【芦田華リサーチ・オフィサーコラム】インフラの恩恵にもジェンダー・所得格差?―モロッコの地方道路整備事業のインパクト評価から見えてくるもの―
2023.07.10
JICA緒方貞子平和開発研究所には多様なバックグラウンドを持った研究員や職員が所属し、さまざまなステークホルダーやパートナーと連携して研究を進めています。そこで得られた新たな視点や見解を、コラムシリーズとして随時発信していきます。今回は、モロッコの地方道路整備事業が人々の経済活動や若者の教育などにどう影響を与えたか、インパクト評価の分析をふまえて芦田華リサーチ・オフィサーが以下のコラムを執筆しました。
著者:芦田華
JICA緒方研究所リサーチ・オフィサー
地方道路の整備・拡充について、政策的に重視している開発途上国政府は多く、JICAを始めとする開発援助機関による支援もしばしば行われています。
地方道路整備の効果として、地域住民の交通アクセスの改善や、地域経済活動の活性化、地域間の経済格差の是正が期待されます。一方、地方道路網の整備を通じ、若者がむしろ都市に出て行ってしまうなど、負の影響の可能性も予想され、その効果について「インパクト評価」と呼ばれる厳密な検証が求められるようになってきました。
例えば、途上国におけるインパクト評価によるエビデンスを集めている米国のNGO、International Initiative for Impact Evaluation (3ie) 1
が紹介しているレビュー論文2
は、多くの場合、地方道路整備によって、輸送費用の低廉化や、交通量の増加、雇用・消費・所得の増加、農業セクターの拡大、医療機関へのアクセス向上による健康への好影響が見られるとしています。一方で、地域や指標によって結論はさまざまであり、地方道路整備の効果に関する研究の蓄積は世界的にもまだ十分ではないことから、どのような特性を持つ人たちがどのような影響を受けるのか、引き続き実証的な研究が求められています。
そこで、JICA緒方研究所では、JICAの地方道路整備事業が地域住民に与える影響について、モロッコの地方道路整備事業(II)を対象に分析し、これまでに2本の論文3
が学術ジャーナルに掲載されています。これらの論文は、貧富の差や性別など、異なる特性の人々に対して、同事業が農業や教育、雇用に与えた影響について実証的に分析しています。
【脚注2】Hine J, Abedin M, Stevens RJ, Airey T, Anderson T (2016) Does the extension of the rural road network have a positive impact on poverty reduction and resilience for the rural areas served? If so how, and if not why not? A systematic review. London: EPPI-Centre, Social Science Research Unit, UCL Institute of Education, University College London.
【脚注3】Yasuharu Shimamura, Satoshi Shimizutani, Eiji Yamada & Hiroyuki Yamada (2023). On the inclusiveness of rural road improvement: Evidence from Morocco. Review of Development Economics, 1–25, https://doi.org/10.1111/rode.12989
Yasuharu Shimamura, Satoshi Shimizutani, Eiji Yamada & Hiroyuki Yamada (2023). The Gendered Impact of Rural Road Improvement on Schooling Decisions and Youth Employment in Morocco, The Journal of Development Studies, 59:3, 413-429, https://doi.org/10.1080/00220388.2022.2139608
モロッコ国地方道路整備事業(Ⅱ)では、5つの地域で約530キロの農村道路を改良し、農村部の約16万人の生活水準を向上させることを目的に、59億8,100万円を上限とする円借款契約が調印され、2011~2015年にかけて工事が実施されました。モロッコでは幹線道路である国道・州道の舗装率は高まっているものの、地方部では県道の舗装率はいまだ低く、今後の持続的な経済成長のためには、地域間格差の是正が必要となっていました。
どうすれば同事業の効果を測定できるでしょうか。農業や教育の問題には多様な要因が関わっており、支援を受けた地域の変化を単に比較するだけでは、その変化が本当に道路整備によるものなのか、あるいは別の要素(国全体の経済成長や他の事業など)によるものなのか分かりません。
そこで、研究プロジェクト「アフリカにおけるデータ活用実証研究」では、JICAの道路整備事業によって舗装された全天候型道路にアクセスできるようになった世帯と、舗装道路にアクセスできないままでいる世帯について、それぞれ事業前後のデータを使用し、単に時間の経過とともに起こる変化など、道路事業以外の影響を取り除き、純粋に道路事業の効果だけを測定しました。これは、差分の差分法(DID: Differences in Differences)と呼ばれる手法です。
