第21回国際開発学会で5研究員が発表
2010.12.14
第21回国際開発学会が2010年12月4、5の両日、東京・西早稲田の早稲田大学で開かれました。JICA研究所からは、笹岡雄一上席研究員と片柳真理研究員、結城貴子研究員、室谷龍太郎リサーチ・アソシエイト(RA)、豊田知世RAの5人が参加し、これまでの研究成果を発表しました。
ザンジバルで「権力分有」が突如実現した不思議
笹岡上席研究員の発表テーマは、自治権をもつタンザニアのザンジバルで、なぜ突如として10年11月から「権力分有」(与党と第一野党が連立政権を組むことによって政治権力の集中を防ぐ)が導入されたかです(「下記に解説」)。
ザンジバルでは長い間、人種・エスニック(脚注)を一因とする対立が続いてきました。対立軸は、ウングジャ島を中心に勢力を固める「タンザニア革命党」(ザンジバルCCM)とペンバ島を主な支持基盤とする「市民統一戦線」(CUF)の2つの政党です。
これまでは、政権の座に就いていたザンジバルCCMが権力分有に消極的だったこともあり、両党の間の和平交渉は暗礁に乗り上げていました。和平への道のりは遠いと思われていたさなか、両党は急転直下、歩み寄りを見せ、10年7月31日に、権力分有を定めたザンジバル新憲法の是非を問う住民投票が実施されました。その結果、有権者3分の2の賛成多数で承認されたのです。
主な内容は次のとおりです。
1)自治政府を複数政党で構成すること
2)自治政府の副大統領(2人)は議会第一党と第二党から1人ずつ出すこと
3)自治政府の閣僚に占める割合は議席数に準じること
権力分有が突然受け入れられた背景について笹岡上席研究員は「"ザンジバル人"としての一体感が醸成されてきた可能性がある。タンザニア本土(タンガニーカ)に対するザンジバル経済の出遅れ感もあり、不毛な対立を続けていても取り残されるだけ、との危機感が働いたのでは」と分析しています。
タンガニーカは金をはじめとする地下資源の輸出により、ここ数年は年6%レベルの経済成長を遂げてきました(09年は5%程度)。ザンジバル経済も同じように推移してきたものの、低迷する農業の分を穴埋めしてきた観光が政情不安から打撃を受けている、という実態があります。
写真提供:船尾 修/JICA
権力分有が実現して3カ月、10月末に実施されたザンジバルの選挙では、妨害や殺し合いなど、以前のような混乱は見られませんでした。笹岡上席研究員は「長期的効果は別として、権力分有は今のところ、ザンジバル自治国家の安定と静穏に寄与している」と発表を締めくくりました。
「開発」「人権」「和平」のベクトルを協調させた援助
「開発、人権、紛争予防・平和構築の交差点」という題目で発表したのが片柳研究員です。
これまで、「開発」、「人権」、「紛争予防・平和構築」の3分野はそれぞれ「見ている方向」が異なるとして、研究上も実務上も個別に扱われてきました。ところが最近になって、このうち異なる2つの分野をつなげる関係性が議論されるようになりました。その代表例のひとつが、「人権に基づく開発」といった視点です。
片柳研究員は「2分野だけではなく、3分野すべてに重なる領域があるはず。その"交差点"を見つけ出し、協調する方法を探ることが援助の効率を高めることになる」と主張します。
同研究員がイメージする交差点とは、責任の担い手である「国家」が権利保持者の「国民」に対して公共サービスを提供し、これを享受する国民が市民フォーラムや選挙、プロジェクトへの参加などを通じて、さまざまな問題について国家とコミュニケーションを図る、という仕組みです。そのためには国家も国民も能力を高めていくことが必要になります。
片柳研究員は「この仕組みがきちんと回れば、開発が進み、人権が守られ、そして平和が実現する。重要なのは、ドナー国による援助が、被援助国の社会のあり方全体を視野に入れ、人権に基づくアプローチができているか、また紛争予防・平和構築の目的意識がどこまで浸透しているかを検証すること。3分野がクロスする領域を基点に、どのような協力が可能なのか、今後さらなる事例研究をして、具体的に提言していきたい」と話しました。
ODAによる高等教育支援は「期待どおりの成果」
結城研究員は、マレーシアに対して日本がODAで支援してきた「高等教育基金借款事業」(HELP)の成果について発表しました。 HELPでは、マレーシア人学生は日本の大学(主に工学部)に留学します。日本の工学系学部に在籍する外国人留学生に占めるマレーシア人の割合は2割程度にも上ります。
同研究員らはかねてから、労働市場の中でのHELPの成果を定量的に把握すべく、HELPを活用したマレーシア人留学生の「卒業後」を追跡調査してきました。今回の発表では、マレーシアの経済や教育を取り巻く環境が変化する中、HELPの取り組みが労働市場のニーズとマッチし続けてきたのか、途上国(この場合はマレーシア)との高等教育国際交流の意義は堅持できているのかといったポイントについて、10年にわたるデータをもとに明らかにしました。
