【研究員が聞く!橘川武郎特別客員研究員インタビュー】経営史の視点から見るイノベーションとエネルギー政策の未来
2021.10.19
「歴史という長い時間軸で問題を観察し、現実と理論のギャップを発見し、より実践的な解決策を見いだしていくのが、経営史の役割」と語るJICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)の橘川武郎特別客員研究員(国際大学教授)に、田中智章研究員(当時)がオンラインでインタビュー。専門である日本経営史の観点から、イノベーションやエネルギー政策でJICAが果たすべき役割や、これからの国際協力の方向性をどう考えているか聞きました。
田中:橘川先生の著書『イノベーションの歴史』で非常に興味深かったのが、イノベーションを「ブレークスルー・イノベーション」「インクリメンタル・イノベーション」「破壊的イノベーション」という3つに分類し、これらのイノベーションという切り口で、江戸時代以降の日本の企業家の活躍を歴史上の大きな時間軸で捉えながら分析されていたことです。こうした経営史の視点に立つと、日本や世界で、今後どのようなイノベーションが起こると考えますか?
橘川:日本企業の成長の原動力は、「インクリメンタル・イノベーション」つまり“イミテーション&インプルーブメント”で、後から追いかける側が競争力を持つ後発優位の戦略が基本でした。しかしICT(情報通信技術)革命を背景にした米シリコンバレー発の「ブレークスルー・イノベーション」による先発優位の時代を迎え、日本企業は苦境に立ちました。さらに開発途上国には、そこにプラスして「破壊的イノベーション(既存製品の価値を破壊して全く新しい価値を生み出すイノベーション)」という選択肢もあり、その担い手になることが大切だと考えています。
田中:著書によるとアジアで破壊的イノベーションが進んでいるとのことですが、同時に、現地発のリープフロッグ型(既存のインフラが整備されていない途上国などで、先進国が歩んできた発展のステップを飛び越えて新しいサービスなどが一気に広まること)のイノベーションが起こり始めていると感じています。私自身、モンゴルに駐在していた頃、伝統的な生活をしている地方の遊牧民が太陽光パネルを持ち運び、ゲルの上に衛星アンテナを立ててテレビを見て、スマホでSNSを使うという姿を目の当たりにし、途上国という概念が変わったことがあります。
伝統的な生活をしながら太陽光パネルを活用するモンゴルの遊牧民もいる
橘川:そのモンゴルの例は非常に示唆的だと思います。“分散型”という発想は、携帯電話が象徴的と言えます。途上国の多くの国々では、有線がないので時代が一気に飛んで携帯電話が先に普及しましたよね。そして今、エネルギー分野では、インドネシアを筆頭にアジアで急速にLPガスが普及しています。これは都市化が進んだ後にガス管などのインフラを整備するのが難しいからです。日本でも、東日本大震災以降、従来の大規模な発電所による集中型エネルギーだけではなく分散型エネルギーを導入しようとしていますが、実は歴史を飛び越え、途上国の方が先を行っているのです。これから日本が導入しなければならない仕組みが、すでに途上国にある。これからは「日本が教えてあげるんだ」という態度ではいられないわけですね。
田中:アフリカでも、携帯電話を使った送金サービスを早くから行っています。先進国を飛び越え、さらに付加価値をつけて活用しているケースも多いと感じます。
橘川:日本による途上国の開発支援でも、例えば送電線を引くといったインフラ支援はもちろん大切ですが、分散型の世界では、デジタルトランスフォーメーション(DX)の支援も重要です。さらにそれを支えるプライバシー保護のためのブロックチェーン(分散型台帳技術)の支援も必要になってきます。この分野については、日本自体がまだまだ発展途上。エストニアが世界で一番進んでいると言われますが、それを学んで途上国に伝えるという役割も、今後はJICAに期待しています。
田中:JICAでもイノベーションを誘発するための協力も進めています。特に途上国の起業家育成に力を入れていますが、どのような点に気をつけて育成する必要があると考えますか?
