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【平位匡助教授インタビュー】真の「豊かさ」の可視化に挑む―信頼と自己評価から考える

2026.09.01

JICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)のフラグシップレポート「『今日の人間の安全保障』第3号―人間の安全保障をはかる 」に「人間開発―真の豊かさの計測を目指して 」を寄稿していただいたラモン・リュイ大学IQSスクール・オブ・マネジメントの平位匡助教授は、人間開発を計測する方法を追い続けています。今回は、JICA緒方研究所の根岸精一 上席研究員が、これまでの人間開発を測る指標が克服すべき課題を踏まえ、「豊かさ」や「信頼」をどのように測ることができるか伺いました。

既存の指標では捉えきれない豊かさを知りたい

根岸:まず「人間開発」や「豊かさの計測」という分野に関心を持ったきっかけを教えてください。

平位:子どもの頃、海外旅行先で差別を感じたことがあり、差別問題に関心を持つようになりました。大学では人権法を学び、紛争終結から数年後にボスニア・ヘルツェゴビナにボランティアに行ったところ、支援がうまく行き渡っていない状況を目の当たりに。そこで、大学院で開発学を勉強することにし、入学時のリーディングリストに掲載されていたアマルティア・センの著書『Development as Freedom(邦題:自由と経済開発)』を読んだことが、まさに人間開発に関心を持つようになったきっかけでした。センは、「開発とは単に所得を増やすことではなく、人々が自分らしい人生を選択できる自由を広げることだ」と述べていて、目からうろこが落ちるとはこういうことか!と、この考え方に強く共感しました。これこそ自分のやりたいことだと実感して、人間開発をより適切に計測する方法を研究し続けて20年以上になります。

根岸:人間開発を測るための指標はすでにいろいろありますが、どんな課題があるのですか?

平位:人間開発という概念を実際に測ろうとすると、現在の指標では限界があります。例えば、人間開発の代表的な指標である人間開発指数(Human Development Index: HDI) は、健康・教育・所得といった客観的な情報を中心に構成されていますが、客観的な豊かさだけでは、本当に豊かな暮らしを十分に捉えられません。

そもそも人間開発は固定された概念ではなく、時代とともに進化してきました。近年では、気候変動への関心の高まりを受け、国連開発計画(United Nations Development Programme: UNDP)は2020年に環境への負荷を反映したプラネタリー圧力調整済みHDI(Planetary Pressures-adjusted HDI: PHDI) を導入し、次回の『人間開発報告書』では自然関係指数(Nature Relationship Index) も発表される予定です。一方で、人々がどのように暮らしを実感しているかという「主観性」は、まだ十分に指標化されていません。人間開発とは、能力の形成に加えて、能力をどのように活用できているか、を捉えることが必要ですが、それは人々に聞かないと分からない。私は、この主観性を組み込むことが、人間開発の次の課題だと考えています。

写真:人間開発を計測する方法を研究するラモン・リュイ大学IQSスクール・オブ・マネジメントの平位匡助教授

人間開発を計測する方法を研究するラモン・リュイ大学IQSスクール・オブ・マネジメントの平位匡助教授

根岸:国内総生産(Gross Domestic Product: GDP)や、その他の一般的な指標では、真の豊かさを捉えきれないということですね。

平位:そうですね。例えば、先進国のように、経済的に豊かでHDIも高い国であっても、孤立や引きこもり、自殺などの問題が深刻な場合があります。こうした現実を見ると、所得や教育、寿命だけでは豊かさを十分に説明できないことが分かります。客観指標はもちろん重要です。しかし、それだけでは「どのように生きているか」は分かりません。収入が増えたり、教育年数が長くなったり、平均寿命が延びたりしても、それだけで豊かな人生が保証されるわけではありませんよね。本当に重要なのは、人々が自分にとって価値ある人生を送れているかどうかです。人によって大切にしたい価値は異なります。だからこそ、客観的な条件が、その人自身の価値観に沿った暮らしに結び付いているかを見ることが重要になります。その意味で、主観的な情報は客観指標を補完する重要な役割を果たしますから、本人の実感や自己評価も政策に取り入れる必要があると考えています。

「信頼」と「自己評価」から導き出す新しい豊かさ

根岸:豊かさを測る上で、平位先生は「信頼」や「自己評価」に着目されていますが、どのように測ることが望ましいでしょうか?

