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2度の危機をタイはどう乗り越えたか 「金融再建」「外資依存」「輸出振興」がポイント 岡部恭宜研究員に聞く

2011.01.04

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97年の「アジア通貨危機」と08年の「リーマンショック」という2度の金融危機から復興を遂げたタイ経済。10年の経済成長率は8%近くに達するなど、その後の足取りは着実に見えます。金融危機からの回復過程を分析して今後のアジア経済の持続的発展への示唆を得ようとする研究プロジェクトをJICA研究所は進めていますが、このメンバーの一人で、10年11~12月にバンコクで現地調査をした岡部恭宜研究員に、タイ経済の回復要因と潜在的な課題についてインタビューしました。

民間主導で金融再建はゆっくり

—「東アジアの奇跡」と呼ばれた高度経済成長を享受していたタイも90年代後半以降、2度の金融危機に見舞われました。タイ経済はその後復活しましたが、その要因は何でしょうか。

「主な要因は2つあると思います。1つは、不良債権の処理と銀行の体力強化を柱とする『金融セクターの再建』。もう1つは、タイ政府がとる『外資企業に依存した輸出主導戦略』です」

—タイ政府は実際、どんな金融再建策をとったのでしょうか。

「56社にのぼる金融会社を閉鎖したことを皮切りに、商業銀行に対しては不良債権の処理や自己資本の増強を促し、中小銀行についても国有化や外国銀行に吸収させるなどの銀行再編を進めました。また、措置としては遅れましたが、97年の危機から4年後の01年に公的な資産管理会社を設立し、不良債権処理をさらに加速させました。

これらの対策が奏功して、危機直後に40%を超えていた銀行の不良債権比率は08年に5.7%に低下し、自己資本比率も13.8%に高まりました。体力を取り戻した銀行は貸出量を徐々に増やし、05年ごろには危機以前の水準にまで回復しています。この結果、債務を抱える企業の負担も軽減されました」

—タイの金融再建策は、韓国と比べてどうだったのでしょうか。韓国も97年の通貨危機では大打撃を被りましたが、いまや経済は勢いづいています。

「タイの金融再建のペースは韓国のそれと比べると、かなりゆっくりしていました。その差は両国のアプローチの違いからきています。

韓国では、政府が積極的に、不良債権の処理や自己資本の強化に取り組みました。いわば『政府主導型』です。しかしタイでは、政府は、民間銀行に対して、不良債権の処理が自己資本の強化を加速させるよう自発的行動を要請するのを基本とし、『民間主導型』で進めました。

タイ政府がこのようなやり方を選択した背景には『金融市場に政府はあまり介入すべきではないという思想的伝統』や『銀行の寡占体制の持続』など歴史的な要因が絡んでいます。ですので、タイにとって政府主導型のほうが良いとは一概に言えません。ただ、金融再建が経済回復に大きな役割を果たした半面、民間主導型であったがゆえに再建のペースが遅かったとの見方はできると思います」

外資依存で「中所得国の罠」を回避できるのか

—金融再建の遅れは経済回復に具体的にどのような影響を与えたのでしょうか。

「多額の不良債権を抱えていた間は当然、商業銀行も慎重な経営姿勢をとらざるを得ません。貸出にも積極的ではありませんでした。貸出規模が再び増加傾向に入ったのは00年以降のことです。

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写真提供:JICA

注目すべきは、タイ経済の牽引役である製造業に対する貸出比率が徐々に下がっていることです。09年には20%程度にまで縮小しました。対照的に、個人消費向けの貸出は20%を超えています。これはつまり、製造業の復活に商業銀行はさほど重要な役割を担わなかったという事実を示唆しています」

—ところが製造業は復活し、金融危機からの脱却にも大きく貢献しました。タイの製造業の潜在力は強いのでしょうか。

「それはちょっと違います。タイの製造業は確かに、自動車やコンピューター、その関連部品に代表されるように輸出セクターの中核を占めています。タイ経済を支えるエンジン的存在です。

