JICAとUNDPがセミナー「暴力的過激主義の影響を受けるアフリカ地域の安定と予防のための選択肢」を共催

2023.12.13

JICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)と国連開発計画(United Nations Development Programme: UNDP)は、2023年8月24日、セミナー「Options for Stabilization and Prevention in African Regions Affected by Violent Extremism」を共催しました。

アフリカでは暴力的過激主義の脅威が高まっており、サヘル地域では2007年以降、暴力行為の件数が10倍に増加しています。国際社会の多大な努力にもかかわらず、暴力的過激主義は後退するどころか拡大し、アフリカ大陸はその新たな震源地となりつつあります。本セミナーは、この潮流に対抗するため、暴力的過激主義を安全保障上の課題と位置付けるこれまでの支配的な安全保障化言説やその対応を再考する必要性を強調し、予防的で、エビデンスに基づく開発志向の介入を促進することを目指し、開催されました。UNDPによる暴力的過激主義の防止(Prevention of Violent Extremism: PVE)についての調査結果に基づいた政策立案者と実務者の対話イベントとして、東京の国際文化会館岩崎小彌太記念ホールとオンラインで開催されました。

予防への支出が低迷する中でアフリカでの脅威が増大

まず、UNDPのアフナ・エザコンワ総裁補兼アフリカ地域局長が開会のあいさつを述べ、「暴力的過激主義に対処するためには開発に焦点を当てた介入が重要」と強調し、日本などのパートナーとUNDPによる取り組みを示したほか、日本はアフリカ開発会議(Tokyo International Conference on African Development: TICAD)を通じて平和への取り組みをリードしていると述べました。また、研究によれば、国際社会において過激主義を予防する活動への支出は軍事対応に比べて不釣り合いなほど少ないと強調しました。

UNDPのアフナ・エザコンワ総裁補兼アフリカ地域局長は、暴力的過激主義に対抗するため、開発に焦点を当てた介入が重要だと強調

同じく開会のあいさつに立ったJICA緒方研究所の峯陽一 研究所長は、「暴力的過激主義を効果的に予防するには、現地の文脈を理解し、包摂的な開発を実現することが重要」と強調。また、JICA初代理事長の緒方貞子氏と経済学者のアマルティア・セン氏が提唱し、JICA緒方研究所が重視する人間の安全保障の視点にも言及し、暴力行為発生後の難民支援は重要ではあるものの、それだけでは不十分であり、予防が必要不可欠だと論じました。さらに、人々のレジリエンス強化、暴力的過激主義の予防、人間の移動性と人間の安全保障といったアフリカの課題に対するJICA緒方研究所の研究プロジェクト(レジリエンスと平和構築、暴力的過激主義に関する研究:複雑なシステムにおける持続的平和への視座 )について説明したほか、UNDPとJICAの研究アプローチが人間の安全保障の実現に向けた補完関係にあることを踏まえ、本セミナーで双方の貴重な学びが促されることを確信していると述べました。

暴力的過激主義を効果的に予防するには、現地の文脈を理解し、包摂的な開発を進めることが重要だと強調したJICA緒方研究所の峯陽一研究所長

次に、谷合正明参議院議員がアフリカでの暴力的過激主義の予防に対する日本の支援について説明し、平和に向けたアフリカ主導の取り組みを支援する必要性を強調しました。

研究から見えてきた暴力的過激主義組織への参加・離脱経路と政策提言

続いて、UNDPによる研究結果に対する考察が示されました。

まず、オンラインで発表したUNDPアフリカ地域サービスセンターのニリナ・キプラガット平和構築アドバイザーは、UNDPの報告書『Journey to Extremism in Africa: Pathways to Recruitment and Disengagement』と『Dynamics of Violent Extremism in Africa: Conflict Ecosystems, Political Ecology and the Spread of the Proto-State』について発表し、暴力的過激主義組織への参加に至る経路や動因、離脱のきっかけについての主な調査結果を取り上げました。キプラガット氏は、最も一般的な暴力的過激主義組織への参加理由として雇用機会の欠如を挙げ、宗教的イデオロギーは一つの要因ではあるものの、新規参加者の多くが宗教的理解に乏しかったと指摘。離脱のきっかけについては、組織から受ける金銭的対価への失望、組織のイデオロギーに対する幻滅、政府のインセンティブ・恩赦政策を挙げました。これらを踏まえ、個人が過激派に傾倒する経緯が、予防的な開発分野での施策を再考する際の一助になるのではないかとの考えを示しました。

