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【研究者インタビュー】JICA海外協力隊の成果と意義を社会心理学の観点で探る:早稲田大学大学院アジア太平洋研究科講師 大貫真友子さん

2024.06.11

JICAの代表的な事業である海外協力隊。JICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)は、さまざまな分野で活躍する研究者と連携し、創設から半世紀を超えるJICA海外協力隊事業について、協力隊員への調査をもとに、多岐にわたる角度からその成果や意義を分析しています。中でも社会心理学者として、この研究に新たな視点をもたらしたのが、JICA緒方研究所の研究員を経て、現在は早稲田大学大学院で教鞭を取る大貫真友子さんです。JICA海外協力隊事業に関する研究に携わることになったきっかけや、研究を通じて感じた想いについて聞きました。

大貫真友子さん

JICA海外協力隊事業の研究に携わる早稲田大学大学院アジア太平洋研究科講師の大貫真友子さん

知れば知るほど研究対象としての関心が高まった青年海外協力隊

大貫さんがJICA研究所(当時)の研究員として、研究プロジェクト「青年海外協力隊の学術的研究」に参加するようになったのは2015年からです。「実は、研究員の公募に手を挙げた時は、青年海外協力隊 *1 の研究をするとはまったく考えていませんでした」と振り返ります。

当時、社会心理学者として、集団間の対立や差別のメカニズムについて研究をしていた大貫さんは、JICA研究所がアフリカの不平等と紛争に関する研究データを公開していたことに関心を持ち、自身の研究を生かせるのではとJICA研究所の研究員に応募。ただ、研究所からは、すでに始まっていた研究プロジェクト「青年海外協力隊の学術的研究」で進められていた青年海外協力隊員(以下、「協力隊員」または「隊員」)の意識調査データを示され、「あなたならこのデータでどんな研究をしますか?」と問いかけられたのです。

「その具体的なデータを見て、社会心理学の知見や自分の計量分析のスキルを生かして、面白い研究ができそうだと直感しました。開発途上国で課題解決に取り組む協力隊を研究する意義にも大きな魅力を感じました」

この協力隊員への意識調査とは、派遣前、派遣中、派遣後の各タイミングで総計約3,500人が回答したものであり、協力隊員の動機やモチベーション、帰国後のボランティアに対する関心度などをアンケート形式で調べたもので、約50項目の質問事項がずらりと並んでいました。この意識調査を活用して、協力隊員全体の傾向を客観的にシステマチックに捉え、エビデンスを提供するという計量分析の手法を使った研究はすでに着手されていましたが、これをさらに進めるため、計量分析のスキルを持つ大貫さんに白羽の矢が立ったのです。大貫さんにとっても、主に欧米を中心とするWEIRD (Western Educated Industrialized Rich Democratic)なサンプルに基づいて構築されてきた心理学を、開発途上国に関するデータに応用してみたいという想いもありました。

実際に研究にとりかかると、協力隊への関心は「倍増しました」と力強く話す大貫さん。共に活動する研究者の中には協力隊経験者も多く、体験談を聞くことができたのも大きかったといいます。また、東日本大震災の復興ボランティア活動に従事する帰国隊員の活動現場でのフィールド調査も行い、協力隊事業が隊員の帰国後の活動にどのような影響を与えているのか、その現場の様子も垣間見ることができました。

カメルーンで活動する青年海外協力隊員

カメルーンで活動する青年海外協力隊員

意識調査のデータに加え、実際に協力隊員の声を聞くことで、さまざまな傾向が明らかになりました。例えば、この意識調査では、成功例だけが抜き出されているわけではありません。全体的に見ると、活動1年目は、自発性、異文化コミュニケーション、マネジメントに関連する内発的動機づけがいったん下がりますが、活動2年目後半になると上がるという実態も分かりました。内発的動機付けは、報酬や評価などの外的要因ではなく、興味や探求心などの内面的要因によって達成が動機付けられることを指しますが、このような動機付けが、協力隊員のもたらす成果にもつながっていることを裏付けるエビデンスも得られました。

