jica 独立行政法人 国際協力機構 jica 独立行政法人 国際協力機構

インタビュー【JICA-RIフォーカス 第36号】志賀裕朗主任研究員に聞く

2016.09.09

新興国援助研究から見えてくる新しい国際協力の形

新興国の台頭によって、国際社会には新しい秩序が形成されつつあり、開発協力の領域も例外ではありません。たとえば、開発援助のあり方を議論するための国際的な制度や規範はこれまで先進国が主導して形成してきましたが、これにも大きな変化が生じつつあります。このような変化の過程を、中国やインド、ブラジルなどの新興ドナーと、先進国が形成する伝統的な国際開発コミュニティとの相互作用の観点から考察したのが「新興国援助戦略研究」です。この研究に取り組み、最近はインドの民主化支援に関するワーキングペーパーを発表した志賀主任研究員に、研究の目的や背景、日本の開発援助に与える影響などについて聞きました。

■プロフィール
海外経済協力基金(現JICA)入社、タイ・ベトナム向け融資担当部、国際協力銀行ロシア向け融資担当部、モスクワ駐在員事務所、大蔵省国際金融局(現財務省国際局)などを経て、2013年から現職。

新興ドナーの援助を受けている側の声を聞く

-研究の背景や目的は?

中国やインドのように、援助を受けている途上国が別の途上国に援助をするという現象は実は1950年代からありましたが、2000年代半ばに中国の援助額が急増したことをきっかけに、「新興国ドナー援助」として先進国の関心を集めるようになりました。新興国援助に対する先進国の当初の反応は、非常にネガティブなものでした。先進国は援助をする際に、援助を受ける国(被援助国)の民主主義の動向、人権や環境への配慮などを考慮してきました。しかし、中国を筆頭とする新興ドナーは、こうした配慮をしないまま自国の国益を優先して援助をしているというのが、先進国ドナーの共通した見方だったのです。

先進国によるこうした批判は、「新興ドナー援助は被援助国の開発を阻害する」というものだったのですが、実際に新興ドナーの援助を受けている側の「声」が取り上げられることはほとんどありませんでした。新興ドナーの援助の是非を論ずるには、まずは被援助国の声を聞くべきなのではないかという考えから、この研究プロジェクトはスタートしました。そして、対象国を中国以外にもインドやブラジルなどに広げつつ、被援助国の視点を重視しながらその実態を明らかにすることに主眼を置きました。

"中国型"だけではない新興ドナーの多様な姿

-これまでの研究から見えてきたことは?

先進国は中国やインドなどを「新興ドナー」とひとくくりにしたうえで、中国の援助のみに注目してこれを批判するのですが、「新興ドナー」と呼ばれる国々の援助が実は非常に多様性に満ちていることがわかりました。また、私たちは新興ドナーの援助を悪、先進国ドナーの援助を善と、単純に考えがちですが、実際には、先進国の援助にも新興国の援助にもそれぞれ長所と短所があり、被援助国はそれを見極め、使い分けていることがわかりました。つまり、先進国の援助の欠点を、新興国の援助が補っているのです。

例えばカンボジアの道路セクターを例にとると、カンボジア政府は、日本の援助は質は高いもののコストが高く時間もかかるのに対して、中国やインドの援助は安くて速いという評価を下しています。すなわち、日本による援助の場合、被援助国政府が要請を出してから着工するまで4~5年もかかることがあるのに対し、中国はもっとずっと迅速に対応してくれるとカンボジア政府は認識しています。彼らによれば、多少質が悪くても、地方の幹線道路であれば、迅速な援助の方がずっとありがたいというのです。

中国は援助において、援助をする側と受ける側は平等で、互いに実利を得るWin-Winの関係にあることを意味する「平等互恵」という言葉を使います。援助を富めるものが貧しいものに施しを与える「チャリティー」と捉えがちな欧米とは一線を画した考え方であり、実は、日本の援助理念とよく似ています。また、中国の援助は、対外経済政策を一体的に運用する「大経貿戦略」に基づいていますが、これも、援助と民間企業による貿易・投資を一体的に運用しようとした日本のかつての「三位一体型援助」とよく似ています。こうした類似点は、中国がかつて日本の援助を受けた経験から学んだものだと推測できるものであり、今回の研究での大きな発見の一つです。同様に、タイもかつて日本から援助を受けた経験を、自国がミャンマーに援助する際に活用しています。このように、新興国はかつて援助を受けた経験を活用して援助を展開しているのです。これは、被援助国になった経験を有しない先進国との大きな相違です。

中国の協力でつくられたコンゴ民主共和国の道路(写真:久野真一/JICA)

民主主義の定着めざすインドの民主化支援

-インドの民主化支援を研究した経緯は?

