インタビュー【JICA-RIフォーカス 第10号】 結城 貴子 研究員に聞く

2010.12.14

「イスラム女性」を開発の視点に—— JICA研究所 結城 貴子 研究員にインタビュー

Takako Yuki, JICA-RI Research Fellow

今年4月に開始された「イスラム紛争影響国における人的資本形成とジェンダー平等」研究プロジェクトについて、代表を務める結城貴子研究員に研究の意義や目的、期待される成果などについて話を聞きました。

研究プロジェクトの概要

「イスラム紛争影響国」「ジェンダー平等」「人的資本形成」といった研究テーマには、どのような背景があるのでしょう

2000年に国連で採択されたミレニアム開発目標(MDGs)では「ジェンダー平等の推進と女性の地位向上」が、その目標の一つに掲げられています。また、「極度の貧困と飢餓の撲滅」や「普遍的初等教育の達成」といった開発目標の中でも、ジェンダーの平等という視点が重要になってきます。他方、国際紛争や国内紛争は、持続的な開発や社会経済の発展に対する脅威となっているだけでなく、その結果生まれる経済社会的貧困が紛争の一因となっているという現実があります。

こうした背景から、1990年に世界教育フォーラムで決議された「万人のための教育(EFA:Education for All)」の重要性が、広く国際社会の中で再認識されるようになりました。男女を問わず、すべての人々に良質の教育を普及していくことは、社会における不平等感を是正し、対立や紛争要因を緩和するだけでなく、開発効果を高めることにつながるというのが、その基本的な考え方になっています。しかし、特に開発途上にあるイスラム諸国の女子の就学率は男子と比べると低い傾向があり、日本を含む国際社会が取り組まなければならない課題となっています。

今年4月に開始された「イスラム紛争影響国における人的資本形成とジェンダー平等」研究プロジェクトでは、こうしたイスラム諸国の中で最も貧しい国の一つであり、社会経済の状況が脆弱で、基礎教育の普及やジェンダー格差に大きな課題を抱えるイエメンを対象としたものです。本研究では、女子教育の普及を目指したイエメン政府の取り組みの進捗状況や問題点を検証し、"どのような政策がどのような条件下で機能しうるのか"といった問いに対し取り組むことになっています。

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現地調査で訪れたイエメンの小学校

開発途上にあるイスラム国家の中でも、パキスタンやバングラデシュなどは、ある程度研究の蓄積がある一方、イエメンなどアラビア語圏を対象とした研究は、語学の問題のほか、研究者が現地に入りづらいということもあり、これまで十分に研究されてこなかったという経緯があります。こうした点において本研究は、日本はもちろん国際社会にとっても、非常に有意義なものだと考えています。

具体的な研究内容をお聞かせください

イエメンの基礎教育課程における女子の就学率や全体に占める女子生徒の割合を見ると、国内格差が非常に大きくなっています。都市部と農村部ではもちろん、同じ農村部でも州や郡、そして学校間によって大きな格差があります。また、MDGsに向けた取り組みが強化された2000年以降でも、その進捗状況には大きな違いが見られます。そこで本研究プロジェクトでは、その要因を学校や村レベルにまで細分化し、探っていこうと考えています。

具体的には、次の3つをリサーチクエスチョンとして設定しています。

これらのリサーチクエスチョンを通じて、「脆弱なイスラム社会における教育機会の男女格差解消へ向けた開発努力は、広義のジェンダー平等に結び付くのか」、「脆弱なイスラム国家において、公立学校への投資は効果的なのか」といった、より一般的な問いに対する回答を導くことを目指しています。

研究の方法としては、イエメン政府が実施した年次教育調査や全国テストのデータなど、既存データの分析に加え、2州の村や学校で、質問票を用いた定量的な調査に加え、インタビューによる定性的な調査を実施する計画です。

JICA事業との連携

本研究をJICA研究所で実施する優位性をどのように感じていますか

JICAは、イエメンで2005年から08年にかけ「女子教育向上計画(BRIDGE:Broadening Regional Initiative for Developing Girls Education)」を実施しました。このプロジェクトは、全体として就学率の向上と女子の待遇改善に大きく貢献した一方で、その効果は対象となった郡や学校によって差異がありました。

本研究プロジェクトの問題意識は、まさしくJICAの技術プロジェクトの"残された課題"に対する回答を導き出そうというもので、その際には、同プロジェクトを通じて蓄積された貴重なデータを活用していくだけでなく、現在実施されているBRIDGEのフェーズ2と連携する形で進められています。そうすることで研究に必要なデータ収集が効率的に行えるほか、研究の成果をプロジェクトにフィードバックしていくことが可能になります。

また、本研究を実施して行く中で、JICA内のイエメンを担当する中東・欧州部、現地支所、さらに教育分野を担当する人間開発部とも連携していくことで、より広範な情報が得られるほか、他の地域間格差を抱える国にも研究の成果をフィードバックし、JICAの支援戦略にも貢献していける可能性が広がるものと期待しているところです。

こうしたJICAの実務と研究の連携の優位性は、すでに形となって現れています。例えば、本研究の分担者としてイエメンの教育大臣アドバイザーが参画しているのですが、これは、これまでJICAが同国に対して協力を行ってきた実績、それを通じて構築された信頼関係があったからこそだといえます。また、今年7月に現地を訪れた際には、教育省や統計省などでの情報収集のみならず、BRIDGEプロジェクトの対象となっている学校やコミュニティーの関係者らへインタビューするなど、今後の現地調査の枠組みを検討するにあたり、大きな成果を収めることができました。

研究を実施していく上で、こうしたJICAの実務関係者や現地のBRIDGEプロジェクトの関係者、イエメン政府関係者に直接的なパイプがあるということは、他の研究機関にはない、とても大きな強みになっています。

今後の研究スケジュールについて教えてください

本研究プロジェクトは今年4月に開始されたばかりですが、初年度に当たる現在、アラビア語で実施する予定の調査枠組みの詳細を検討している段階です。それを基本に、現地の研究機関とともに詳細な質問票を作成しつつ、調査対象となる学校や村などの選定を進めていきます。そして来年2月中旬から4月初旬にかけ、現在、BRIDGEプロジェクトのフェーズ2が実施されているタイズ州とダマール州内の調査対象校で生徒の算数学力テストを行うほか、生徒や校長・教員らのジェンダーに対する意識調査を実施することになっています。また、一部の対象校では、その近隣村にも調査の対象を広げていきたいと考えています。

来年末までには、そこで得られたデータの入力や確認作業を終え、村調査のフォローや学校を対象とした調査およびその結果を分析し、その後、本研究プロジェクトの成果全体を論文として取りまとめていく計画になっています。イエメンの内政や治安状況によっては、研究活動の時期や範囲に変更が生じてくる可能性もありますが、現地のJICA関係者やイエメン政府関係者らと連携を図り、効果的・効率的に研究を実施していきたいと考えています。

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