同じくオンラインで発表したUNDPアラブ諸国地域ハブのジョルダーノ・セグネリ ガバナンス・平和構築コーディネーターは、両報告書の主な政策提言について論じました。治安部隊の人権侵害の問題は説明責任の強化を通じて対処する必要があるとしたほか、市民参加を強化し、国家と社会の間に信頼を構築するため、社会契約をボトムアップで構想し直すことが重要だと指摘。さらに、短期的な安全保障上の対策を超えた持続的な解決策を打ち出すためには、人間の安全保障を中心に据え、紛争を悪化させるリスクに配慮し、現地の事情に合わせた長期的な平和構築アプローチが必要であることも強調しました。セグネリ氏は、「世界の人間開発が過去最大の落ち込みを見せ、数十年にわたる努力の成果が脅かされている今、われわれは個別の安全保障上の対策だけでなく、希望に投資する必要がある。その希望とは、人々がみな仕事を持てること、そして社会から公正な扱いを受けることだ」と述べました。

パネルディスカッションで現地でのアプローチや研究活動を議論

次に、近藤哲生UNDP前駐日代表がモデレーターを務めたパネルディスカッションが行われました。

登壇したJICA緒方研究所の花谷厚 主任研究員は、UNDP報告書に似たJICA取り組みとして、JICAが2016年に実施したマリの元過激派に対する聞き取り調査を紹介しました。調査結果によると、失業と宗教は暴力過激主義組織に加わる動機の一端にすぎず、政府による保護やサービスがない状況下で、脅威から自分や自分の家族の身を守ることが最大の参加動機だったことを説明。花谷主任研究員は、JICAによるサヘル地域での戦略は、治安、保健・医療、インフラといった分野の施策を通じて、そうしたガバナンスの隙間を埋めるとともに、経済的機会の拡大を目指していると述べました。その一方、人口がまばらな国境地帯での活動となるため、リソースと移動手段の制約が課題だと説明しました。さらに、暴力的過激主義の防止に対するJICAの学術的貢献として、以下3件の研究プロジェクトの概要と構想を示しました。
非国家武装集団による過激主義の予防に向けたコミュニティー・レジリエンスと平和構築の調査
• アフリカにおける人の越境移動と人間の安全保障
• サヘル地域での若年層のエンパワメントに関するオペレーションズ・リサーチ

2016年のマリの元過激派に対する聞き取り調査を紹介したJICA緒方研究所の花谷厚主任研究員

アクセプトインターナショナルの永井陽右代表理事は、ソマリアやイエメンなどの武装集団と関係する18〜35歳の若年層の社会復帰活動から得られた教訓について述べました。暴力的過激主義組織を抜けようとしても、その動きを組織に察知されれば殺されてしまうため、離脱は極めて難しいと指摘した上で、離脱を促し、若年層のエンパワメントと社会へのエンゲージメントを高めるために、保護、支援、公正への取り組みが必要だと強調しました。

アクセプトインターナショナルの永井陽右代表理事は、ソマリアやイエメンなどの武装集団に関係する若者の社会復帰活動からの教訓を紹介

Neem財団のファティマ・アキル専務理事は、ナイジェリアのチャド湖周辺での教育プログラムを通した取り組みを紹介しました。同財団はこのプログラムで、暴力的過激主義組織と関わった子ども約5,000人の公立学校への復帰を後押ししてきたほか、「Counseling on Wheels」と銘打った同国での訪問診療プログラムで、トラウマを抱えた2万5,000人を治療してきました。アキル専務理事は、トラウマによって介入の恩恵を受けることさえできなくなってしまうことから、トラウマの治療は、当事者がコミュニティー内で役割を担い、レジリエンスを構築できるようにするためにも重要であり、それが平和構築や和解の余地を生むことにつながると説明しました。

左から時計回りに:UNDPアラブ諸国地域ハブのジョルダーノ・セグネリ・ガバナンス・平和構築コーディネーター、UNDPアフリカ地域サービスセンターのニリナ・キプラガット平和構築アドバイザー、Neem財団のファティマ・アキル専務理事

世界規模での協調的な予防策を目指して

セミナーの締めくくりに、峯研究所長とエザコンワ総裁補がコメントしました。

峯研究所長は、ガバナンスが弱い傾向にある国境地帯の過疎地で暴力的過激主義が台頭していることに改めて言及し、そうした脆弱な辺縁部で人間の安全保障の欠如に対する取り組みを向上させるためには、そこでの地域的な枠組みや開発プロジェクトが必要だと指摘。暴力的過激主義がもたらす課題は、世界規模での協調的な対応を必要としていると述べました。

エザコンワ総裁補は、暴力的過激主義は多国間による解決策と集団的行動を必要とする世界的な課題だと強調。また、暴力的過激主義に対するサヘル地域の脆弱性に地政学的な側面が作用していることを指摘するとともに、歴史的に周縁化され、中央レベルの投資から除外されてきた国境地帯へ焦点を当てたあらゆるレベルでのガバナンス強化の必要性を提言しました。

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