※1 2018年のボランティア事業改編により、青年海外協力隊、シニア海外協力隊、日系社会青年海外協力隊等をまとめて、「JICA海外協力隊」と総称するようになった。

埋もれている海外協力隊の知見を世界に発信していく

現在、大貫さんは、JICA緒方研究所の研究プロジェクト「国際ボランティアが途上国にもたらす変化とグローバル市民社会の形成」に研究分担者として参加しています。研究代表者である東北大学の岡部恭宜教授と共に協力隊員の意識調査のデータを活用し、協力隊員が現地でさまざまな人たちと関係を築きながらボランティア活動を行うことで醸成される社会関係資本(人間関係が生み出す資源)と、ボランティア活動の成果との関連性を分析しています。

また、帰国した協力隊員が、現地での活動中に培ったさまざまな能力をどのように生かし、グローバル化する社会が直面する地球規模課題に取り組んでいるかも明らかにしていきます。さらに、時代の変遷の中で、海外協力隊の事業そのものの意義がどう変わっているのか、今後の役割などを提言していくことも目的としています。

これまで大貫さんら研究プロジェクトのメンバーは、日本各地で研究成果を報告するセミナーを開催したほか、各国の国際ボランティア事業実施団体や関連する政府関係者、教育機関・NGOなどがボランティア事業の課題や解決策を議論する国際ボランティア会議に参加し、研究成果を発信してきました。

「JICA海外協力隊事業はアジア諸国の中で最も歴史が長く、国際ボランティアとしてのノウハウがあるにもかかわらず、その知見が十分に世界で共有されていません。JICA海外協力隊事業のことをもっと知りたいという声もよく聞きました」

JICA海外協力隊事業について日本語で執筆された文献はあるものの、英語の文献は少ないのが現状です。そこで、「埋もれてしまっている知見を世界と共有しないともったいない」と、研究成果の発信に向け、大貫さんらは現在、英文書籍『State-Sponsored International Voluntary Service: The Case of Japan Overseas Cooperation Volunteers』の制作を進めています。この書籍では、帰国後約10年たった元協力隊員が現在どのようなボランティア活動をどの程度行っているか実態を追跡し、活動の個人要因として隊員の価値観とパーソナリティーに着目した研究を紹介しています。相対的に見て、海外協力隊経験者は日本の一般市民よりも圧倒的にボランティアへの参加率が高く、特に国際協力の分野において活動が盛んである傾向が明らかになったといいます。既存の日本語の文献や協力隊の事業評価報告書もレビューし、エビデンスの可視化も意識しています。

ルワンダでの国際ボランティア会議2019に登壇している大貫さん

ルワンダでの国際ボランティア会議2019で、大貫さん(中央)は、ボランティアが活動地のコミュニティーとどのように関係性を築き、持続可能な開発に貢献しているかがテーマのディスカッションに参加

JICA緒方研究所との協働で政策提言や実務のニーズに応える研究に貢献

社会心理学者としての大貫さんの研究の軸になっているのは、「なぜ人は偏見を持ち差別をするのか、またどのようにそれらをなくすことができるか」という人間プロセスと問題解決策の探求です。現在、国際ボランティア研究以外には、カンボジアをフィールドに、紛争影響国での障害者への差別と偏見や信頼についての研究も行っています。紛争によって、さまざまな社会集団における信頼がどのような影響を受けるか、またどのようなメカニズムによって信頼を醸成し、差別や偏見をなくせるかについて研究しています。

「これまで社会心理学と開発協力の分野には、あまり接点がありませんでした。JICA緒方研究所との協働で、開発協力における政策や実務に役立つ研究をするという大きな視点を養うことができ、研究者としての成長につながっています」と語る大貫さん。これからも開発途上国やグローバル化する日本をフィールドに、異なる集団間の接触にフォーカスして社会的包摂や多文化共生の課題について、「こつこつとエビデンスを積み上げながら研究を続けていきたい」と抱負を語ってくれました。

大貫真友子さん

プロフィール

早稲田大学大学院アジア太平洋研究科講師
南カリフォルニア大学大学院博士課程修了 博士(社会心理学)
JICA緒方研究所の研究員などを経て、2020年4月より現職。

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