しかしその実態はそう単純ではありません。製造業の大半は、地場企業ではなく、日本をはじめとする外資です。これは、タイ政府が外国企業を積極的に誘致し、外資依存の経済戦略を推し進めてきた結果ですが、この体質が近年、懸念材料として語られるようになってきました」

—つまり「外資依存」では今後の経済成長は期待できないということでしょうか。

「世界銀行は『中所得国の罠』ということを言い出しています。これは、労働や資本といった生産要素の蓄積だけでは高度の成長は維持できないという考えで、その罠から抜け出さない限り、タイは、現在の中所得国の地位を脱出し、先を行く韓国や台湾の水準に追いつくことはできないという意味です。

高所得国の仲間入りを果たすためには技術革新や生産性向上などによって、より付加価値の高い製品を生産していくこと、すなわち経済のアップグレードが必要です。『外資依存のままだと経済のアップグレードには限界がある。地場資本の企業を育成していくことが喫緊の課題』と指摘する声がタイの国内外で強まりつつあります」

政府の能力の低さがボトルネック

—輸出主導の成長戦略というのは言い換えれば外国市場に深く依存するわけですが、これは将来の不安要因となりえますか。

「海外の市場への過度な依存は世界不況の影響をもろに受ける脆さを抱えています。このため、内需を高めていくべきだとの主張もタイ政府の中ではかねてからあり、先日も、タイの中央銀行の幹部が『輸出依存型の経済戦略を改め、内需主導型に転換すべきだ』と発言したことが地元メディアに報道されました。

ただ現実には、内需主導型への転換は難しいとの見方も根強いです。内需拡大には、国民の購買力を向上させないといけないので賃金の引き上げが欠かせません。しかしこれは同時に、輸出品のコスト高につながるからです」

—内需拡大と輸出依存、タイ経済はどちらの方向に進んでいるのでしょうか。

「現地での聞き取り調査では、外資依存の輸出主導戦略はまだまだ継続できると見る経済専門家が大勢いました。この背景には、地場企業の目立った台頭がないにもかかわらず、タイ経済はいまもなお伸長し、経済のアップグレードも同時に進行しているとの認識があります。

象徴的な例の1つが、日産自動車がタイでエコカーを生産し、それを日本へ逆輸入し始めた事実です。他の日系自動車メーカーもエコカー生産に乗り出すとみられています。これができるのは、自動車産業がタイで集積しているからです。

つまり、製造業の資本が地場でなくても、産業のアップグレードは可能だと思われているわけです」

—地場企業の育成はまったく進んでいないのでしょうか。その理由は何ですか。

「自動車産業を例にとると、タイサミットという地場の優良大手部品メーカーがあります。しかしこれは例外で、組み立てメーカーとしても部品メーカーとしてもまだまだ地場企業は育っていないというのが現状です。

地場企業を育成するうえで私が不可欠だと思うのは、適切な産業政策を形成する『政府の能力』です。たとえば経済官庁と企業の間で、それぞれの目標や利益についての情報を共有し、政策や行動の信頼性を高めたり、実際の行動をモニタリングしたりする力です。ところがタイ政府の能力はまだまだ不十分で、それが地場企業の育成を難しくしています」

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—今後の分析・研究の方向性は。

「ここでお話した内容はタイ経済の回復過程の一部の側面にすぎません。ですが、こうした個別の事実を着実に押えることにより、多様なアジア諸国がどうやって経済危機から復興を遂げてきたかをより正確に理解できるのではないでしょうか。

さらにこれらの研究を積み上げていけば、それぞれの国で経済回復をバックアップしうる政治経済のあり方とはどんなものなのか、JICAとしてそれらを支援するために何ができるのか、といった問題を検討する一助になると考えています」

関連研究領域:成長と貧困削減

関連研究プロジェクト:アジアの経済開発 東アジア通貨金融危機からの回復の政治経済学的分析

開催情報

開催日時:2010年11月24日(水)~2010年12月14日(火)
開催場所:タイ バンコク

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