インタビュー【JICA-RIフォーカス 第9号】花谷厚上席研究員に聞く

2010.07.13

アフリカ村落給水システムの持続的利用を目指して——JICA研究所 花谷 厚 上席研究員にインタビュー

「アフリカの村落給水組織と協調的地域社会形成に関する研究」プロジェクトの代表を務める花谷厚上席研究員は、昨年9月から12月までの約3カ月間、現地調査を実施しています。今回は同研究の目的や意義に加え、その現地調査の内容などについて話を聞きました。

研究プロジェクトの概要

今なぜ、アフリカの水問題なのでしょう

水問題は、2000年に国連で採択されたミレニアム開発目標(MDGs)の中でも「2015年までに安全な飲料水と基礎的な衛生設備を継続的に利用できない人々の割合を半減させる」(ゴール7/ターゲットC)ことが掲げられており、国際社会が一丸となって取り組まなければならない開発課題の一つになっています。その中でも特に、サブサハラ・アフリカは世界で最も安全な水を使用できる人の割合が低い地域であり、「国連ミレニアム開発目標報告2009」によれば、全人口の54パーセントもの人々が衛生状態の悪い非改良水源に頼っているのが現状です。

世界のドナーは、水・衛生分野の援助資源全体の約25パーセントをアフリカに投入し、ハンドポンプ付き井戸などの給水施設整備を支援してきました。しかし、スイスに本部があるRWSN(Rural Water Supply Network:村落給水ネットワーク)の調査では、国や地域によってはその30パーセントから40パーセント程度が維持管理されずに放置され、もともと使っていた非改良水源に戻ってしまっているという結果が報告されています。「安全な水を」という取り組みが進んでいない背景の一つとして、このような維持管理の問題があるのです。

給水施設にかぎらず、昔から供与された施設の持続性をどのように確保していくのかということは、大きな問題でした。そのために大規模な施設から小規模な施設への転換、住民参加型開発の重視、受益者負担原則の採用、さらには民営化などさまざまな取り組みが行われてきたと思います。しかし先ほどの調査報告でも分かるとおり、アフリカでは人々の生活に不可欠と思われる給水施設一つをとってみても、持続的利用や維持管理の問題はあまり改善していないのが現状ではないでしょうか。

最近はJICAでも、給水施設の維持管理の適正化を目的としたプロジェクトも実施され、さまざまな成果や教訓が報告されています。しかしその成果を、なぜ人々が維持管理活動に協力的であったり、また逆に非協力的であったりするのかを客観的に分析するという試みは、十分には行われてこなかったと感じています。JICAに研究所が設置されたこの機会をとらえて、現場の経験を研究という枠組みの中で検討していくことが重要だと思います。

「どうしたら住民による持続可能な給水施設管理ができるのか」。こうした問いに対する回答をわれわれが研究し、その成果を今後のJICA事業はもちろん、世界のドナーコミュニティーへフィードバックしていくことが、「アフリカの村落給水組織と協調的地域社会形成に関する研究」プロジェクトに課せられたテーマなのです。

現地調査の成果とJICA事業へのフィードバック

アフリカで現地調査を行ったと聞いていますが、簡単にその目的などお聞かせください

昨年の9月から12月までの約3カ月間、セネガルのタンバクンダ州にある4つの村を対象に、現地調査を行いました。大まかな目的は、現地で使われているハンドポンプ式と動力式の給水施設について、村の社会・経済的特性、人々の間の社会関係、水の賦存状況、施設の利用・維持管理状況、利用者のルール順守状況などを把握することでした。

調査ではセネガル全土を対象とした量的調査も行いましたが、私が直接調査した村では、利用者間の関係性や行動を決定する要因を明らかにしていくために、定性調査、つまり村人に対する聞き取りに重点を置いた調査を行いました。その中でわれわれは、まずは人々の暮らしの中でさまざまな水源が目的別にどのように選択されているか、そして給水施設から得られる水にどのような価値を与えているかを把握することから始めています。

さらに聞き取り調査の中では、村人の間にある社会関係にも注目しました。一般にアフリカの村では「コミュニティー」が存在し、村人が助け合って暮らしているように思われていますが、これは給水施設の維持管理についても当てはまるのか、社会の中にどのような分断や格差の可能性があるのかについても調べてみようと思ったのです。そこでは、その村の“現在”だけでなく、可能な範囲で“過去”にも注目することが重要だということに気付かされました。村には何十年、何百年という歴史があり、その中で形成された人々の考え方や関係性というものも理解しなければ、正確な状況というものは把握できないのです。

community water point.JPG

タンバクンダ州コアール村の共同水栓

現地調査で見えてきたことは

当たり前のことかもしれませんが、政府やドナーが提供する「安全な水」が利用者にとっていつも価値ある水であるとはかぎらないということがあります。村人も聞かれれば「安全な水は必要だ」と言うのですが、実際に利用者は、目的ごとに経済的、社会的便益やコストなど考えながら、複数の水源を使い分けているというのが現状です。

「安全な水」の利用にはコストが掛かるのですが、そのコストを上回るだけの便益を何に見いだすか、というのは使う人によりさまざまな組み合わせがあると思います。「安全な水」の利用から得られる「水因性疾患罹患費用節約便益」を重視する人もいれば、「水運搬労働節約便益」を重視する人、また、水くみの際に起こる女性同士の争いを回避したいという「社会的費用節約便益」や、水の味や泡立ちなどの使用感といった「嗜好」を重視する人など、実にさまざまです。研究では、主に給水施設の管理の問題に着目しているのですが、それ以前の問題として、給水施設やそこから提供される水を利用するかという問題があり、それによって管理へのかかわり方にも違いが出てくるのです。

もう一つは、われわれが外から思っているほど、村やコミュニティーの中で規範(ルール)の共有や相互のコミュニケーションがあるわけではないということです。セネガルの村には、公式には村長や長老による伝統的意思決定機関はありますが、同時にエスニック・グループ、クラン、カレと呼ばれる居住集団、その中の個々の世帯といったさまざまな集団単位がそれぞれの秩序を持って存在しています。もちろん相互依存関係もありますが、そうした集団が互いに民族的・宗教的対立感情、通婚規制など、さまざまな対立軸を内包しているようです。

このような中で、人々が協力して給水施設を維持管理していくために必要な要件を考えた場合、お互いの協力ということについていえば、他の人が費用を負担しているという確信がなければ、自分も「ただ乗り」した方がよいと思うのはどこでも同じです。したがって、給水施設の維持管理費用負担に関して相互に信頼できるかどうかということや、違反者を罰するような秩序が維持されているかが重要になってきます。しかし、現実にはそのような関係がどこにでもあるわけではないということが見えてきました。

本研究がJICA事業に対してどのような効果をもたらすのでしょうか

援助事業において、給水施設の住民管理組織の機能強化を支援する場合、われわれは住民参加、衛生観念の啓発、技術的訓練の付与(機会面・組織経営面)、リーダーシップ強化などを重視してきましたが、今回の調査結果を踏まえれば、利用者の水に対する費用・便益意識や利用者相互の関係などを理解し、事業の計画や設計、組織強化支援の方策に取り込んでいくことも必要ではないかと思います。さまざまな情報を理解し分析する枠組みを明確にすることで、それをより有効に活用し、効果的なプロジェクトが実施できるようになるのではないでしょうか。

研究のための研究ではなく、開発に関するさまざまな問題を実際に解消・軽減していく力を持っているのがJICA研究所の強みであり、またその意義だと考えています。だからこそ、今後もJICA事業サイドとの連携を通じて、現実的に役立つ研究成果というものを積み上げていきたいと思っています。

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