【磯野光夫JICA国際協力専門員コラム】サブサハラアフリカにおける保健医療分野研究の課題 ―開発援助によりどのように研究能力強化を支援するか?―

2023.11.29

JICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)には多様なバックグラウンドを持った研究員や職員が所属し、さまざまなステークホルダーやパートナーと連携して研究を進めています。そこで得られた新たな視点や見解を、コラムシリーズとして随時発信していきます。今回は、JICA緒方研究所の研究プロジェクト「コンゴ民主共和国におけるSARS-CoV-2血清有病率からみた感染実態に関する研究 」にも携わる磯野光夫JICA人間開発部国際協力専門員が以下のコラムを執筆しました。

著者:磯野光夫
JICA人間開発部国際協力専門員

保健医療分野の研究能力の強化に向けて

保健医療サービスが適切・効果的に提供されるためには、どの国でも疾病状況・疫学的特徴・人種・民族的な特性などに基づいた適切な保健政策の策定や適切な医療サービス提供を行う必要があり、このためには国内での調査・研究に基づいたエビデンスの創出が不可欠である。これは、開発途上国でも同様であるものの、開発途上国で実施される保健分野の研究は極めて限定的であった。1990年代には、「予防可能な疾患による死亡の全世界の90%が開発途上国に集中している一方で、全世界の保健医療分野の研究費のうちの10%のみが開発途上国に向けられているに過ぎない」という指摘もなされている(Franzen, 2017)。これは、先進国側の開発途上国特有の疾患(特に感染症)や公衆衛生的課題などに関する関心の低さなどにも起因している部分も多く、必ずしも開発途上国の研究能力不足のみに拠るものではないが、開発途上国における研究能力の強化の重要性は長く指摘されてきている。これには、技術的な問題のみならず十分な研究能力を有する指導的立場も含めた研究者人材の不足に加え、国としての(財政・規制なども含めた)研究実施体制の未整備、研究実施管理の事務的分野の能力不足など、さまざまな課題が含まれている。これらの観点から開発途上国、特にサブサハラアフリカ諸国の保健医療分野研究能力の強化のため、特に人材育成を中心にさまざまな取り組みがなされてきた(Franzen, 2017; Kasprowicz et al., 2020)。

研究能力強化のアプローチとしては、①単一疾患支援、いわゆる垂直アプローチにて対象疾患に関する研究実施を通しての強化、②研究機関同士による共同研究遂行を通しての強化、③いわゆるCenter of Excellenceとして研究拠点を整備し、その研究能力を強化、④留学生プログラムなどによる人材育成などがある(Franzen, 2017; Kasprowicz et al., 2020)。JICAの事業の中では、垂直プログラムの技プロを通しての調査研究などは①に属し、現行の地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(Science and Technology Research Partnership for Sustainable Development:SATREPS;科学技術協力 )が②の形式を取っている。さらに、③としてケニア中央医学研究所(Kenya Medical Research Institute; KEMRI )、ガーナの野口記念医学研究所(Noguchi Memorial Institute for Medical Research; NMIMR )、今回JICA緒方研究所がCOVID-19に関する研究プロジェクト(コンゴ民主共和国におけるSARS-CoV-2血清有病率からみた感染実態に関する研究 )を行ったコンゴ民主共和国の国立生物医学研究所(INSTITUTE NATIONAL DE RECHERCHE BIOMÉDICALE; INRB )などの当該国および地域の研究拠点整備を行ってきている。④に関しては、JICAの感染症対策を主眼にした留学生プログラム(Partnership for Building Resilience against Public Health Emergencies through Advanced Research and Education; PREPARE)も含め、各国・民間財団などによるさまざまな機会を利用した欧米などの国の大学・研究機関での学位取得者も増えており、人材育成の面でも一定の進捗が見られている。これらの結果、開発途上国の研究実施能力の強化に一定の進捗が見られており、研究論文数は飛躍的に増加している(Scimago Journal and country ranking)。

一方で、このような取り組みの弊害も大きいことが問題となってきた。特に①、②の場合は、開発援助機関が関与して実施する場合と大学などの研究機関が開発援助とは直接リンクしない純粋に学問的見地からの研究支援を行うなどさまざまな場合があり、それぞれの場合において現地研究機関と共同で行うことが通例である。先進国の研究機関が単独で行う場合もあるが、これは現地研究機関の能力強化には繋がらないことから、最近では研究実施の承認に現地機関の巻き込みを義務付けている場合も少なくない。このような共同研究では支援する側が研究内容を決定しイニシアチブをもって行われるが、開発途上国側の研究機関が研究費用の支援を受け研究実施の主体となれる場合でも、研究テーマ・内容・実施の主導権は開発途上国側になく、現地のニーズが反映されていない場合が多い。さらに、得られた成果に対する知的財産権も放棄せざるを得ない場合が多い。実際に、筆者はKEMRI、INRBやナイジェリア、ギニアなどの国々の研究機関と関連する業務に従事してきているが、その中で「海外との共同研究では自分たちとして優先度の高い研究ができない」というのが現地研究指導者の共通した意見である。

