移民に関わる課題に世界銀行とJICAは共に取り組んでいく―世界開発報告2023発刊セミナーで議論

2023.09.25

2023年7月6日、世界銀行とJICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)は、世界銀行が発刊した報告書「世界開発報告(World Development Report: WDR)2023:移民・難民・社会」についてのセミナーを共催し、世界銀行東京開発ラーニングセンターでの対面とオンラインをあわせて約160人が参加しました。

本セミナーでは、世界的な高齢化が国際的な移民の傾向に及ぼす影響について、WDR2023に基づいた議論が行われました。WDR2023は、労働者や高度人材の獲得をめぐって世界的な競争が起こる中、経済発展と生活向上に向けて移民が他に類を見ない機会をもたらすと強調しており、本セミナーはその内容を共有し、議論する貴重な場となりました。

所得水準にかかわらず全ての国で移民が必要とされる時代へ

まず、世界銀行のカイ・トアン・ドゥWDR2023執筆担当共同局長が報告書の要旨を示し、長期的な経済成長に向けて多くの国で移民への依存が高まっていると論じました。WDR2023の主な分析結果によると、現在の移民の約半分は開発途上国から開発途上国へと移住するいわゆる「南南移民」が占めており、ドゥ共同局長は、移民は主に開発途上国から先進国に流入しているとする認識を正す必要があると指摘しました。

さらにドゥ共同局長は、「今後は、世界中で顕在化している人口構成の不均衡により、世界の労働市場が変容すると予想される。豊かな国の多くが人口の高齢化と労働力の縮小に直面し、移民労働者の需要増大につながる。同時に、気候変動の影響により、移住を選ばざるを得ない人が増加する恐れもある」と説明しました。

WDR2023では、さまざまなタイプの移民を分析するための重要な枠組みとして、「適合性・動機マトリックス」が提示されています。これは、移民のスキルが受け入れ国経済の需要に対応し、労働市場に貢献できるかという「適合性」と、出身国での脅威を逃れるため、または経済的機会を追求するためといった移住の「動機」を組み合わせた分析の枠組みです。

ドゥ共同局長は、この分析により政策の目標と手段が形づくられるとし、例えば、受け入れ国で求められるスキルを備え、労働市場への貢献度が高い移民については、人権擁護や社会的包摂、コスト軽減を通じた利益の最大化を目指す必要がある一方で、難民をめぐっては、どうすれば受け入れ態勢の持続性を確保できるかが焦点になると説明しました。ドゥ共同局長は、「移民は今後、所得水準を問わず全ての国で必要になり、そのためのパートナーシップと財政措置、包摂的な政策づくりが求められる。WDR2023は、より戦略的な移民・開発政策に役立つ分析を提供している」と強調し、発表を締めくくりました。

WDR2023の要旨を説明する世界銀行のカイ・トアン・ドゥ執筆担当共同局長

適合性の低い最脆弱層の移民への配慮が必要

次に、JICA緒方研究所のリセット・ロビレス研究員が発表し、強制移住に関する研究の観点からWDR2023への見解を示しました。ロビレス研究員は、WDR2023は時宜にかなった報告書であり、一考の価値のある新たな枠組みを提供しているとし、「適合性・動機マトリックスは経済と人権の両方をバランスよく考慮するための方法として興味深い」と述べました。

また、適合性の低い移民の受け入れコストを多国間で分担・軽減する必要があるとWDR2023が指摘している点にふれながら、近年、移住を強いられた人々が恒久的な解決策を得られず、住居が定まらない状況が長期化している事例を挙げ、「そうした事例では、人道支援と開発アプローチを組み合わせる必要がある」と主張しました。

続いて、ロビレス研究員はJICA緒方研究所が実施している研究プロジェクト「強制移住をめぐる人道アクションの進展に関する研究」を紹介。同研究プロジェクトには、移住を強いられた人々の多様なニーズの変化を理解しようとする研究者や人道支援アクターが参加しています。

ロビレス研究員は、「私たちは移民の視点から強制移住を考えようとしている」と説明し、移住を強いられた人々の実体験や人道支援アクターとの交流について、社会人類学的な視座から考察していることを説明しました。研究プロジェクトの重要な研究課題として、「人道支援アクターは、自らの役割の変化、必要とされる支援や提供できる支援の種類、脆弱層の人々に対する配慮にどのように対応してきたのか」を挙げ、「最も脆弱で、かつ適合性の低い移民を確実に包摂するにはどうすべきか」と問いかけました。

