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「簡易堰灌漑」はなぜマラウイで受け入れられたか 花谷厚上席研究員

2010.11.08

木や草、粘土、石、砂など、どこにでもあるものから作る「小規模簡易堰灌漑」(以下、簡易堰灌漑)がアフリカ南東部のマラウイで爆発的に普及しています。この灌漑は、これまでマラウイで難しかった乾期の農業を可能にするもので、JICAが02~09年にかけて技術協力した成果を生かしたものです。この技術が普及した背景を探るべく、JICA研究所の花谷厚上席研究員(左下の写真中央)は2010年8~10月、マラウイで現地調査を実施しました。これは、同研究所の「アフリカにおける参加型灌漑管理と農村社会」研究プロジェクトの一環です。

花谷上席研究員の写真DSCF5151.JPGのサムネール画像

JICAが技術協力した簡易堰灌漑はいまやマラウイ全土で2,600カ所以上を数えるほどに広まりました。しかしこの灌漑はなぜ、ここまで現地の農民に受け入れられたのでしょうか。

その要因として一般的に挙げられているのが、「ゼロインプット」(外部からの投入なし)で、農民自身の手によって作ることができるという簡易堰灌漑の特徴です。具体的には、「早い」(農民による共同作業により数日で作れる)、「安い」(材料はすべて現地で手に入る)、「簡単」(難しい知識や技術は要らない)という3つのキーワードで表現されます。

この見方に対して花谷上席研究員は「これらはいずれも簡易堰灌漑を設置する際の技術上の視点。その後の運営や管理はどのように行われているのか」と問題意識を抱きました。約2カ月に及ぶ現地調査の結果、農民の目から見た普及要因として次の3つのポイントに整理しました。 

1)農民の生計戦略との適合性

2)水と土地に対するアクセスの容易さ

3)緩やかな組織

ポイント1 農民の生計戦略との適合性

花谷研究員がまず着目したのはマラウイの食糧事情です。マラウイではトウモロコシ(右の写真=トウモロコシ畑)を主食としており、年間約200キログラムといわれる一人当たりの消費量に対し、自家生産量はその6割の約120キログラムにとどまっています。マラウイの農家はかねてより、慢性的な食糧不足に悩まされてきました。

その理由の1つは、雨水に依存する農業形態です。マラウイの雨期は12~3月の4カ月と短く、残りの8カ月は乾期ですが、多くの農家では毎年12~1月ごろ、雨期に作ったトウモロコシが底を突いてしまいます。

畑の写真DSCF5223.JPG

そこで農民は否応なく、他人の畑で働いたり、都会へ出稼ぎに行ったりして、わずかな収入を得て食いつなぐ、といった暮らしを送ってきました。したがって多くの農民にとって、簡易堰灌漑はこの食糧不足を補う手段として重要な意味を持っています。

その一方で、農民は乾期の間、灌漑農業以外の生産活動を全てやめてしまうわけではありません。他人の畑での賃仕事や竹かご編みなどを並行して行っています。また家計全体を見ると、あくまで雨期のトウモロコシ生産からの収入を中心にしていることには変わりません。このような状況から、花谷研究員は「乾期のトウモロコシ栽培を可能にする簡易堰灌漑は確かに食糧不足の解消に役立っている。しかし、農民にとって灌漑は、今までの生計活動にとって代わるというよりも、その多様性の幅を広げる役割を果たしているのではないか」と分析しています。

ポイント2 水と土に対するアクセスの容易さ

灌漑農業に必要不可欠なのが水と土地です。

簡易堰灌漑(下の写真=簡易堰)はこれまで、乾期にも水のある川を選んで設置されてきたことから、水源となる川の水は豊富にあります。また水を利用するにあたっての使用許可も要りませんでした。誰もが自由に、しかも好きなだけ水を取ることが可能だったのです。

土地については、マラウイの法律では農村の大部分の土地は「コミュニティーに属するもの」と定められていますが、実際は、割当を受けている農民が"地主"として保有しています。このため、これらの土地を灌漑農業に使う場合、"地主"以外の農民は"地主"に地代を払います。

簡易堰DSCF5214.JPG

マラウイではこれまで、政府やドナーが主体となって灌漑を開発しようとすると、"地主"から強く抵抗され、プロジェクトが頓挫するケースが少なくありませんでした。ところが簡易堰灌漑ではこのような事態は起こりません。

その理由について花谷研究員は「公的な灌漑は恒久的であるから、"地主"は『(政府や灌漑組織の農民に)土地を奪われるかもしれない』という恐怖感を覚えてしまう。だが簡易堰灌漑は一時的なものなので、"地主"もこういった心配をしないのではないか」と推測します。

簡易堰灌漑はいつでも排除できるとの安心が"地主"の心理上ではとりあえずプラスに働き、灌漑農民の土地へのアクセスを容易にしているわけです。

ポイント3 緩やかな組織

簡易堰灌漑の建設・運営は通常、数人から数十人の農民で構成する「クラブ」と呼ばれる組織が担います。これは水利組合や協同組合と異なり、インフォーマルな組織です。規約・定款の有無も任意で、また法人登記もされません。