研究結果のフィードバックに関しては、研究内容が当該国の優先課題でないために研究成果が政策などに反映されにくい場合もあるが、別次元での問題も少なくない。エボラ出血熱の新薬開発研究において、2製品がアフリカ(コンゴ民主共和国)でのINRBとの共同臨床試験(治験)の結果として使用が承認された。しかしながら、現時点では治験が行われたコンゴ民主共和国も含めアフリカ諸国では製品のビジネス上の問題から一般的には使用できておらず、これらの医薬品の使用は、米国が緊急時対応のためにストックしているのみである(Torreele et al., 2023)。

このような状況の中で、国により程度にバラつきはあるものの、人材育成を中心に研究能力強化が一定程度進捗した背景を基に、近年アフリカ各国から自らがイニシアチブをもって自らの国・地域のニーズに基づいた研究を実施する体制の整備が望まれている。これは、今般のCOVID-19のパンデミックの際のワクチンのアフリカ諸国への分配の不均衡などにより、さらに高まってきている(Adepoju, 2022; Titanji & Pai, 2023)。

開発途上国自身での研究費の獲得と人材育成が課題

今回、JICA緒方研究所ではコンゴ民主共和国のINRBとCOVID-19研究の一環として「コンゴ民主共和国におけるSARS-CoV-2血清有病率からみた感染実態に関する研究 」を実施した。本研究プロジェクトは、コンゴ民主共和国におけるCOVID-19対策に対して必要なデータを提供するものであり、ニーズの高いものであったが、研究経費がないためINRB自身でできないものであった。一方で、INRBはこの研究実施に際し、研究プロトコール策定・研究実施・データ分析・論文作成の能力はすでに有しており、自らのニーズ・関心事項に基づいて研究内容をアレンジ、さらに検体を用いた他研究機関との共同研究実施なども行えるほどの能力を有している。

これは一例にすぎないが、INRBのように各国機関の研究能力が一定程度強化された中で、開発途上国が自国・地域のニーズに基づいた研究実施をできない、研究成果を確実にフィードバックできない原因は、技術的なものより財政的な課題によるところが大きい。実際に、開発途上国で政府がカバーできる全ての分野の研究開発費は、GDPの0.42%であり、世界平均の1.7%を大きく下回っている(2019年時点)(Adepoju, 2022)。そのため、保健分野の研究経費も同様に限定的であり、国内機関による多くの研究は海外との共同研究に拠っている。例えば、ケニアはアフリカ諸国の中でも南アフリカに次いでGDPに占める研究・開発経費が高いが(Index mundi)、日本が長く支援してきている医学系の最高研究機関であるKEMRIの純粋な研究費用の9割が海外機関からの支援を主体とした外部経費で賄われている。このような場合には、上述のように研究費を提供する先進国を主とした海外研究機関が研究テーマ・内容決定のイニシアチブを取り、結果として必ずしも開発途上国側の優先度・ニーズにそぐわない研究が行われることが少なくない。

このような状況を改善するには、開発途上国政府が十分な研究資金を提供する必要があるが、現実的には相当先の話になる。そのため、当面は、自らのニーズに基づいた研究を自律的に行うためには、プロポーザル方式に拠っている競争的な研究資金を獲得して行く必要がある。しかしながら、これは必ずしも容易ではなく、①海外研究機関との共同研究を通して実績を積み上げる、②海外研究機関と合同で競争的研究資金を獲得できるようにする、③単独で競争的研究資金を獲得できるようにするというステップを踏む必要がある。これは長い道のりであり、サブサハラ諸国の中でも高い水準にあるKEMRIでも、現在は①からようやく②のステップに進む段階である。INRBはいまだ①が主体の状況である。