データ収集の対象となったのは、JICAの道路整備事業の対象となった17本の道路(介入道路)と、これらの道路と比較を行うための、地理、人口、隣接する施設などの観点から似ているが事業の対象としていない18本の道路です。それぞれの道路沿いの世帯に調査を行いました。事業開始前のベースライン調査は2011年に、終了後のエンドライン調査は2017年に実施されました。
※介入世帯を介入道路から2キロ以内、あるいは5キロ以内の世帯と定義してそれぞれ推計したところ、閾値が5キロの場合には、外部労働者を雇い入れる確率、非農業セクターでの就業率に有意な影響はありませんでした。
ベースライン調査の結果、調査地域のほとんどの世帯(97.6%)が農業に従事していることが分かりました。地方道路は農業や農家の生活にどう影響するでしょうか。
一般的に、道路交通を改善することで、市場へのアクセスの改善や農業の近代化を促し、また、非農業分野での新たな経済活動の機会を創出することが期待されます。しかし、その恩恵は異なる集団に平等に及ぶとは限りません。そこで、収集した世帯データから、資産別に富裕層、中間層、貧困層3つのグループに分けて、それぞれ分析しました。
全てのグループを合計して分析した場合、地方道路整備事業の実施後、肥料の使用量は増えたものの、農業の多様化・専門化、穀物の生産量、改良品種の使用量が明らかに(統計的に有意に)改善することはありませんでした。また、地方市場、都市市場、あるいは中間業者への販売経路にも変化はありませんでした。
しかし、資産グループ別の分析では、農家の労働や雇用について、異なる結果が見られました。例えば改善された道路付近に居住する富裕層の世帯では、農業のために外部労働者を雇い入れている確率が23%ポイント増え、また一方で、家庭内の男性が外で就労する確率が13~16%ポイント増えました(建設業、製造業、自動車修理などの非農業セクターでの就業率に限ると約10%ポイント増加)。中間層の世帯においては、農業のための外部労働者の雇い入れや、男性の外での就労に有意な影響は見られませんでしたが、各家庭での家業(売店運営、手芸品製造・販売など)の事業数を増やしています。貧困層では、道路から2キロ以内の世帯で、農業労働者を雇い入れる確率が24%ポイント減りました。また、男性が外で就労する確率に有意な影響はありませんでした。
農家の生活水準はどのように変化したのでしょうか。グループ全体としては、2011~2017年の間に1人当たり消費額が14.0~17.5%ポイント増えました。1年間当たりの平均では、2.2~2.7%ポイント増加していることになります。しかし、資産レベルごとに分けて分析した場合、富裕層と中間層では有意に消費額を増やしたものの、貧困層では有意な変化はありませんでした。
つまり、地方道路整備によって、富裕層の間では農業のための外部労働者の雇い入れを増やし、自らは家の外で賃金労働に就くようになり、中間層は新しい家業を始め、生活水準を向上できた一方で、貧困層はこれらの観点では道路整備事業の恩恵を受けることができませんでした。
ベースライン調査によって、モロッコの他の地方と同様に、本調査対象地域においても、若者の低い進学率が課題であることが分かりました。地方道路事業は若者の教育や雇用にどのように影響するでしょうか。
移動時間やコストが削減されれば、学校の選択肢が増え、若者の高等教育への意欲が高まることが期待されます。また、アクセスの改善によって、外部市場や地元に新規雇用機会が創出され、若者が働きやすくなる可能性があります。他方、若者にとって、教育を受けることにより長期的な人的資本に投資をするか、あるいは目先の経済的機会を活用するかというのはトレードオフです。また、モロッコでは女性の活躍の場が男性よりも制限されており、男女間で影響が異なることも想定されます。こうした疑問に答えるため、教育と雇用の変化について男女別に分析を行いました。
分析の結果、13~25歳の若者の初等教育修了率については、男女ともに有意な効果は見られませんでしたが、女性の中等教育以上の進学率を約10%ポイント向上させることが分かりました。また、女性の教育水準の向上は早期結婚の減少と相関がありました。次に、地方道路整備事業による16~25歳の若者の雇用への影響を分析したところ、自営業で働く割合には、男女ともに有意な効果はありませんでしたが、道路が整備された場合、賃金労働者として働く男性が有意に約10%ポイント増えました。また、この傾向は比較的高学歴の男性に顕著でした。これらの結果から、地方道路整備プロジェクトは、女性に対してはより良い教育を、男性に対しては賃金労働を動機づけるという男女間の差異を明らかにしました。
これらの研究によって、地方道路整備事業の影響は、資産レベルや性別などによって異なることが分かりました。政策立案者は、どのような特性を持つ人々が政策の恩恵を受けられるのか、あるいは不利益を被るのかということを理解し、交通インフラが貧困削減に公平に貢献できるよう配慮する必要があるということが、この研究から得られるメッセージです。
※本稿は著者個人の見解を表したもので、JICA、またはJICA緒方研究所の見解を示すものではありません。
■コラム著者プロフィール
芦田華(あしだ はな)
JICA緒方貞子平和開発研究所リサーチ・オフィサー。青年海外協力隊、民間企業での勤務を経て、2022年より現職。
事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.
事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.
事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.
事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.
事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.
scroll