インタビュー【JICA-RIフォーカス 第26号】 小田島健上席研究員に聞く

2014.02.24

小田島健上席研究員に聞く

小田島上席研究員は、国際協力銀行(JBIC)や海外経済協力基金(OECF)の調査部門で、途上国における開発政策などを含めた経済研究を行った後、一橋大学の経済学研究科で、准教授として教鞭を取った経験があります。同大学では、地域研究としてベトナムの経済をテーマにしたクラスを担当していました。

現在は、JICA研究所にて、カンボジアのドル化に焦点をあてた「カンボジアにおける自国通貨利用促進に関する実証研究」に携わっています。ドル化とは、自国通貨に代わってドルなどの国際的に信認の高い通貨が広く使用されたり保有されたりすることです。カンボジアにおいては、自国通貨(リエル)への信認が低いため、米ドルの使用や保有が一般的であり、タイ・バーツやベトナム・ドンも使われています。ドル化比率について、流通する外貨現金の量を把握することが難しいので、自国通貨現金、自国通貨預金そして外貨預金の合計(M2)に対する外貨預金の比率でみます。2011年末時点でカンボジアの同比率は80.9%、(同ラオス44.8%、ベトナム17.2%)となっており、実に預金の97.2%が外貨預金となっています。

今回は、カンボジアでなぜこのような極端なドル化経済が続いているのか、研究の背景や目的を中心に聞きました。

本研究に至るまでの背景と研究の目的についてご説明いただけますか。

まず、カンボジアの取引通貨の現状についてお話しします。同国では、中央銀行が存在し、リエルという法定通貨が発行されていますが、ドル紙幣が主に使われていて、都市部では特にリエルは5ドル程度以下の少額な取引でしか用いられていないという特徴があります。自国通貨はいわば補助貨幣的な役回りしかしていません。従って、従業員の給料はほとんどがドル払い、また海外との決済はもちろんのこと、国内の企業間取引もドルで行われており、経済活動のほとんどの局面でドルが使用されています。

自国の通貨リエルの硬貨も存在していますが、国民には不人気とも言われ、まれにしか使われていません。例を挙げると、5ドル以上の商品を購入する場合、基本的にドル建てで行われ、お釣りはリエル紙幣で戻ってくるか、リエルでのお釣りを断る人は、端数四捨五入や切り捨てを容認するか、あるいはキャンディなどの物品で補われることになります。ドルで表示されている場合、おそらく計算やお釣りの都合上、1ドル未満の単位はクオーターずつの単位となっています。中央銀行は自国通貨の利用促進に向けた施策の一環として、1ドルや5ドルといった少額ドル紙幣を回収し、より高額なリエル紙幣の発行を実施しました。しかし、実際に少額ドル紙幣を回収しても、一向に減らなかったそうです。輸出や観光のほか様々なルートでドル紙幣は流入しており、またリエルの高額紙幣を発行しても国民が使わないので、自国通貨利用促進に結び付かないようです。

一般的に、経済運営に失敗して極度なインフレが起こった場合、自国通貨からドルなどの信認の高い通貨へのシフトが見られます。インフレによって保有する自国通貨建て預金などの資産の価値が著しく下落することを避けるためです。この現象は中南米諸国や移行国、あるいは復興中のイラクあるいは東ティモールでも見られます。しかし、カンボジアの場合、経済が安定した成長を続ける中で、物価も、リエルの対ドルレートも安定しているにも関わらずドル化が進展しているのは、他国とは異なる要因があるかもしれません。

通貨の使用という面に着目すると、カンボジアでのドル化の理由が見られるかもしれません。労働者は給料をドルでもらいドルで生活費を払い、企業は取引相手側がドルを要求するため売上も仕入れもドルで行うことを考えると、ドルを使う方が便利であり、より良い条件で契約できるわけです。国民も日常生活でドルを使うことに慣れているので、ドルが普及すればするほどドルを前提としたシステムや制度が確立・拡大され、あえてリエルを使うとコストが高くなってしまうのです。つまり、お金の流れの中で、ドルを使う仕組みができてしまっているのではないでしょうか。

カンボジアのドル化を考える場合、考慮しなければならない歴史的な背景があります。1975年から1980年までの間のクメール・ルージュ時代、貨幣と銀行制度が廃止されました。1980年にリエルが再導入されましたが、クメール・ルージュ下の経験から人々はこれを受け入れず、むしろドル、金、米を使いました。長い内戦を経て1992年に国際連合カンボジア暫定統治機構(UNTAC)によって多量のドルが持ち込まれ、ドルの流通を前提に内戦後の経済再建や金融システムの再構築が進みました。

二国間援助機関であるJICAでは、被援助国の抱える問題を研究することに焦点を当てていますが、この件も自国通貨が利用される仕組みを作っていきたいので協力してほしいと、カンボジア中央銀行からJICAカンボジア事務所に対して要請がありました。企業取引から庶民生活まで、なぜ極端なドル化が起こっているのか、なぜ脱ドル化の兆しが見えないのかを包括的に研究することは興味深いテーマだと思いました。2013年4月から関係者との協議を始め、JICA研究所において本研究を開始しました。

研究方法と研究体制について

本研究は、JICA研究所が中心となり、一橋大学の奥田英信経済学研究科教授、そしてカンボジア中央銀行のKhou Vouthy研究・国際協力部門長を始めとした同銀行の若手7名からなるチームと共同で実施しています。

本研究の狙いは、家計、企業、金融機関を対象に、資金調達などの様々な経済取引の局面で、どの通貨を使用しているのかを3回(年1回のペース)のサーベイによりマイクロ・データを収集してパネル分析を行うことになっています。日本、カンボジア、AMRO(ASEAN+3マクロ経済リサーチオフィス)との協力体制でデータを収集し、そのデータに基づきどのような動機で通貨を選択しているのか、なぜ脱ドル化の兆しがみられないのかなどの要因を探ります。AMROは、2013年の6月から8月にかけてデータ収集を1回実施していますが、本研究では、サーベイ対象・回数の点で拡張する予定です。
カンボジア中央銀行は、2013年4月に自国通貨利用促進のロードマップを作成しましたが、その中で、先に述べた領域(家計、企業、金融機関)を対象にアクションプランを作成しています。このプランに沿いリエル利用を順調に拡大すべく、研究を進める予定です。

研究成果の活用とその後の予定

本研究の成果は、順次研究所のワーキング—ペーパーとして発表する予定です。また、カンボジア国民に対する広報活動としての国内ワークショップや国際機関とのワークショップ開催なども念頭に入れています。
自国通貨利用促進は、10年単位の息の長い政策となると言われています。本研究終了後も中央銀行の研究チームがサーベイを継続し、政策効果をモニタリングしながら、フォローアップを行っていくことになっています。

最後に

世の中に面白いことは溢れていると思うので、「なぜそうなのか」と考えることは、大切です。研究でもなんでもそうですが、先ず、「なぜ」と問いかけることから始まると思います。一般的に信じられていることでも、今一度なぜかと問いかけることから、その背景とか原因を調査することは楽しみになるのでないでしょうか。

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