インタビュー【JICA-RIフォーカス第30号】北野尚宏副所長に聞く

2015.01.22

北野尚宏副所長に聞く

Deputy Director Naohiro Kitano

研究所では、新興国ドナーによる援助を対象とした研究プロジェクト「開発協力戦略の比較研究:G20新興国を中心として」を実施しています。今回は、本研究の代表者を務める北野副所長に、開発援助を取り巻く変化や、今後日本の政府開発援助(ODA)が果たしていくべき役割について話を聞きました。

まず、新興国ドナーを対象とした研究プロジェクトのねらいや、その具体的な内容について教えてください。

近年、開発援助を取り巻く環境は劇的に変化しており、ODAが果たす役割は大きく変わりつつあります。例えば、先進国から途上国への資金の流れを見ると、海外直接投資が47%、海外送金21%と民間資金が約7割を占めていますが、これに比較し、ODAは17%(OECD 2011)と限定的です。しかもこの割合は2002年の28%と比べると相対的に減少しています。また、ドナーも多様化しており、いわゆる伝統的なドナーであるOECD DAC(経済協力開発機構開発援助委員会)加盟国に加えて、中国をはじめとする新興国が台頭してきています。後で触れる研究所の推計では、中国の対外援助量は近年急速に増加し、DAC加盟諸国との比較では5位のフランスに次いでおり、アジアインフラ投資銀行(AIIB)設立のイニシアティブをとるといった動きも見られます。

こういった変化を踏まえてODAが果たすべき役割を考えていくには、新興国援助の多様な実態、DAC加盟国による援助との比較、新興国の開発援助が途上国に与える影響などをしっかりと分析していくことが必要です。DAC事務局は加盟国の援助統計データを毎年公表していますが、新興国の援助データはあまり明らかになっていません。このため、本研究においてはまず、その援助の実態に迫ろうとしています。

2014年6月に中国の対外援助に関するワーキングペーパー『Estimating China’s Foreign Aid 2001-2013』を、原田幸憲研究助手との共著により刊行しました。これは、DACの定めるODAの定義に準じて比較可能な形で、中国の対外援助を推計したものです。このような基本的な情報の分析は、国際的ニーズも高く、研究成果に対する評価も得られました。研究プロジェクトではこのほかにも、援助受入国側からみた中国の資金協力の影響、インドの民主化支援、インドネシアの三角協力、さらには途上国から途上国への開発知識の創造・伝搬などのテーマに取り組んでいます。

また、新興国研究に力を入れているドイツ開発研究所(DIE)との連携など、海外、特に途上国からの研究者や研究機関との交流を図っていきたいと考えています。JICA研究所がある市ヶ谷が、世界の研究者のたまり場となって、新しい援助潮流を発信していく、研究所がそのプラットフォームとしての役割を果たしていけるようにしたいと考えています。

日本のODAは今後、どのような役割を果たしていくべきだと考えますか?

日本のODAには、「触媒(カタリスト)」としての役割が期待されると考えます。ODAによる直接的な資金や技術の移転だけにとどまらず、「触媒」として、民間セクターや市民社会を動員し、途上国の社会変容をより効果的に促すことができると思います。

JICAが「触媒」の役割を果たした例として、例えばパキスタンにおけるポリオ撲滅が挙げられます。このケースでは、JICAはパキスタン政府に対して円借款による融資を行っていますが、パキスタン政府がポリオ根絶の事業で一定の成果を出すことができれば、ビル&メリンダ・ゲイツ財団がパキスタン政府に代わって日本政府に債務を返済する「ローン・コンバージョン」という革新的な手法を用いて、官民連携による支援を実現しています。また、中央アジア・キルギスでは、無印良品(MUJI)で知られる株式会社良品計画と、JICAが支援している一村一品運動プロジェクトの連携により、キルギスの工芸品がクリスマスギフトとして日本や欧州の店舗で販売されました。この例では、女性の社会的地位向上や収入向上などの社会変化をキルギスの地域社会にもたらしています。大型のインフラ開発支援でも、市民社会の参加を促進することによって、大きな変化を生み出すことができます。円借款によるバンコクの地下鉄建設では、JICAがタイ高速度交通公社と障がい者団体との意見交換や、研修の実施などを働きかけることによって、地下鉄へのバリアフリーやユニバーサルデザインの導入が進みました。

このように、「触媒」としての役割を果たすとともに、日本国内にある様々なノウハウや知見を世界と共有していくことも重要です。また、二国間援助だけでなく、国際機関を通じた多国間援助を戦略的に行うことによって、「ユニバーサル・ヘルス・カレッジ」や「防災の普及」といった、日本に比較優位のある分野で開発援助潮流をリードしていくことも求められるでしょう。

北野副所長が、中国を含む新興国の開発援助戦略に関心を持つようになったきっかけを教えてください。

私が途上国に関心を持つようになったきっかけは、鍾乳洞探検です。十代のころから鍾乳洞探検に熱心だった私は、まだ探検されていない大規模な鍾乳洞が多く存在する中国に関心を持っていました。学生時代は土木工学を勉強していましたが、中国の鍾乳洞への関心が長じて中国語を学び中国に留学しました。休暇を利用して全国を旅行し多くの鍾乳洞を訪れるなど、中国という途上国のフィールドに触れた原体験が、開発協力への関心につながっています。その後、米国で都市計画の博士号を取得しましたが、米国への留学についても、米国へ渡り勉強する中国の友人たちに触発されたところが大きいです。

中国とは、これまでの職務経験を通じて、直接的あるいは間接的に、長く関わってきました。中国における多くのJICA事業も担当しましたし、駐在員として北京に4年半滞在したこともあります。研究面では、もともとは専門の都市計画の観点から中国の都市化や環境問題に関する研究を行ってきましたが、中国の対外援助が急激に成長する中、新興国ドナーとしての中国について研究を行うようになりました。中国の対外援助については、とかく警戒する見方もありますが、援助をする側という共通の立場では、日本も中国も相互に切磋琢磨し、その援助の質を高めていくべきだと考えています。

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