インタビュー【スペシャルインタビュー】恒川惠市所長に聞く

2009.09.30

JICA研究所設立から1年—これまでの取り組みと今後の展望
JICA研究所 恒川惠市 所長インタビュー

Director Tsunekawa

この10月で、JICA研究所が設立されてからちょうど1年目を迎えました。

今回はこの節目に際し、JICA研究所のこれまでの取り組みや研究の進捗、さらに研究所設立以降に発生した国内外の政治・経済的な変容や国際協力の潮流の中で研究所に求められる役割・可能性などについて、恒川惠市JICA研究所長に話を聞きました。

5つの重点研究項目の設定と研究人材の充実化を図る

JICA研究所が設立されて1年が経過しましたが、これまでの取り組み状況などについてお聞かせください。

JICA研究所では、設立時に「平和と開発」「成長と貧困削減」「環境と開発および気候変動」「援助戦略」という4つの研究領域を設定し、研究活動をスタートさせました。

そしてこの1年、実際にさまざまな研究プロジェクトを進める、あるいは新たに採択していく中で、この4大領域それぞれの中で、特に内外からの要請を踏まえつつ重点的に取り組むべきものとして、「脆弱国家」「アフリカ開発」「ASEANの統合」「気候変動問題」「援助効果」という5つの研究項目を定めています。

現在JICA研究所では、この4大領域5大項目に沿って28の研究プロジェクトが進行していますが、実際のプロジェクト数はそれ以上になります。というのも、「開発途上国における気候変動適応策と緩和策の研究」や「事例に基づくキャパシティー・ディベロップメント(CD)アプローチの再検討」、「JICA事業の体系的なインパクト分析の手法開発」などの研究プロジェクトは複数のサブ・プロジェクトを含んでいるためで、こうしたものも含めれば、30を超える研究プロジェクトが進行していることになります。
研究の採択から外部研究者との契約、研究の実施と成果の審査・発信。こうした一連の流れをルーティン化していく道筋については、この一年間でだいぶ進んだと考えています。もちろん、まだ細かなところでは解決しなければならない課題も多く、試行錯誤の時期を完全に脱したということではありません。

こうした課題の中でも特に大きいのが、研究に適した人材の補強促進というものです。JICA研究所に在籍する研究員は、JICAの職員研究員と有期の研究員とを合わせても10数名しかいません。この人員で30以上の研究プロジェクトを支えているわけです。研究プロジェクトを行なっていく際には、外部の研究者や大学などの協力を得ながらチームを編成していますが、いぜんとして人材不足に悩まされています。国内のみならず、海外の大学や研究者などが参加する研究プロジェクトをコーディネートしていくこと一つ取ってみても、とても大変なことです。

しかし今年度から、任期付きではありますが、外部の研究者を迎え入れる制度を整備することができました。今年度の前半にはこの制度に沿って研究者の募集を行い、数名ほど採用する見通しが立ったのは明るい材料です。JICA研究所としては、今後とも海外からの研究員も含め、募集を随時続けていく計画です。研究プロジェクトそのものも増加していくことが期待されていますので、「ネットワーク型の研究」の一層のレベルアップも、継続して取り組んでいかなければならない優先課題であると考えています。

世界的なできごとへの対応と開発効果の分析手法

JICA研究所設立以降、サブプライム問題に端を発した金融・経済危機の問題や米国オバマ政権の誕生など、国際社会の政治・経済に大きな変化がありました。こうした変化が世界の援助潮流や日本のODAに与える影響について、どのように見ているのでしょうか。

まず経済危機について言えば、各国とも一応は底を脱しつつあるとはいわれていますが、OECD(経済開発協力機構)のDAC(開発援助委員会)諸国では財政赤字が膨らんでおり、将来的にODA支出が急速に増える状況にはありません。良くて頭打ち、あるいは減っていく可能性もあるのではないでしょうか。そうすると、限られたリソースをどう効果的かつ効率的に使っていくかということが重要になってきます。すでにJICA研究所でも援助効果が研究の重点項目の一つであることに触れましたが、世界的にもその潮流は加速していくと予測しています。

またオバマ政権の誕生というところでは、"スマートパワー"という言葉に象徴されるように、アメリカ自身が軍事的な対応から民生支援を重視する対応へと変化してきています。そうした中で、JICAが得意とする民生面でのODAというものの重要性は増していくと考えています。

政治的な変化でもう一つ言えば、日本の国内でも政権交代があり、民主党政権が誕生しましたが、その影響というのもあるのではないでしょうか。例えばアフガニスタンやパキスタンに対する支援については、これまで以上に民生面での支援に関心が集まってくるでしょう。特に紛争予防や平和構築支援で、日本はどのような支援ができるのかについて期待が高まっています。そうした意味では、JICA研究所としてもこの分野・課題に関する研究をより一層、拡充していくことが必要になってくるかもしれません。

国内外の政治・経済状況の変化を考えると、各国ともODAのリソースは限られていますが、民生支援としてのODAの重要性は増加していくという共通した流れにあり、そのギャップにどのように対応していくかが問われています。当然、援助の効果的運用を求める声が高まってくるでしょう。

ただ、ここで考えなければいけないのは、援助活動を行う目的は何なのかということです。目的が明確に理解されていてこそ、援助の効果について評価することが可能になります。JICAは「すべての人々が恩恵を受ける、ダイナミックな開発」(Inclusive and Dynamic Development)というビジョンを達成するために、気候変動や水、食料、感染症、公正な成長と貧困削減、途上国政府の統治・政策の改善、人間の安全保障についての理解といった課題に取り組んでいます。最終的には、JICA事業全体の効果を考えていく必要があります。

