」で、2つ目が「東南アジアにおけるイスラームの位置」、3つ目が「アフリカにおける民族多様性と経済的不安定」。そして、これはまだ研究の準備段階ですが、「東アジア通貨金融危機からの回復の政治経済学的分析」が4つ目となります。

研究とJICA事業

それらの研究とJICA事業がどのように結び付いているのか教えてください

担当プロジェクトの一つ、「ASEAN統合における『人間の安全保障』の主流化」を例に説明したいと思います。

現在、ASEANは、政治的不干渉の原則にのっとり、国内外の脅威に対して「総合安全保障」という考え方を採っています。総合安全保障の概念には、領土や国民などを外部の脅威から軍事的手段によって守るという「伝統的安全保障」の考え方や、貧困問題やテロリズム、環境問題、そして最近では、金融・経済危機や新型インフルエンザなど新しいタイプの脅威に対して、非軍事的な手段を含めて対応する「非伝統的安全保障」という考え方などがあります。先ほどの総合安全保障は、伝統的安全保障と非伝統的安全保障を包括したもので、国家間の枠組みにおいて軍事的な脅威だけでなく、新しいタイプの脅威にも対応していこうという概念です。

これに対して研究プロジェクトのテーマとなっている「人間の安全保障」は、国家単位で考えられてきたこれまでの安全保障の概念を、その最小構成単位である「人」にまで立ち返り再構築していこうというものです。個別の研究テーマとしては、貧困問題やテロリズム、環境問題、金融・経済危機や新型インフルエンザなど新しいタイプの脅威が揚げられています。その意味では非伝統的安全保障と同様な問題を扱いますが、国家ではなく人間を中心とした「人間の安全保障」は、国単位のみならずローカル、リージョナル、グローバルと必要に応じてフレキシブルに課題に対応しようとするもので、非伝統的安全保障や総合安全保障とは観点・視点が異なると言えます。

この「人間の安全保障」という概念は、ASEANでは認知されつつあるにせよ、まだ定着していないのが現状です。ここに、この研究プロジェクトの意義があると言えます。このプロジェクトは、ASEANの戦略国際問題研究所グループとの共同研究です。パートナーであるASEAN戦略国際問題研究グループ(ASEAN ISIS)は、ASEANの地域統合を目指し、シンクタンク・レベルの枠組みとしてイニシアチブを発揮している組織で、この共同研究を通じて「人間の安全保障」の概念をASEANにおいて主流化したいとしています。こうした取り組みにJICA研究所が協働していくことは、今後、同地域に対して援助を行っていく際に重要な意味を持ってきます。

日本は、「人間の安全保障」の概念をすでに政府開発援助(ODA)の基本方針の一つとしていますが、国や地域などの単位を尊重しつつも、人間に焦点を当てた開発を行っていくという価値観をASEANと共有できれば、極めてデリケートな問題である人権や民主化などに向けた、より高度な協力をこの地域で展開していける可能性がさらに広がります。また、ASEANが「人間の安全保障」という共通の基盤に立つということは、ASEAN自体の統合がさらに深まることを意味するでしょう。

研究の成果については、今年の3月、「ASEAN統合における『人間の安全保障』の主流化:その可能性と展望」をテーマとしたシンポジウム(東京)を皮切りに進んでおり、6月にはインドネシアのジャカルタで、研究の進捗状況とそれまでの成果発表、本研究プロジェクトの個別テーマの一つである海洋安全をテーマとしたワークショップを開催しました。

担当プロジェクトにおける役割

具体的な仕事の内容について教えてください

私自身は、担当している4つの研究プロジェクトにおいては、これまで援助の現場で蓄積してきた実務経験や知見などを踏まえ、論文やワーキングペーパーを執筆することに加え、研究のコーディネーション、つまり、それぞれのプロジェクトを総合的に調整する役割を担っています。

さきほど触れた「ASEAN統合における『人間の安全保障』の主流化」では、JICA研究所のほか、日本国内の大学、フィリピンの戦略開発問題研究所(ISDS)とインドネシアの戦略国際問題研究所(CSIS)が中心となって運営されるASEAN ISIS、さらには、ASEAN域内にある大学の研究者などが参加しています。東南アジアの地域共同研究と位置付けられるこの研究プロジェクトは、いわばネットワーク型の研究スタイルとなっています。

その中で求められるコーディネート業務としては、準備段階ではASEAN側の研究者との対話を通じて、研究のフレームワークや内容を固める作業や研究者を確保することなどが挙げられます。プロジェクト開始の後は、研究内容のクオリティーコントロールや研究成果および課題の共有を図るためのシンポジウムの開催と運営を各関係者とともに行うことなどがあります。

論文やワーキングペーパーなどの執筆に加え、研究プロジェクトの円滑な実施をサポートし、研究成果がJICA活動全般のクオリティーを高めうるよう研究プロジェクトをコーディネートしていくのがこの研究プロジェクトにおける私の役割と言えます。

研究プロジェクトを実施していく上で、特に難しい点などがあればお聞かせください

研究プロジェクトの立ち上げのときには、「研究者が先でテーマがあるのか」「テーマがあって研究者を選ぶのか」という悩ましい問題があります。結論から言えば、両方ともあり得る選択肢だと考えています。この2つのバランスをうまく保っていくことは実際にはとても難しいことですが、研究成果を出していくには大切です。

さらにもう一つ、JICAのような組織の人間と研究者との間の、いわば根本的な「文化」の違いを理解する必要がある、という点があります。研究者は、大学などの組織に属していると言っても基本的に意思決定の単位は個人である場合が多く、論文の内容なども含め、個人の責任の下に研究が行われます。これに対して、組織に属する人間の場合には、組織としての責任が問われます。このような立場の違いがぞれぞれの行動に反映されることもあるように思えます。こうした文化の違いを理解し、また調整していくことは大変ですが、研究と開発援助の現場をつないでいくためにも、取り組んでいかなければならない課題であると感じています。

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