特に着目したのは、HELPのマレーシア人留学生の「就職率」、「就職分野(産業セクター)」、「就職場所」の3点です。データ分析をしたところ、8割程度の人が就職または進学していること、マレーシアの国立大学を卒業したマレー系マレーシア人の近年のデータと比べても遜色ないこと、また就職分野は製造業が8割以上を占めていることなど、HELPを立ち上げた際に両国政府が期待したとおりの結果になっていることが分かりました。
また、日系企業への就職率も78%と高く、就職場所は8割以上がマレーシアでした。
結城研究員は「今後は新たに収集したデータを用いて、HELPがいかに科学技術にかかわる人材の育成に役立っているのかを検証していく」と述べました。
「マルチ・ドナー信託基金」は平和構築に有効か
室谷RAは、「マルチ・ドナー信託基金」(MDTF)は平和構築の支援に寄与するのかというセンシティブなテーマを取り上げ、その有効性と課題をあぶり出しました。
紛争終了後の国家建設では、樹立された新政府が「政府の能力」と「国家の正統性」をどの程度備えているかは重要な問題です。この2つが不足した「脆弱国家」に対して、ドナー国は「一般財政支援」(援助資金を被援助国の国家予算に入れて、被援助国がそれを運用すること)はしないものの、被援助国の国家予算とは別のMDTFという"財布"を作り、そこに援助資金を出します。こうしたケースは少なくなく、アフガニスタンでは開発援助の3分の2が、東ティモールでは1割が国家予算を経由せずに提供されています。
このやり方について室谷RAは「短期的な援助では確かに、ドナーが直接管理できるMDTFは効果を出しやすい」と即効性を認める一方で、長期的な成果について「欧州のドナーなどは『MDTFを活用する間に、被援助国は援助資金を自ら管理できるようキャパシティ・ディベロップメント(CD)に取り組むことができる』とMDTFの有効性を強く主張している。しかし、MDTFの終了後、政府の能力が上がったという事例は示されていない。MDTFが国家の正統性に与える影響も研究されていない」と疑問を呈しました。
さらに、MDTFの長期的な有効性を検証した研究はまだないことを指摘したうえで「MDTFは良いと盲目的に決め付けず、実際のところMDTFは被援助国政府の能力向上と正統性強化に有効なのかどうかを客観的に検証すべき」と訴えました。
円借款の石炭火力もCO2削減に寄与
豊田RAは、円借款により建設された石炭火力発電所が、途上国の温室効果ガス排出量の削減にどれぐらい寄与しているかを推計し、その結果を発表しました。
円借款の支援を受けて世界中で建設された石炭火力発電所の数は、未完成のものを含めると、1990年から現在にかけて、中国4カ所(合計出力270万キロワット)、インド6カ所(同527万キロワット)、マレーシア1カ所(同100万キロワット)、ベトナム3カ所(同153万キロワット)の合計4カ国14カ所(合計1050万キロワット=原子力およそ10基分に相当)にのぼります。
この実績をベースに、発電時の熱効率(発電端)を勘案し、円借款で建てられた石炭火力の温室効果ガスの削減効果を推計しました。具体的には、それぞれの国の「既存の石炭火力」と「円借款の石炭火力」の平均熱効率を比較し、その差をもとに「温室効果ガスの削減量」を算出しています。熱効率が高いほど温室効果ガスの排出量は少なくなります。
国際エネルギー機関(IEA)のデータから割り出した各国の石炭火力の平均熱効率は、中国32.3%、インド26.7%、マレーシア36.6%、ベトナム36.1%です(ただし1990年から2006年の平均値)。これに対して円借款プロジェクトでは中国42.6%、インド35.0%、マレーシア36.5%、ベトナム38.3%となっています。豊田RAは「マレーシアを除けば、円借款プロジェクトでは比較的ハイレベルの発電所が造られており、中国とインドではその国の平均的な石炭火力より熱効率は3割程度高い」と指摘しています。
熱効率の差と電力需要などから、円借款による石炭火力の温室効果ガス削減量(10年分)を試算したところ、二酸化炭素(CO2)換算で中国は3010万トン、インドでは1億450万トン、マレーシアとベトナムはそれぞれ110万トン、310万トンになることが分かりました。
発表の最後に豊田RAは、開発援助によるインフラ建設が環境へ貢献する可能性について「推計するシナリオによって数字は異なるが、温室効果ガスを多量に排出し、環境負荷が高いといわれる石炭火力であっても、CO2の削減に寄与できることを定量的に示すことができた」と述べました。
*脚注:ザンジバルの対立軸は、人種(アフリカ系、アラブ系)の違いがベースになっていますが、その後の混血化、またどこの島民なのか、という複雑な事情が絡み合っています。このためこの記事では「人種・エスニック」と記述しています。
関連研究領域:平和と開発、援助戦略
開催日時:2010年12月 4日(土)~2010年12月 5日(日)
開催場所:早稲田大学 井深大ホール
事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.
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