この開発効果というのは、例えば学校をいくつ建設したというように、短期的に効果を見ることができるものもありますが、先ほどのJICAが掲げるビジョンなどは、長期的な視点でその結果について分析する必要があります。現在先進国と呼ばれている国であっても、長い時間をかけて成長・発展してきたという歴史があります。

この事実は、JICA研究所にとっても難しい課題です。私は、近視眼的ではなく、10年先ぐらいの中期的な視点で効果を分析する手法を開発できればと考えています。

こうした観点から、現在JICA研究所では2つの方法で開発効果を見ていこうという研究が進んでいます。その一つがキャパシティー・ディベロップメント研究です。これは、人材育成や技術協力を通じて個人のキャパシティー(能力)を向上させるだけでなく、その能力を最大限に発揮しうる組織・コミュニティーのキャパシティー(能力)開発も含めて取り組んでいこうという考え方です。その言葉自体は、以前から使われてきましたが、これを体系的に比較して類型化・理論化を図り、さらにその効果を分析するといったことはこれまで十分に行われてきませんでした。そこに挑戦しようというのがこの研究で、現在、10以上のJICAプロジェクトを比較する形で進めています。

もう一つは、インパクト分析というものです。インパクト分析は、ミクロ経済学の手法を使って計量的に効果を測定しようというものですが、これはデータがそろっていないと分析できません。これまでは、必ずしもこうした観点からデータを収集していたわけではありませんでした。今後は、これから始めるプロジェクトについてはベースライン・データから、すでに終了しているプロジェクトについても、事後的なデータを収集する予定です。

新JICAでは、有償資金協力、無償資金協力、技術協力を一体化させた援助というものが可能になりました。こうした、これまでにない援助システムが、どのように実行されていくのかについて調査し、そのデータをまとめることができるのは、世界中でJICA研究所だけ、というと言い過ぎかもしれませんが、JICAとして取り組むべき研究であることは間違いありません。

高いレベルの研究成果の発信

具体的な研究成果が出てくるのはいつごろでしょうか。

「援助受入国から見たアジア新興ドナーのインパクト」という研究プロジェクトが最終段階に入っています。これは、中国、インド、タイ、韓国がカンボジアでどのような援助を行い、また、現地にどのようなインパクトをもたらしているかを調査するというものです。世界的にもユニークな研究で、これを英語で発信していけばかなり注目されるのではないかと期待しているところです。また、「インドネシア農村部における成長と貧困削減の実証研究」研究プロジェクトも第一フェーズが終了したところで、複数の論文が出版に向けて準備されつつあります。

さらに、JICA研究所の長期的な研究プロジェクトではありませんが、ノーベル経済学賞受賞者のジョセフ・スティグリッツ教授(米国コロンビア大学)が創設したIPD(Initiative for Policy Dialogue:政治的対話のためのイニシアティブ)アフリカ・タスクフォース会合というのがあり、毎年JICA研究所からも研究チームが参加しています。今年7月に南アフリカで開催されたIPD会合に向け、この研究チームが作成した論文の中から3つが、ワーキングペーパーとして提出されました。そのうち、ルワンダの内戦と土地所有についてのペーパーは、すでに9月に出版されています。

ワーキングペーパーをはじめとした研究成果は、ほぼすべて英語で発信していくことにしています。研究が日本語で出版されると、どうしても日本国内だけの評価にとどまってしまいます。英語であれば、世界的な評価を受けることになります。つまり、国際市場で通用する研究を目指すということです。

また研究成果のいくつかは、書籍として出版することを想定しているのですが、これは、海外の出版社から刊行したいと考えています。出版に値しない研究は取り扱ってもらえないわけですから、ここでも国際的な評価を受けることになります。ただ、JICA研究所としては、日本国内をまったく意識しないわけにもいきません。こうした国内向けとして、日本語のポリシーブリーフというものも併せて作っていこうと考えています。

JICA研究所では2年サイクルで研究プロジェクトを実施していますが、書籍を出版しようとすれば、そこからさらに8カ月程度の時間がかかってしまいます。こうした事情もあり、具体的に研究成果が本として出版されるまでにはまだ時間がかかりますが、現在その1冊目を出版する準備を始めました。

書籍の出版という点では、もう一つお知らせしたいことがあります。JICAがこれまで実施してきたプロジェクトの中で、日本のみなさんにぜひ知ってもらいたい、あるいは知ってもらう価値があるというプロジェクトを発掘して、日本語の書籍として出版しようという計画があります。もちろんJICA研究所から出すものですので、その内容は、学術的にしっかりしたものでなければなりません。しかし同時に、多くの人が楽しく読めるような内容にしていきたいと考えています。

これについても、2010年の前半に1冊目が出版できるよう、準備を進めているところです。この本は、南米のチリにサケの養殖が根付くまでの話です。チリと日本の若き養殖の専門家たちが度重なる困難を乗り越え、チリにおけるサケ養殖産業の基礎を築きました。当時の専門家や、カウンターパートからしか聞くことのできない記録も含め、この感動のプロセスを、わかりやすくまとめたものです。チリは、いまや、ノルウェーと並ぶサケ産業を発展させました。現在、日本に輸入されているサケの多くはチリからで、スーパーなどで「チリ産」の表示を見たことのある人も多いのではないでしょうか。

英語であれ日本語であれ、JICA研究所の出版物には内容の精査が求められます。簡単な調査に基づいて政策提言的な発表を行うことは簡単です。しかし、本当に問われるのは、研究の内容です。JICA研究所の研究成果を最大限活用するためには、そこに誠実に取り組み、高いレベルを維持していくことが重要だと思います。

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