平位:「信頼」は、人々が安心して選択し、能力を発揮できる社会的な環境を表します。信頼が高い社会であれば、人々は安心して自らの能力を活用し、自分にとって価値ある選択を行うことができます。これは、アマルティア・センが言う「実効的自由(effective freedom)」を実現するための重要な条件でもあります。また、将来への見通しを持てることで、短期的な利益だけでなく、教育や環境といった長期的な視点に立った選択がしやすくなり、より持続的な人間開発につながると考えています。開発の文脈で考えても、信頼がなかったら「明日裏切られるかもしれないから、今、得られるものをできるだけ獲得しよう」といった短絡的な開発政策しか成り立たないですよね。興味深いことに、HDIが高くても信頼が低い社会もあれば、その逆もあります。つまり、教育や所得が高いだけでは、人々が実際に能力を生かせるとは限らないのです。そこで私は、信頼の中でも制度的信頼に着目し、それを組み込んだ「社会依存型人間開発指数(socially dependent HDI: SHDI)」を提案しています。

もう一つの「自己評価」は、健康や教育、所得といった客観的な資源を、実際に自分の価値観に基づいて活用できているか、を示します。その意味では、この自己評価には、その人が自分の価値観に沿った暮らしを実現できているかという主観を示しているとも言えます。つまり、暮らしの各領域の達成度をそれらの重要度(価値観)によって重みを付けながら、より正確に暮らしぶりを評価することが可能となる「包括的人間開発指数」と「人間開発ギャップ指数」を提案しています。人間開発で重要なのは、能力を持つことだけではなく、それを使って自分らしい人生を築けることですから、この自己評価を取り入れることで、「能力の活用」という側面を初めて捉えることができると考えています。

根岸:これまでの研究による新たな発見を教えてください。

平位:「自己評価」というと、これまで人間開発の分野ではネガティブにとられがちでした。主観が過少評価されてきたのは、人は虐げられた環境にいるとそれが当たり前だと思ってしまい、貧しくてもその環境を無意識に受け入れてしまうという「適応的選好」があるから、とされています。でも私はそれに懐疑的です。というのも、実際にBRICS各国で調査をしたところ、「あなたは幸せですか?」「あなたは満足していますか?」という質問をすると、やはり貧しい人は豊かな人より幸福度は低く、豊かな人のほうが幸せで満足している、という結果になり、「適応的選好」が実際に存在するものなのか、私の分析では必ずしも確認できなかったからです。さらに私の研究で提案した「人間開発ギャップ指数」を分析すると、人々は何かが達成できないからといって、その価値まで低く評価しているわけではありませんでした。ですので、一般的に言われているほど主観的情報があてにならないとは、私は考えていません。持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)を見てみても、200以上ある指標のうち、主観や自己評価に関連する指標は6個ほどしかなく、客観的情報ばかりが中心になっているのが現状ですが、主観的情報も重要だと考えています。

根岸:人間開発のリアリティーに即して「測る」ことは、今後さらに求められていくものと思います。人間の安全保障や開発協力の推進に向け、それらをどのように生かすことが望ましいか、JICAへの期待もあわせて教えてください。

平位:人間の安全保障の観点では、生命の危機といったより切羽詰まった課題もあるので、客観的情報の重要性は依然高いと思います。それでも、やはり「自己評価」を含む主観的な情報が重要なのは変わらないと思います。大変な状況に置かれている人たちの中でも優先順位がありますから、人々が実際にどのように暮らしを感じ、何を大切にし、価値を認め、どのような暮らしを望んでいるのか、そうした人々の声や自己評価を取り入れることで、現場の実情に即したより持続可能で人間中心の協力につながると思います。その意味で、そのような協力をJICAが推進されることを期待しています。

根岸:さまざまな示唆をいただき、ありがとうございました。

【プロフィール】
平位 匡(ひらい ただし)
東京外国語大学(学士)、ケンブリッジ大学(修士・博士)を経て、2024年よりラモン・リュイ大学IQSスクール・オブ・マネジメント助教授(Profesor Contratado Doctor)。2011年より日本学術振興会特別研究員、2014年より東京大学東洋文化研究所特任研究員、2017年よりケンブリッジ大学政治・国際関係学科提携講師(Affiliated Lecturer)兼研究員(Research Associate)を歴任。国連開発計画(United Nations Development Programme: UNDP)国際コンサルタント(International Consultant)も務めた。

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