強制移住の観点からWDR2023への見解を示すJICA緒方研究所のリセット・ロビレス研究員

WDR2023とJICAの取り組みに共通することとは

次に、JICA国内事業部の小林洋輔審議役兼外国人材受入支援室長が発表し、JICAによる移住と開発に関する取り組みは、(1)移住労働者の人権がより尊重されるようにすること、(2)移住の経済発展に対する貢献を高めるため、人材育成を支援すること、(3)外国人材との共生社会の実現を後押しすることを目指しており、WDR2023の成果は、これら一連の方針と整合することを指摘しました。

また、労働者と高度人材の獲得競争が世界中で強まっているとするWDR2023の分析は、日本は2040年までに約40万人の外国人労働者不足に直面するというJICAの調査研究の予測と呼応するとしました。規範の伝播、グローバルネットワークへの統合、知識の移転、イノベーションへの貢献などを通じ、移住は送出国側にもさまざまな利益をもたらすというWDR2023の指摘を挙げ、外国人労働者の日本への送出しにJICAが関与している意義を強調。また、相互のニーズの適合性が高い移住の持続的なサイクルを生み出す例として、香川県のステークホルダーと連携し、ラオスの農家に向けた能力向上に取り組んでいる事例も紹介しました。

小林審議役は、WDR2023が移住労働者の権利擁護の重要性を指摘している点にも同意し、JICAが国際労働機関(International Labour Organization: ILO)を含むさまざまなステークホルダーと連携し、ベトナムにおける公正で倫理的なリクルートメントの実現に向けた取り組みを推進していること、また、日本の各地域が外国人材との共生社会の実現に取り組む上でJICA海外協力隊の経験者が重要な役割を果たしていることも説明しました。さらに、「責任ある外国人労働者受入れプラットフォーム」(JP-MIRAI)とJICAが連携し、日本で働く外国人材のための相談・救済メカニズムの構築・運用に取り組んでいることも紹介しました。小林審議役は、開発途上国と日本双方の経済・社会発展を推進するJICAにとって、WDR2023は重要な指針になると強調しました。

移住と開発をめぐるJICAの活動とWDR2023の整合性を取り上げるJICA国内事業部の小林洋輔審議役兼外国人材受入支援室長

移民政策で後れをとる日本はキャッチアップを

続いて、大分県別府市からオンラインで参加した立命館アジア太平洋大学の山形辰史教授がWDR2023についてコメントしました。

山形教授は、過去の世界銀行による報告書が開発途上国に焦点を絞っていたのと異なり、WDR2023のメッセージはあらゆる所得水準の国々に向けられていることが印象的だったと語りました。また、1995年に多くの開発途上国が労働移民政策では先駆けとなっていたのに対し、2023年の現在では、むしろ受け入れ国側においてアプローチが多様化しているとし、日本はこうした先行する国々を追いかける立場にあると指摘しました。

山形教授は、「人口動態をめぐる日本の課題を踏まえれば、WDR2023は日本にとって過去に類を見ないほど意義深い」との見方を示し、今の日本の政治構造が男性と高齢者を中心としていることからダイナミックな政策が妨げられていると論じました。

日本は労働移民政策で諸外国に追いつくべき立場と論じた立命館アジア太平洋大学の山形辰史教授

最後に、世界銀行東京事務所の大森功一上級対外関係担当官がモデレーターを務め、質疑応答が行われました。

ドゥ共同局長は頭脳流出のリスクをめぐる質問に対し、「頭脳流出」という用語が誤って当てはめられている場合や実際には生じていない場合もがある多いとした上で、各国がもともと課題を抱えている結果として頭脳流出が起こるのではないかと論じました。また、熟練労働者の供給を世界全体で増やすとともに、頭脳流出が起こってしまう側の国が移住先として選ばれるように魅力を高める必要があると強調しました。

ロビレス研究員は「適合性の低い移民は、そもそも移住前から脆弱な立場に置かれている」と述べ、受け入れ国が求めているスキルを持たない人々にも焦点を当てるべきだと呼びかけました。

最後にドゥ共同局長は、「移住は現代社会を定義づける課題であり、より結束した世界を築くための協力が求められる」と結論付け、議論をまとめました。

セミナーの詳細と動画はこちらから

Seminar "World Development Report 2023: Migrants, Refugees, and Societies" [JICA]

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