橘川:途上国の中には、自然資源が豊富だがうまく使えていないタイプと、人的資源は豊富だが生かせていないタイプがあります。国の発展のためには、付加価値が高い産業を伸ばしていくことが重要です。それはダントツに第二次産業、ものづくりです。資源が豊富な国は、資源のまま輸出するのではなく、加工するなどして付加価値を付けて輸出する方向に転換することが鍵になっていきます。また、お金を持っている人を投資家として事業と上手に結びつけ、付加価値が高い事業にうまくカネやヒトが流れる仕組みを作ることも大事です。これこそ、渋沢栄一が掲げた「合本主義」。そういうメカニズム作りにJICAが関わり、日本の地方の元気な中小企業と途上国をつなぐアプローチもあるのではないでしょうか。
「国の発展には付加価値が高い産業振興が必要」と語るJICA緒方研究所の橘川武郎特別客員研究員
田中:モンゴルにも、日本の企業と一緒に何かをしたいという起業家はかなりいました。JICAでも、日本の中小企業の技術を問題解決に生かす事業の調査や支援をしており、社会課題の解決につなげていければと思っています。
橘川:日本の、特にものづくりをしている中小企業が自身だけで途上国とつながるのはなかなか難しい。例えば、ファミリービジネスが多い日本の中小企業では、後継者を大企業に入れて勉強させることが多いですが、それよりも途上国で勉強させる方がおもしろいのではないでしょうか。それが巡り巡って日本の活性化になるかもしれません。そこをつなぐのは、JICAにしかできない役割だと思います。
田中:パリ協定の本格運用が始まると、途上国でのエネルギー政策も変化していくと予想されます。途上国では、インフラ需要に対する資金ギャップや化石燃料補助金改革などさまざまな課題がありますが、他方で、オフグリッド太陽光発電などのイノベーションも生じています。長年、電力分野の研究に携わってきた橘川先生の視点から見ると、今後、途上国はどのような方向に進んでいくと考えますか?
JICA緒方研究所の田中智章研究員(当時)
橘川:地球のため、そして将来の世代のために、カーボンニュートラル(脱炭素)の実現は避けて通れない課題です。先進国がカバーできる範囲は限られていますから、最終的には途上国がカーボンニュートラルを実現できるかどうかが重要になってきます。気をつけなければいけないと私が考えるのは、持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)そのものが矛盾を抱えているということです。目標13には「気候変動に具体的な対策を:気候変動およびその影響を軽減するための緊急対策を講じる」とありますが、それだけではありません。目標7には「エネルギーをみんなにそしてクリーンに:すべての人々の、安価かつ信頼できる持続可能な近代的なエネルギーへのアクセスを確保する」とあります。例えば石炭は、安価でたくさんの人々が使えるエネルギーなので「みんなに」という点では最適ですが、「クリーン」ではないため、気候変動対策においては批判の的になりがちなので難しい。JICAが取り組む途上国でのエネルギー支援とは、まさにそこに立ち向かっていかなければなりません。単純なアプローチでは受け入れられないですが、日本が打ち出したカーボンニュートラルの中で興味深いのは、石炭火力にアンモニアを混ぜて燃やし、最終的には100パーセントアンモニアのみを使うようにしていくという考え方です。既存の石炭火力の設備を生かしながら、カーボンニュートラルに転換していくという、欧米にはないこのアプローチは、時間はかかりますが非常に現実的だと思います。こうした日本独自の道を生かしていけば、2050年には日本がこの分野でトップに立つ可能性もあるでしょう。
田中:途上国の電力事業体の経営改善も求められていますが、日本の経験はどのように活用できますか?
橘川:これには、国と民間との関係と、分散型の仕組みという2つのポイントがあります。日本は前者については経験を積んでいます。というのも、約140年に及ぶ日本の電力事業の歴史の中で、国営の時代はわずかに12年。電力という公益事業をほぼ民間で行ってきたという、世界ではあまり例がない経験を持っています。一番大事なのは、企業の活力を生かして、低廉で安定的な電力供給を追求すること。日本にも課題はいろいろありますが、伝えられることはたくさんあると思います。一方、二つ目の電力の分散化については、日本には成功モデルがなかなかありません。むしろ、発展途上の技術や経験を途上国と共有しながら、一緒に作り上げていくことが大事だと思います。JICAも日本や途上国の先進的な流れをピックアップして広める役割があるのではないでしょうか。
橘川:私は電力分野を含め、経営史という学問に長年携わってきました。経済学や経営学の理論が正しければ、企業や国の経済に何も問題は起きないはずなんです。しかし、理論は正しくても、現実にはなんらかのズレが生じて問題が起きている。歴史的アプローチで、そのズレがなぜ生じたかを検証し、問題の本質を解明するところにこそ、経営史の出番があります。私は自分自身を学者というよりも、社会活動家だと思っています。学問は実証が大事。忖度せずに問題を指摘し、実践的に役立つ解決策を出して社会を良くしていくことが私の役目だと思っています。
田中:私も経済学が専門ですので、データや数式から客観的に物事を分析するようにしています。JICA緒方研究所の活動でも現場重視の視点を持って研究を行い、地球規模課題の解決に貢献していきたいと考えています。
事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.
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