新興国援助を研究する中で、インドが独自の民主化支援を行っていることがわかってきました。一般的に民主化支援は、権威主義体制の国を民主主義体制へと転換させる「民主主義への移行」(democratic transition)への支援と、形式的には民主主義体制となった国において、実質的な民主主義を定着・強化させる「民主主義の定着」(democratic consolidation)への支援に、大きく分けられます。前者はウクライナやグルジア、イラクなどで欧米が行ってきた手法で、権威主義政権に対峙する野党、NGO、メディアへの直接的な支援を重視しています。後者よりも前者の方が目立ちますし、欧米は前者をより高く評価する傾向があるのですが、インドの民主化支援は民主主義の定着・強化を目指す後者です。インドは自国の独立以来の立憲民主主義の経験を活用して、幅広い民主化支援活動を展開しています。

インドの民主化支援の特徴の一つは、内政不干渉原則を堅持していることです。その背景には、冷戦時代に米ソ両陣営から多額の援助を受けたインドが援助国から経済政策や外交政策についての干渉を受けたという事実があるようです。インドは、ネパールやミャンマー、スリランカなどの近隣諸国やアフリカ諸国で、女性や少数民族などの社会的弱者が投票に行けるような環境づくりを進めたり、投票率を上げるための活動や選挙での不正防止技術などを伝えたり、国会議員・議会関係者に法案起草の進め方を教えたりしています。さらにインドは専門家を派遣して多くの途上国の憲法制定を支援しています。

民主主義定着を目指すインドの首都デリー(写真:谷本美加/JICA)

面白いことに、インドは、自分たちが展開している支援を決して「民主化支援」とは呼びません。おそらく、自分たちの活動が欧米のような‟改宗を迫るような(proselytizing)"民主化支援と同一視されることを恐れているのではないでしょうか。実は、これと似たアプローチを採っているのが日本です。JICAも「民主化支援」という言葉よりは「ガバナンス支援」という言葉を使いながら、民主主義的な制度やプラクティスの定着への支援を行っています。先進国ドナーの中で日本は特異な存在で、その援助理念は中国やインドが掲げる内政不干渉、平等互恵原則と共通するところがあると言えるでしょう。

欧米諸国は、内政不干渉原則を維持しながら民主化支援を行うというインドのアプローチには懐疑的で、「民主主義への移行」支援をもっと強化すべきだと考えています。しかし、実際には「民主主義の定着」こそが、多くの途上国が直面している課題です。いまなお民主主義の定着に苦闘するインドは、他の途上国にとっては「生きた手本」です。同時代的な悩みを共有できるインドとの経験の交換を評価する意見が、アフリカ諸国をはじめとする途上国には見られます。そして、国会議員や最高裁裁判官の相互交流のネットワークがインドと途上国の間に形成され活発化しているという現実があるのです。

私は元々、旧ソ連の民族問題の研究が専門でした。大学生のときに旧ソ連が崩壊し、それまで当たり前だと思っていた米ソ二極対立という世界の基本秩序があっけなく崩れていくのを目の当たりにし、「国際政治の世界では『絶対』は絶対にありえない(Never say never)」というキッシンジャーの警句を実感した気がしました。そして、世界各地で民族・宗教紛争が勃発したことに衝撃を受けました。人々はどのようにすれば折り合いをつけて共存できるのかということに興味を持ったことが、私の研究の出発点です。旧ソ連の民族問題を研究してきた私にとって、多様な文化、宗教、民族を抱え、数々の問題点を抱えながらも独立以来民主主義を維持させているインドは、不思議で興味の尽きない国です。今回、新興国援助の研究を通じてインドの民主化支援を研究できたことは、私にとっても意義のあることでした。

援助の競争がよりよい国際協力の形をつくる

-研究と「質の高い成長」との関係をどう考えますか?

近年、GDPの増大で測られる「成長」は、包摂性、強靭性、持続可能性を備えたものでなくてはならないという「質の高い成長」という理念が広まっています。その背景の一つとして、新古典派経済学に基づいて先進国ドナー及び国際機関が途上国に導入した「構造調整政策」が格差の拡大や成長の鈍化をもたらしたことへの反省があります。途上国政府は、「構造調整政策」が要求する緊縮財政などの処方箋が社会福祉予算の削減やそれに伴う社会的緊張を生むことを知りながら、これを受け入れざるを得なかったのです。しかし、新興ドナー援助の台頭により、援助は大競争時代に入ったと言えます。先進国が援助の主たる出し手であった時代には、被援助国のドナーに対する交渉力は極めて弱いものでしたが、中国やインドといった選択肢が出現したことによって、被援助国は先進国ドナーに対してハッキリとモノが言えるようになりました。

被援助国が指摘する新興ドナー援助の利点の一つに、援助政策や方針がブレないことがあります。彼らに言わせれば、先進国援助の重点支援分野がほぼ10年ごとに被援助国のあずかり知らぬところで変化を繰り返しているのに対して、新興ドナーの援助政策は長年安定しているので開発パートナーとして信頼しやすいというのです。

こうしたなか、先進国ドナーは以前よりは被援助国の意向を尊重しながら援助政策を立案するようになっていますし、援助政策の首尾一貫性の点ではむしろ新興ドナーに近い日本も、円借款の供与プロセスの迅速化等の改革を迫られるようになっています。一方、中国などの新興ドナーの側も、アフリカ諸国等との関与を深めるなかで被援助国のガバナンス問題(汚職腐敗問題など)に関心を持たざるを得ない状況に直面し、援助政策を変えつつあります。このように、多様なアクターが切磋琢磨するなかで援助全体の質が向上していくことが期待できるという意味で、私は新興ドナーの台頭は非常によいことだと考えています。

関連する研究者

\SNSでシェア!/

  • X (Twitter)
  • linkedIn
トピックス一覧

RECOMMENDこの記事と同じタグのコンテンツ