もう一つの課題は、日進月歩の研究技術をタイムリーにアップデートさせるための継続した人材育成の必要性である。実際に、各国・支援機関などによる留学生プログラムなどにより、多くの人材が日本も含め海外で学位を取得している。しかしながら、現在の海外への留学に関しては、アドホックなもので個人での奨学金申請も含めた応募によるものが主体であり、支援資金や奨学金にも種々の制約があるため、研究機関が組織としての研究技術のアップデートを念頭に置いた計画的な海外への留学生派遣のマネジメントはできていない。さらに、このような先端的研究技術を習得して自国で研究実施の指導的立場を担うためには、学位取得のみでは十分ではなく、ポスドクあるいはそれ以降のキャリアを留学先で積む必要がある。実際に、筆者がアフリカ諸国で会った先端的な研究能力を持ち指導的な立場にいる研究者は、海外でポスドク以上のポジションを経験しているが、このような人材は限定的である。しかしながら、一般的に留学生プログラムを実施する側に加えキャリア形成を目指して応募する側においても、この観点でのポスドクの重要性に対する認識は十分でない。さらに、限定的であるポスドクのポジションを確保することは容易ではなく、KEMRIの海外での博士号取得の留学生でも、そのままポスドクに進めるのは2~3割とのことである。

援助機関ができることとは

以上の現実に対して、継続的に高いレベルで研究人材育成と競争的な研究資金を獲得するための能力強化に向け、JICA緒方研究所も含め開発援助機関は何をすべきなのであろうか?

保健分野において開発援助機関が開発途上国での研究実施あるいは研究実施支援を行う場合は、大学などのアカデミックな機関とは異なり、学術的な関心にこだわらない開発援助や当該国での公的施策実施にフィードバックできる研究が主体である。そのため、研究成果は当該国の保健政策立案・実施に関与するものであるが、効果的な研究を行うためにはより優先度の高い現地のニーズを把握すること、結果を保健省などの責任機関にフィードバックする道筋を事前に担保することなどが重要であることは論を待たない。加えて、研究実施・研究実施支援を行う際には、実績として積み上げられる研究成果の創出(論文作成)を行うと同時に、「研究能力強化」が研究実施の成果に含まれるようなデザイン・アプローチをとる必要がある。

人材育成に関しては、このような研究実施を通して、特に新規研究技術の習得を中心にした育成も可能であるが、一定の限界があり必ずしも十分ではない。特に、現在開発途上国側が求めている高度な先端技術を用いたワクチン・新薬開発を含め研究が可能な研究者の育成には、相応の投資が必要である。このためには、開発途上国側でニーズに応じて利用できる奨学生プログラムの実施やポスドクまでカバーできるプログラムの実施などを大学・研究機関と連携して実施する必要がある。

いまだ、このような地道な取り組みが必要であるが、サブサハラアフリカの諸国自身(アフリカ連合も含め)も自らの努力を開始している。これらが有機的に機能して、アフリカ諸国が独立して研究実施をできるようになることにより、保健指標のさらなる向上から貧困の減少などに繋がることが望まれる。

■コラム著者プロフィール
磯野光夫(いその みつお)
JICA人間開発部国際協力専門員。臨床医として、大学病院にて臨床・教育・研究に従事後、2009年より現職。保健分野の案件形成・モニタリングなどに従事。

参考文献

Adepoju, P., 2022. Africa’s future depends on government-funded R&D, https://www.nature.com/articles/d44148-022-00134-4 (2023年9月18日アクセス)

Franzen, S.R.P., Chandler, C., Lang, T., 2017. Health research capacity development in low- and middle-income countries: reality or rhetoric? A systematic meta-narrative review of the qualitative literature. BMJ Open, 7, e012332.

Index mundi, Research and development expenditure (% of GDP) - Country Ranking: https://www.indexmundi.com/facts/indicators/GB.XPD.RSDV.GD.ZS/rankings (2023年9月18日アクセス)

Kasprowicz, V.O., Chopera1, D., Waddilove, K.D., Brockman, M.A., Gilmour, J., Hunter, E., Kilembe, W., Karita, E., Gaseitsiwe, S., Sanders, E.J., Ndung’u1, N., 2020. African-led health research and capacity building- is it working? BMC Public health, 20, 1004-114.

Scimago journal and country ranking., Country ranking. https://www.scimagojr.com/countryrank.php, (2023年10月1日アクセス)

Titanji, B.K., Pai, M., 2023. Leveraging the positives from the pandemic to strengthen infectious disease care in low-income and middle-income countries. Lancet Infectious Disease, 23, 354-357.

Torreele, E., Boum II, Y., Adjaho, I., Biaou Alé, F.G., Issoufou, S. H., Harczi, G., Okonta, C., Olliaro, `P., 2023. Breakthrough treatments for Ebola virus disease, but no access—what went wrong, and how can we do better? Lancet Infect Di, 23, e253–58.

※本稿は著者個人の見解を表したもので、JICA、またはJICA緒方研究所の見解を示すものではありません。

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