インタビュー【JICA-RIフォーカス 第29号】畝伊智朗所長に聞く

2014.11.14

畝伊智朗所長に聞く

2014年10月、JICA研究所の新しい所長に畝伊智朗が就任しました。畝所長が研究所の活動の柱の一つとして挙げる「人間の安全保障」の考え方、研究所の持つ強みや課題、そして今後の取り組みについて、話を聞きました。

所長は就任にあたり、研究所の取り組みを強化していく上で重要となる考えとして「人間の安全保障」を挙げられていますが、その理由をお聞かせください。

「人間の安全保障」という考え方は、人間一人ひとりに着目し、生存や尊厳に対する広範かつ深刻な脅威から彼らを守り、各々の持つ豊かな可能性を実現するために、彼らの保護と能力強化を促す考え方です。過去には戦争は「国家」対「国家」のものでしたが、現代における紛争の要因やアクターは多様化しています。国内紛争や、国境を越えた紛争、テロリズムなど、「国家」が必ずしも機能しない局面にあって、人間一人ひとりの安全をどう保障するのか。市井の人々が普通の生活を営むこと、平和の定着無くして開発は実現しません。その意味で「人間の安全保障」は開発実務者にとって非常に重要なものです。

私自身がこのように考えるようになった原体験は、1993年のルワンダにあります。1994年の虐殺の直前、当時ケニア事務所に勤務していた私は、キガリのJOCV事務所を閉鎖するオペレーションに従事しました。外国人居住区では連日暗殺が発生、いつどこで死んでもおかしくないという緊張感ある現場で日本人は私を含めて2人。開発に携わる身としてこの時ほど「平和」の重要性を強く感じたことはありません。人間一人ひとりが安心して生活することが出来る世界を作る必要がある、それが開発のベースであると考えるようになりました。研究所は「人間の安全保障」という考え方をしっかりと踏まえた上で研究を行い、それを事業に反映してもらう必要があると考えています。

これまでの実務での経験なども踏まえ、研究所の強みや特徴についてどのようにお考えですか。

私はこれまでに、経済開発協力機構(Organisation for Economic Co-operation and Development: OECD)等の外部の組織で勤務した経験がありますが、JICAの強みは、「事業の現場を持っている実施機関であり、データに基づいた議論が出来る」ということです。例えば、OECDに勤務していた当時、援助の調和化をめぐる国際場裏では、プロジェクトベースの支援から一般財政支援に移行すべきという議論が盛り上がっていました。しかし、この議論は必ずしも一般財政支援がより効果的であるというエビデンス(事実)に基づいて行われていた訳ではなく、いわば「机上の政策論争」でもありました。一方で、エビデンスなく日本の開発支援の効果を主張しても、説得力は無い。すなわち、現場を持ち、かつ実施機関であるというJICAの特性を100%活かし、現場で働く実務家と研究者が共同で研究を進めることで得た成果をエビデンスとして示し、国内外の場で積極的に発信していくことが重要です。そうすることで実効性のある開発について、建設的な議論を展開していくことが出来るでしょう。そのエビデンスを学術的な裏付けをもって提供できることが、研究所の最大の強みであると考えます。

また、国内外の研究者と共にJICAの取組について再考するプラットフォームとしての役割も重要です。例えば、ODA60周年を機に実施している「ポスト2015へ向けた日本の開発援助の再評価」プロジェクトでは、これまでのJICA事業を今一度振り返り、知見を集約する格好の機会を提供しています。この知見を大いに活かしてもらいたい。これはJICA事業に有益なことです。

今後研究所が取り組むべき課題は何でしょうか。

JICA研究所では、研究のための研究は必要ありません。事業の現場にいるJICAの実務者にとって役に立つ研究を行うことが最も重要な課題だと思います。研究結果がJICAの実務に役立つということは、日本政府、相手国政府や他の国際機関、開発コンサルタントやNGO関係者など、開発に従事する幅広い人々にとっても役に立つということです。例えば、JICA事業の成果を定性的に定量的に示すなど、今後も「現場に根づいた」研究を実施していきたいと考えています。

また、日本型協力の真髄やJICAの行う協力の良さを解き明かす研究をすべきだと考えています。日本型協力の成功の裏には、経営学者野中郁次郎が言うところの「暗黙知」が存在する。これを、学術的な裏付けでもって、第三者がわかるものに整理したいと考えています。さらには、研究者のみならず、一般の人々に理解が広がるよう発信することにも力を入れたい。例えば、これまで研究所が行ってきたそのような取組の一つに、JICAの開発現場での経験を長期的・多面的にまとめた「プロジェクト・ヒストリー」の発刊があります。案件の報告書では読み取れない貴重な証言は、歴史的な価値もあり、さらに充実を図っていきたいと考えます。

最初に触れましたとおり、私は「人間の安全保障」を重視しています。開発、平和構築、安全保障と外交という三極の関係において、開発が何をすべきか、何ができるのか。「人間の安全保障」の概念をしっかりと踏まえつつ、JICAだからこそできる支援を行っていく。そしてその成果を研究によるエビデンスとともに発信し、一つでも二つでも世に問うて、建設的な議論を行い、さらに事業にフィードバックしていく。このようなサイクルを実現し、JICA職員が誇りを持って仕事に励むことが出来るように、研究所の活動を盛り上げていきたいと思います。

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