灌漑クラブの特性について、今回の現地調査で花谷研究員が気付いたのは「メンバーの出入りが激しいこと」と「クラブの拘束が緩やかなこと」の2点です。

農民は、自分の都合や灌漑農業の収益性を勘案し、クラブへの参加・脱退を繰り返します。たとえば、ある年の乾期は灌漑クラブに参加し、翌年は別のもっと収益性の高い仕事に就くためクラブには参加しないという選択もしていました。

水路を浚渫DSCF5190.JPG

拘束の緩やかさについては、簡易堰の建設や水路の浚渫(右の写真)などの共同作業を、すべてのメンバーが同じように負担していなかったことによく表れています。あるクラブでは、共同作業に対するメンバーの出席率は6割弱で、ある年には「通常1カ月で完成する簡易堰の建設に、参加者が少なかったため2カ月もかかってしまった」との話も聞きました。欠席者には罰金が科されることになっていますが、その徴収率も3割以下にとどまっています。

花谷研究員はこれらのことから、「農民にとってその組織参加の負担は必ずしも重いものではない。そしてこの負担の軽さは、『多様な生計手段の1つ』として灌漑農業に従事する農民にとっては非常に合理的なシステムとなっている」と見ています。

□  ■  □  ■  □

このような理由を背景としてマラウイ農民に受け入れられた簡易堰灌漑ですが、では持続可能性はどうなのでしょうか。現地調査を踏まえて花谷上席研究員は、次の3つの問題点を指摘しました。

1)川の水の枯渇

2)地代の高騰

3)コンクリート堰へのアップグレード化に伴う問題

問題1 川の水の枯渇

水路の写真DSCF5106.JPG

最も懸念すべき問題は水不足です。「水へのアクセスの容易さ」は、簡易堰灌漑(左の写真=水路)の普及を後押ししましたが、一部ではその後増えすぎてしまい、いまでは皮肉なことに、川の水不足が生じているところもあります。

水不足が起きると、水の争奪戦が勃発します。花谷研究員によれば「すでに下流の灌漑クラブメンバーが、他人が築いた上流の堰を壊すといった事態も起きている。マラウイにも水利権制度は存在するが、水利権を取得しているクラブはほとんどない」という状況です。

水が枯渇していく中、農民たちは依然、水を「フリー・アクセスの資源」として認識しています。歴史の必然ではありますが、今後はさらに、上流と下流の農民の間で対立が深刻化していくのは間違いないかもしれません。

問題2 地代の高騰

農民が"地主"に支払う地代の高騰も大きな問題です。

灌漑効果で農民の収益が増えると、"地主"は地代を上げ始めました。このせいで地代を払えず、クラブを脱退する農民も出てきました。このため"地主"の親族関係者だけがメンバーになってしまったクラブも存在します。

地代の高騰に直面した農民はどう行動するのでしょうか。花谷上席研究員によると、大きく分けて2つの選択肢があります。

1つは、灌漑栽培の収量を増やすこと。しかしこれには肥料の投入が欠かせません。貧困ライン以下の生活を送るマラウイの大半の農民にとって肥料代を捻出するのは至難の業です。

もう1つは、地代を払わなくて済む自分の土地に水を引くことです。こちらのほうがポピュラーで、各自が好き勝手に灌漑を作り出します。すると、川の水不足にますます拍車がかかります。負のスパイラルに陥るわけです。

問題3 コンクリート堰へのアップグレード化に伴う問題

簡易堰灌漑の普及を受けて、ドナーなどの支援により「簡易堰」を、「コンクリート堰」へアップグレードする動きがこのところ顕著となっています。しかし花谷上席研究員は「持続性の視点からすれば(このトレンドは)一概には良いとは言えない」と疑問を呈します。

コンクリート堰には確かに、メリットがあります。コンクリート堰のほうが乾期の作付け回数が2~3回/年と多く(簡易堰は1回/年)、また労賃を含めて考えれば維持管理のコストも安価です。

問題は、農民間の協力が薄れてしまうことです。今回調査した限りでも、簡易堰を建て替えたり、維持管理したりするときは農民も緩やかなレベルでは協力しますが、コンクリート堰になると、維持管理や設備の更新に必要となる経費の積み立ては一切されていなかったことが分かりました。

この違いについて花谷上席研究員は「農民にとってコンクリート堰は『恒久的』な設備。維持管理が近い将来必要になると想定しにくく、つまり現時点で協力する意義が見出しにくい。加えてインフレもひどいため、お金を貯蓄するよりは、他のことにいま使ってしまった方がよいとの判断も働くのではないか」と考察しています。

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上記のように、マラウイ農民に広く受け入れられてきた簡易堰灌漑は、その普及によって新たな問題に直面しつつあります。これは援助を開始した当初にはあまり認識されていなかったことです。花谷上席研究員は「今後は普及に伴う社会的インパクトを踏まえた新たな取り組みが求められている」と指摘しています。

マラウイの典型的な村落(右の写真)。マラウイの国土は、北海道と九州を合わせた面積と同じ。1人当たり国民総所得(GNI)は230ドル(09年、国連データ)と世界最貧国の1つで、貧困層の9割以上が農村に集中している。農民の大半は1ヘクタール以下の農地しか持っていないという

村の写真DSCF5158.JPG

関連ファイル

開催情報

開催日時:2010年8月21日(土)~2010年10月24日(日)
開催場所:マラウイ

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