jica 独立行政法人 国際協力機構 jica 独立行政法人 国際協力機構

インタビュー【JICA-RIフォーカス 第14号】藤田安男 上席研究員に聞く

2011.06.06

実務者の"視点"に立った分析に努める——藤田安男 上席研究員が語るCD研究のアプローチ

JICA研究所は、今年1月、ワーキングペーパー「What Makes the Bangladesh Department(LGED) So Effective?Complementarity between LGED Capacity and Donor Capacity Development Support」(バングラデシュの地方行政技術局“LGED”が効率的な要因と何か)を発表し、この4月には研究にあたった藤田安男上席研究員が現地へのフィードバックのためバングラデシュを訪ねました。今回の研究は、藤田氏の2年間にわたる現地駐在が背景になっており、開発援助実務の視点に基づいた研究としてその内容が注目されています。実務者としての研究アプローチなど、研究活動の背景を藤田上席研究員に聞きました。

あくまでも実務者の“視点”に立脚して

藤田研究員は新JICA統合前後にダッカに駐在されていますが、バングラデシュ地方行政技術局(LGED)の効率的な運営に関心を持たれたのも、やはり現地での業務を通してということでしょうか。

2007年4月から09年3月までバングラデシュに駐在し、主に円借款事業の案件監理業務などを担当しました。バングラデシュの政府機関といえば、行政運営の非効率を連想される方が多いのではないかと思いますが、LGEDは対照的です。例えば、年度初めに策定する実施計画に対する履行能力が非常に高いなど、プロジェクト実施の遅れが他の機関に比べ、とにかく少ない。日常の業務においても意思決定が的確で早く、個々の職員のスキル、例えば書類作成のスピードや内容の信頼性、プレゼンテーションなど、やはり他機関の職員に比べ一段高いものがある。個々の職員の能力という側面に加え、ひと言で言えば「クイック・レスポンス」ということが組織的に非常に徹底されているという印象を常々持っていました。

米国の経営コンサルタントやビジネススクールの研究者は、長期的に業績の良い民間企業に焦点を当て「なぜ、優秀であり続けるのか」という要因の分析を行ってきました。それらの企業はエクセレント・カンパニー、ビジョナリー・カンパニーなどと呼ばれています。開発途上国の政府機関に関しては、近年、「ポケット・オブ・エクセレンス」に関する議論が深まりつつあります。これは、ガバナンスの良くない国であっても1つか2つ効率性の高い行政組織があるという考え方で、実態調査などを通してそのような組織が生まれる要因の分析が試みられています。そこで私は開発援助実務者の立場から、LGEDという組織が「なぜ、効率的に運営されているのか」、その要因を包括的に研究してみようと思ったわけです。

研究に当たって留意したことはどのようなことですか。

研究所に来て2年になりますが、今回の研究に限らず、常に意識していることは実務者の視点を持ち続けることです。具体的には、第1に、現場の実務を通して知ったこと、考えたことを可能な限り理論と数値で分析していこうという姿勢です。開発経済学を専門としておられる大学の研究者の方々は、最新のアカデミックな理論や実証研究の知見をもとに、開発援助事業の研究・分析を行なうというというのが主流だと思います。しかし、誤解を恐れずに言えば、JICA職員としての私の立ち位置は、ある意味で順序が逆で、実務を通して知ったことからスタートして、その分析に適した理論や手法を有効に取り入れ、事業の効果等を理論的に分析、説明することに留意しています。今回の研究では、経営理論及び組織理論に基づいて分析しました。

第2は、研究成果の開発援助実務への貢献です。今回のケースで言えば、今後のLGEDの強化、他の行政機関の経営改善や組織改革、JICAによる支援に取り入れていただくことを目指して、説得性の高い分析を行うことを心がけました。実際、LGEDは今年初めから大規模な組織改革を政府と協議中であり、このワーキングペーパーをサポート材料として使っているとのことでした。

理論的な裏づけに努める

研究手法としては、どのような形態をとられましたか。

研究手法は、主に、LGEDのトップ及び上層部、世銀・ADB現地事務所へのインタビュー、ドナーのテクニカルアシスタンスや事後評価レポートなど文献レビューです。バングラデシュに駐在した2年間、案件監理業務を通じて、LGEDのトップから、円借款事業のプロジェクト・ディレクター、地方で仕事するエンジニアともコミュニケーションがありましたので、それも背景知識として生かしました。必ずしも十分整理されてこなかったLGEDの効率性を示す事実関係を、経営理論・組織理論によって裏づけを与える作業を行ったわけです。これまでもLGEDの優れた点を取り入れて他の政府機関の運営を改善すべきとの提案がなされてきたのですが、その優れた点を体系立てかつ踏み込んで分析することを目指しました。

例えば、LGED本部ビルは集約され、他政府機関に比べると執務環境やIT設備も優れています。LGEDの特徴の一つは、この本部ビルで、LGED職員と外部コンサルタントも渾然一体となって仕事をしており、組織構造論からは、コミュニケーション・コストを下げる効果があります。また、優れた職務環境とIT設備は、組織行動論からは、職員のモチベーションも効率性も上げていると考えられます。つまり、本部のオフィスが一箇所に統合されているという現象が大事なのではなく、それがもたらしている効果を分析することに意味があると考えています。こう考えると、統合された本部ビルが整備できない場合でも、効率性を上げるためには、コミュニケーション・コストを下げる別の方法をとればよいことになります。

言うまでもなく、LGEDの場合には、創設者であるQuamrul Islam Siddique局長(故人)の功績が見逃せません。この方はLGEDという組織の“設計者”であり、スリムな本部組織、地方事務所への大幅な権限委譲など、組織の方向性を明確に打ち出された方です。また、日本にも度々来られ、筑波にある農村開発センターを見学した際、このようなワンストップのセンターの有用性を確信され、のちにJICAの技術協力プロジェクトと円借款を活用して本部ビルの一部である「農村開発技術センター」設立にも尽力されました。

分権化を促した組織特性

Siddique局長の組織運営の考え方、基本運営方針が効果的に引き継がれているようですね。

その“引き継がれている”というところが非常に重要だと捉えています。カリスマ的なリーダーがいても、その考え、行ったことなどが引き継がれないとしたら、まさに一過性で終わってしまいます。LGEDの優れているところは、積み重ねられたグッド・プラクティスがフォーマルな制度や組織文化となって継承されていることです。職員が地方の現場や本部で経験を積み上げながら、ポストを上っていく過程で組織文化が継承されています。また、LGEDではトップ及び上層部が内部人事から登用されてきた点も、組織文化がスムーズに継承されている要因です。なお、ワーキングペーパーを取りまとめる時に強く意識したのは、Siddique氏の功績は十分評価しつつも、リーダーとして何を行ったのかに焦点を絞り、それらを出来るだけ丁寧に分解していったことです。そのようにしなければ、「優れたリーダーが必要」という結論になってしまって、今後この組織を担っていく職員、バングラデシュの他の組織にとってあまり参考にならないでしょう。

本部権限の委譲、すなわち分権化も非常にうまく進んでいますね。

スリムな本部機構と大幅な地方事務所への権限委譲は、LGEDの特徴であり、迅速な事業実施を可能にしている要因の一つです。LGEDのもとになった組織は1960年代につくられ、貧困削減のための持続的農村開発を実施する役割を担ってきました。大小河川で分断された移動が困難な農村部で、インターネットはもちろん携帯電話もなかった時代から、プロジェクトを実施してきたわけです。このような交通や通信の制約下で、迅速に事業を執行するためには、必然的に分権化せざるを得なかったという背景がまずあると思います。また、分権化を進めやすかったのは、LGEDが整備する農村インフラは規模も小さく、スタンダード化できるものがほとんどであり、仮に一つ二つ失敗したとしても組織全体の命運に大きな影響を及ぼすようなリスクはきわめて小さかった、という要因もあったと思います。こういう業務内容の場合には、組織構造論からは、本部で全て取り仕切るよりも、方針や手続などを明確化したうえで思い切って地方事務所に権限委譲したほうが事業はスピーディーに進みます。このような点を踏まえて、LGED自身が組織を設計し実践していったわけです。ここは非常に重要な点だと考えています。

バングラデシュには、全国レベルでの事業、農村での事業を所管している行政機関がいくつかありますが、組織運営がうまくいっていない、権限委譲が効果的に進んでいないといった問題を抱えています。そうした機関は、もちろん単純な模倣は出来ませんが、LGEDの経験、運営手法から学べる点が数多くあると思います。

本ワーキングペーパーの今後の活用について期待されるところは?

経営理論・組織理論の標準的なフレームワークに基いて、体系的に取りまとめることに留意したので、他の組織の分析にも参考にしていただけると考えています。なお、本事例は、LGEDとドナー支援の相乗効果の成果でもあり、またJICAを含めた複数ドナーが協調してキャパシティ・デベロップメントを行った成功事例でもあります。そういう点も興味深いケースです。

この4月には現地でLGED職員にワーキングペーパーの内容をフィードバックしてきました。
LGEDのWahidur Rhaman局長は、本ワーキングペーパーでのバランスのとれた分析に感謝するとともに、組織内の職員に目を通すよう指示し、関係するバングラデシュ政府や援助機関の職員にこのペーパーを配布したとのことです。また、LGEDのニューズレターの中でも研究成果が詳しく取り上げられるなど、彼らにとって非常に参考になる研究ができたのではないか、と思っています。

一方、組織文化の継承方法や組織の知識基盤(ナレッジベース)の弱体化など、組織の将来に対する職員の危機感も指摘されました。例えば、知識基盤について言えば、海外留学が殆ど行われなくなり先端知識の吸収が困難になっている、外部コンサルタントへの依存度が高いためLGEDに知識が残りにくいといった点です。職員の能力強化を通した知識基盤の強化が大切になっていると思いますので、JICAや他のドナーの支援を検討してはどうか、と考えています。また、現在進行しているLGEDへの技術協力プロジェクトは今年で終了予定ですが、その後続案件が検討されるのであれば、このワーキングペーパーを参考にして頂けたらと思います。

\SNSでシェア!/

  • X (Twitter)
  • linkedIn
トピックス一覧

RECOMMENDこの記事と同じタグのコンテンツ